1-9中 号泣――ドリル
表現修正……2019/01/21
「ちぃと待っちょってなぁ。今から皆を呼んで来るけぇ」
「はーい」
瞬く間に、二足歩行の人型に変わるライ。
黒い神は初見だが、不定形なニャマコに慣れているのか、特に反応は無い。
「皆ぁ! 神様が来ちょるけぇ、美味ぇもんくれるけぇ、出て来てなぁ!」
遠く所々に盛り上がって見えるドームの中より、落ち窪んだ目をした鼠人達がトボトボと歩き出てくる。
それらより手前、他の者より健康さを残した鼠幼女は、ライの声に勢いよく駆け出してくる。
「ライ! 神様って? 後ろの……誰?」
喜びを爆発させるように飛び跳ねつつも奥に目をやると、集落では見ない漆黒の人影を目にする。
不安げに、やや眉尻をさげてぼんやりと佇む。
「あそこの黒姐さんがなぁ、なんちゅうか、言うなら神様ってヤツやけぇ」
「クロ?」
「たまたま会うたけぇが、優しくてなぁ。ウチを助けてくれたけぇ」
鼠幼女が目を細めて、離れた漆黒の人影に焦点を合わせると、その頭部を見つめて、目を見開く。
「……猫人! なんで!」
ここまで、ニャマコが意訳変換しているものの、訳せた部分は多くない。
驚きと怯えの感情以外は、あまり伝わっていないと思われる。
「ねぇ、白姐さん、なんて言ってるの? 怖がられてない?」
「なんちゅうかなぁ……黒姐さんの見た目が猫人っちゅうか、ここの子らには苦い相手に見えるけぇ、ちぃと変えてみちゃくれねぇかなぁ?」
「猫? ん……じゃあニャマコ、白姐さんみたいな貝殻耳に変えてみて。私、尻尾をカタツムリっぽくしてみるから」
「……まぁ、仕方ないにゃ」
単純に、鼠ならば猫が怖いのかと考え、最も無難に思える目の前のライを模してみようという話らしい。
黒艶溢れるネコミミの色をそのままに、トグロを巻かせて巻貝耳に変えるニャマコ。
尻尾の方は、発光は抑えられないものの、膨らませてカタツムリの貝殻を形作る。
「これでどう?」
「大したもんやけぇ。ウチに似ちょるけぇが、綺麗に感じるなぁ」
「白姐さんの方が真っ白で可愛いし、綺麗だよ」
愛想良く褒め合う二人の前方で、ライの友人らしき幼女は、黒ローブの後ろにむくむくと巻貝が膨らんでゆくのを見つめていた。
次第に口をあんぐりと開き、目を全開に、鼠の丸耳を震わせながら、何か勘違いしたようで――、
「あぁ……ライを迎えに来たんだ……いつか来るって思ってた……でも……やだ……やっぱやだぁ……」
「……どしたんやぁ? こん人は、嫌な事ぁしねぇでなぁ。大丈夫やけぇ」
見開いた目から、急にボロボロと涙が零れ、吃逆で喉を詰まらせる。
「ぐぅ……うぅんぢがう。良がっだぁ。ライ、良がっだね……どっかで友達と仲間と、ながよぐね……元気でね……」
意訳変換まで、なぜか濁音混じりになっていた。
「……いんやぁ、違うでなぁ? ウチの仲間はもうあんたらしかおらねぇし、友達はあんたやけぇ。どこにも行かねぇでなぁ? こん人はそんまま、ただの神様やけぇ」
「神様……光ってる? カタツムリにも……貝にも神様、いるの?」
「いやなぁ……カタツムリっちゅうか、貝っちゅうかもう、ややこしくなっちょるけぇが……それでかまわねぇでなぁ」
「……行かないの? まだ一緒?」
「あー、んだなぁ。一緒やなぁ……んだけぇ、とりあえず……そこんでけぇ奴、皆で焼いて食わんね?」
「うん……」
ぞろぞろと集まってきた鼠人達は、見慣れた白色カタツムリのライ、涙を流しながらも安堵して笑う幼女、見慣れない黒色カタツムリの少女、その後ろに鎮座する球体と、順に目を向けてゆく。
そして、目を向けた順に、その落ち窪んで眠たそうにも見えた目を、段階的に見開かせてゆく。
何が何やら判別もつかないまま、沈み込んだ気持ちを強制的に巻き上げられてゆく。
「皆さん、目ヂカラすごいし……何言ってるか分かんないけど……ウナギの白焼き食べようって事で大丈夫?」
「……んだなぁ。あっちょるけぇ。大丈夫やけぇなぁ」
『白焼き』の意味は分からずとも、ウナギを食べるのは間違いないため、幼い友人の号泣という先程の困惑に少し意識を持って行かれながらも頷く。
「うん。料理とか分かんないから、白姐さんに任せていい?」
「それも大丈夫やけぇ、任してなぁ。――んだば、皆。油と塩虫頼むけぇ。今から、コイツかまくら焼きするでなぁ」
「……うん。――みんな! ライが貝の神様連れてきたって! 祭りする!」
「お、おぉ?」
状況がさっぱり読めないまま、自分達が最も信頼する守り神ライと、皆で大切に守り育んできたのであろう守り神の巫女――鼠幼女に急かされて、浅く左肩に頭を傾け、軽く右手を上げるという変わった了承の仕草を見せる鼠人達。
「鼠の神様に捨てられて、でも、貝の神様来たって! だから、祀りする!」
「神……」
「えっと……うん。一応、私が神様らしいよ? たぶん……あー、よろしくねー」
