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1-9上 ワイン――特盛うな重

文体修正……2019/02/27


「できたよ! プールいっぱい! 捏ね放題無制限! 女性は無料だよ! 品質はニャマコが保証済み!」


 おまる型ニャマコのお椀部分に、赤系のグラデーションが揺らいでいる。

 赤とロゼで入り混じるも澄んだ彩りを持つこの液体は、人工血液。

 ただし、主なタンパク質は、人体で作られるヘモグロビンとは異なり、海洋無脊椎動物のヘムエリスリンに近い構造らしく、酸素運搬能力は低いようだ。


「ワシのリソースまで持ち出したのにゃ。これほど贅沢な血液を造ったのは、こやつが初めてかもにゃ」


 ニャマコ汁が加えられてしまったのは、悪ノリであろうか。

 ニャマコが止めなかった事から、害は無いようだが。


「……なんや、血ぃ造ってもらうんは初めてやけぇ――」


「美味しいよー! 知らないけどー! 飲んじゃって! 伸びちゃって! 浸かっちゃえー! いえぁあ! そーれ、こねこねー! キノコー! ナメコでもういっぽーん!」


 なかなか思うように分解結合や変質が成功せず、徹夜作業になり、テンションが高い。

 黒い神は、かつて現場では、徹夜初日が第一ピークで、その後波打つようにテンションが変動していた。


「……良う分からねぇけぇが、伸びて浸かったらイイんかなぁ……んだば」


 休眠前より僅かに硬さが和らいだ全身を重々しく沈め、急激に伸ばす。

 縦回転しながら、飛び込むように着水。

 触れたそばから吸収しているのか、水しぶきは上がらない。


「どうかにゃ?」


「……やっと分かったけぇ。これが黒姐さんの言うちょる『おぉっほ』『いぇあー』っちゅうヤツやなぁ。美味過ぎるけぇ……」


「いぇあー! こねこねー! いぇ……げほ! ごほ! え……えり……エリンギ! いぇあー!」


「いぇあー、やけぇ」


 しばらくすると、黒い神の助言により、お椀の中央にぷかりと巻貝部分を浮かべて、その上に少女部分が寝そべり、リゾート感とでも言うような雰囲気を出し始めていた。


 しかし、微妙に少女部分が型崩れしている。癒され過ぎて力が抜けた、という事であろうか。


「……はしゃいでおるところ悪いがにゃ、黒いの。ウナギを捕まえたフェンリル型が、そこに佇んでおるのにゃ」


「――のーびてー! こねて、のーんでー! のびて、こーね……あ、はい」


 元より圧倒的偏食に加えて、まともな食欲など失われて久しかったが、この世界に来てからは、さらに食に対する意識が消えかけていた。

 今は、多少戻ってきてはいたものの、ライの『イイ感じの感触』に意識が寄せられきっている。


「適当な網でも作って、受け取っておくのにゃ」


「はーい! りょーかいー! 特大ウナギ、丸ごと一本! 頂きましたー!」


 もはや、ウナギの事など忘れきっていたが、無表情で佇むフェンリル型に咥えられて、全身を振り乱す特大ウナギを目にしては、いくらか喜びの感情が滲み出す。


「ちぃと厳ついけぇが、利口な眷属やなぁ。こんなでけぇのは、ここんところあんまり見ねぇでなぁ。良う見つけたもんやけぇ」


 ライの目は相変わらず閉じているが、何かしらライ種特有の感覚で捉えたのであろう。

 黒い神に向かって貢ぎ物を咥えて、静かに佇む姿を、知性的な振る舞いと感じたのか、フェンリル型を知能ある獣だと誤認したようだ。


「あ、もしかしてこのウナギ、ここの人のご飯だったりする?」


 ちょうど、ライの飢えにもひと段落ついた事で、ライの友人達の飢えについて思い出し、手土産に良かろうかと思いついたらしい。


「んだなぁ。上のもんは、尻尾の先が最高に美味いっちゅうてなぁ、獲ったもんが最初に食う決まりやけぇ」


 飢えるからには、大きな獲物もそうそう居ないのであろう。

 今回も、散々探し回った結果、ガス欠のような状態でコントロールを失って転がっていたライにとっては、非常に魅力的な獲物であろう。


「ん、やっぱ美味しいんだ……でも見た感じ、私には油分が厳しいかな……」


「今、おおよそ分析したが、今の黒いのなら消化できるはずにゃ」


「そっか……でも、白姐さんのお友達に、お肉増やして持って行こうかな」


「なんや、増やすっちゅうん……」


 人口筋肉で大きな網を作り、その中に2メートルは超えるウナギ型生物を放り込むなり、その尻尾部分が急速に膨らんでゆく。


「単純な拡大ではカロリーは増えんし、むしろ消化できなく……と思ったが、これは……」


「ちゃんと、結合で増やしたよ?」


 人口血液の試行錯誤の中で、様々なタンパク質――アミノ酸の塊も生成されていた。

 それで慣れたのか、まともに構成成分を分析した様子は無いが、その細胞間やら細胞の中やらに、周囲の成分に『似た何か』を大量に結合生成していったらしい。

 その突拍子もない荒技によって、尻尾の先だけ球体状に膨らんでしまったそれは、天井すれすれ――直径で4メートルを超えている。


「ふむ……脳と血液、髄も併せて分解しておる……お主、こんな技、いつの間に……」


「ん、特盛うな重って考えたら、なんとなくできたの」


「…………」


 ノリと勢いの産物か。

 もちろん無意識下で、これまでの経験が活かされているのであろうが。


「見た目は変わっちょるけぇが、中身は悪くねぇでなぁ。んだけぇが、こんな立派なもん貰ったら――」


「もちろんタダだよ。でも、できれば私も一緒に食べたいかな……」


 ライの『感触』に慈愛の情動が触発されたようだが、同時に、人とのふれあいを求める欲求もいくらか高まったようだ。

 賑やかな会食の場を求める彼女に、かつての消極的な雰囲気は見られない。


「みんな、隠れて住むんが好きやけぇ……怖がるかもしれねぇで……」


「そっか。残念……」


「んだけぇが、会わせねぇっちゅうわけにもいかねぇでなぁ。ウチが紹介するけぇ。コイツ全部吸うたら、上に穴空けるけぇ、黒姐さんらは、後からついて来てなぁ」


「ん、大人しくついてく」


 すぅっと、急激に減ってゆくワイン血液。

 どこに取り込んだのか、サイズは変わらないままではあるが、動きには柔らかさを、色味には生を感じる。


「んだば――」


 僅かな残りも無くすっかり全て飲み干して、完全なカタツムリ形態に戻ると、お椀の中で、沈み込むように屈み込む。

 巻貝全体がバネのように垂直にはね飛び、最初に見たウナギ型生物よりスムーズに、粘土質の天井にドリル貝殻で穴を穿つ。

 変形と吸収を併用し、速やかに穴を広げてゆく。


「あ、ドリルモンスター……イイかも」


「いや、お主が作ったら、掘削用ではなく武器になりかねんにゃ」


 ウナギ紛いを乗せた多色クリスタルエレベーターで、ライの開けた穴の壁を縮小で広げつつ上昇する。

 一応警戒しているのか、小さくなったニャマコが頭部を包み込む。


「……なんや、二人が一人に感じるけぇ」


 地質の剛柔に関わらず掘られたトンネルを登り、地表に出る。


「ニャマコが私の頭を包んでるんだよ。結構気持ちいいよ」


「ニャマコ……エライ柔らけぇ音やけぇが、良う似合っちょるけぇ」


「呼び名を褒められても困るにゃ」


 初めてニャマコの名前を認識したライは、その響きを気に入ったようだ。

 真の名は未だに誰も名乗っていないが、どのような言語でも正しく発音――発語できるのはニャマコくらいであろうし、彼女らにとってはどうでも良い事なのかもしれない。

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