鼠の神様がどういったものかは黒い神達の知ったところではないが、意訳変換で『祀る』と『祭る』の部分に信仰のような意図を認識し、こちらを指し示しているため、とりあえず微笑みを浮かべて鼠人達が先程行った了承と思われる仕草をしてみる。
「神様、祀る! みんな、生きる!」
「おぉ? おぉ……おおぉぉー!」
盛り上がり方に恐怖の既視感を覚えてビクッと体の震えを感じつつも、まだ根底に穏やかさが感じ取られたため、ひとまずホッと息を吐く。
「今回は、縮小準備できておるからにゃ。いつでも平気にゃ」
前回の経験で、唐突な展開とその副作用――巨大化への対処法に多少慣れたのか、自信の声色。
「私も今回は、ちょっと共感できるよ。ウナギ祭りでワッショイして、テンションとモチベマックスって事だよね」
「幾らかは、そういう部分もあるかもにゃ」
富の現物が、奇跡か何かでしかない形状で横たわっており、信頼できるライが仲立ちに在るという事で、未来への希望と活力が、素直に沸き立つということもあるのかもしれない。
「久しぶりのウナギだし、私もちょっとだけアガってきたよ」
ライを受け入れる土壌があるなら、常識の範疇を逸脱した者が、喜びを共に分かち合ってくれるというのも、かえって安心感が増すのかもしれない。
「先も読めてきたにゃ。調理は白いの達に任せて、ワシらはあそこにある貝塚で、巻貝型の掘削機でも作るのにゃ」
「ん? あ……そういう事?」
周囲の渇いた地面と、地下の湿潤した柔らかな層を思い出したようで、納得の表情を浮かべる。
「その後は、お主の記憶にあるサトイモのようなモノを、近場で探し周るのにゃ」
このような環境で育つ、ヒト種が食用にできる植物は限られるが、だからこそ、ある程度は見分け易いであろうし、既に知っている者も居るかもしれない。
「りょうかーい。ニャマコ汁混ぜた筋肉なら制御は簡単だし、数もいるから最小ミニニャマコでイイよね?」
カラカラに枯れた小山のような貝塚と、そこらに散らばる魚の骨のようなものを目に付くまま勝手に掻き集め、ライの右手を模した巻貝ドリル型になるように、強固に拡大結合してゆく。
その中に、モンスターと比べるとかなり割合は少ないが、リソースを混ぜ込んだ拡大人口筋肉を捻り込みながら、内壁に結合。
小さな制御コアを貝の口側と、先端近くに結合。
これをざっと鼠人の現在の人口の数十倍ほど――大体数千個を量産する。
作るそばからニャマコのネコミミが、ミャンマーの仏塔群――ストゥーパ群のように、渇れた粘土大地に並べ立ててゆく。
おまけに、同じサイズばかりでは見た目が気になったのか、外壁が丁寧な炭素貼りの巨大漆黒ストゥーパも、いくつかサイズ差を付けて建造。
「この程度なら、まだ自発的な発展が見込めるはずにゃ。あとは制御系の流し込み、安全性かにゃ?」
「ん、色々、リスクとかあるし」
モンスターの製造経験で、思うところでもできたのか、セーフティな思考も持ち始めたようだ。
「白いのが言う通り、逃げ隠れる本能的傾向が強いと見て良いはずにゃ。容量的にも最低限で行くにゃ」
「つまり……持たせず、運ばせずって事? 向けさせずはいらない?」
持たせずは、外敵に与えないということか。
運ばせずは、外部に隷属させられ難くするためか。
向けさせずは、自衛のための使用なら許可したいのか。
「ワシが取ってくる遺伝子の特徴入れてキーにするのにゃ。あの塔の辺りにも発信元置いて距離判定、対生体は先端接触時にキー照合くらいだにゃ」
『当分の間』『この周辺』『鼠人のみ』というコンセプトのようで、身内へのセーフティも先端部のみのようだ。
「ファンタジーなオーパーツ、高まるね」
「オーパーツと言っても素材の経年劣化はそこそこあるのにゃ。リソースの結合も少なくて緩い分、トルクの維持も渋いのにゃ」
地下のモンスター達と比べると、流石に常識的な代物ではあるらしい。
「それでも、回転する力への理解は、工業の発展にも寄与するかもしれんにゃ」
「やっぱ、ドリルはロマンだよね」
未だに、ドリルモンスターの製造意欲は維持されている。
「お主のそのロマンを、ダイレクトに理解してしまうこの体が厄介だにゃ」
「星を穿つ魔槍! ドリル・ブリューナク!」
一通りのオーパーツ作業を終えても、収まりきらない黒い神の高揚。
穿ってはいけない物を穿ちかねない気配をスルーして、先程よりも多少の賑わいを感じる集落を遠目に眺める。
集落から多少離れてしまったため、異世界初めての調理現場は見る事ができなかったが、集落側からは大地と同じ灰色の煙が立ち登り、魚介の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
ふと、ファンタジー小説を好むマロリーの友人に、ファンタジーについて尋ねてみた。
『ファンタジー溢れる世界は不思議。強過ぎる闘争心も、高過ぎる身体能力も、壊れない環境も、崩れない食物連鎖も、そんな中で人間らしい人間が存在するのも不思議。その違和感が面白い』
なるほど。
確かに、そのような世界は見てみたい。




