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1-8 ライ種――虹色の救済

圧縮、文体修正……2019/02/06


「ーーぁー!」


 湿ってくぐもったような、しかし元の音域が高いのか、清らかさを感じる響き。

 この声は、やはり、予想通りという事か。


「……ん? 今、なんか聞こえなかった?」


「こんな所に、叫ぶような生物がおるのは気になるにゃ」


「悲鳴っぽいね。ちょっとビビった」


「あのようなモンスターを作っておいて、悲鳴自体に驚いておるのはどうなのにゃ?」


「現地住民が居るなら、ご挨拶に伺おうか。前回は失敗したから、今回はちゃんと上手くやるよ」


 前回は、マッチョの恐怖に震えるあまり、考える余裕など無かったのであろう。


「今、思い浮かべた作戦は、本気かにゃ?」


「うん。モンスターも考えのうちだからね。ヒーローは、いつだって味方だよ」


「……微妙だにゃ。元は存在しなかったモンスターが突然現れて、タイミング良く知らん奴が助けに入ったなら、まず疑われるのは助けたヤツだにゃ」


 出来の悪いマッチポンプ、という事か。


「もちろん、後でちゃんと謝るけど……ワンクッション欲しいよ」


「あやつも、似たような事を良く言っておったにゃ」


 ここで言う『あやつ』とは、『上司』の事であろう。


 鞘から取り出したナマコ斬りで、長大な剣を生成。


「よーし、いくよ……オペレーション、土下座・オン・ザ・クッション……」


 二度も韻を踏んだわりに語呂が悪い。

 柔らかい特製クッションの上で土下座されたなら、余計に怒りも増幅する。


「いや、結構な速度でこっちに向かって来ておるにゃ……逃げておるというより、これは……」


「ん、どうしよ……やっぱ、おっきくなったニャマコがモンスター役――」


「####! ####! 伝わらねぇ……通じねぇで……####!」


 遠方から、白い塊が迫って来る。


「なんか……こっちがヤバイ感じ?」


「あの殻は……それに管理者共通言語……『この言葉なら伝わる』!」


 どうやら、白い少女は管理者と縁があるようだ。

 この世界の管理者の、関係者であろうか。


「通じちょったら逃げてなぁー!」


「伝わってるの?」


「いや、ワシに任せて、後ろに下がっておるのにゃ」


「ん、全部任せるよ」


「そういう意味ではない……にゃ!」


 収納部分の引き出しと拡大により、柔軟性を保ったまま、急激に重さとサイズを戻してゆく。

 そこへ白い塊が、重さを感じる摩擦音を上げながらめり込む。


「……なんや、エライ柔らけぇなぁ? 大丈夫けぇ?」


「お主は……ライ種かにゃ? なぜこの星におるのにゃ? 餌場には遠過ぎるはずにゃ」


 一見、ただの大きな巻貝に見える。ニャマコにも、生物種を正確に判別できないほどに、組成が乱れている。


「ウチの名前……ウチらの名前を知っちょって、この言葉が分かるっちゅう事は……管理者けぇ?」


「正確には、この後ろにおる黒いヤツがそうだにゃ。ワシは補佐役だにゃ」


 ニャマコの背後から顔を覗かせる黒い神。


「ん……もしかして、他の管理者さん?」


「いや、管理区域外の生物だにゃ。ここでは外来種になるから、その処遇はお主が決める事になっておるのにゃ」


 大きな貝殻から、無機質なヒト型が覗き出る。


「……おぉっほ。宇宙人……ん? でもなんか、ちょー綺麗な子……」


 この世界に来た当初は、異なり過ぎる全てを怖れていたというのに、マッチョで耐性がついたのか、見るからに異質な生物に目を輝かせる。


「ちぃと待って欲しいけぇ。腹減り過ぎたら固まっちょってなぁ。二人が餌に見えて、転がっちょったけぇ。ウチを処分するんはもちろん構わねぇで――」


「ん? 待って……処分って?」


「区域外追放が妥当かにゃ」


「んだなぁ。んだけぇが、そん前に、ウチの身ぃを上におるもんに食わしてやって欲しいけぇ」


「……?」


 意訳変換によって聞こえてきた言葉は、認識できたらしい。

 しかし、その言葉の意味自体には理解が及ばなかったようだ。


「いや、その前に……訛りが酷いが、管理者共通言語を知っておる理由と、この星におる理由が分からんにゃ。それに、自分を食わせるとはどういう事にゃ?」


「上のもんが腹減らして待っちょるけぇ、食いもん探しちょったら、ウチも腹減って固まっちょったでなぁ――」


「いや、ライ種が空腹とはどういう意味にゃ? 循環不足という事かにゃ? であれば……自分を食わせるのは、余計にわけが分からんにゃ。お主の身の上が、全く読めんのにゃ」


「……ウチはただの逸れもんやけぇが、人探しでこん星に落ちたけぇ。探し回っても、そん人は見つからねぇままやけぇが、上のもんに世話んなってなぁ」


「ライ種の世話……意味が分からんにゃ」


「んだけぇ、ウチを処分するんは構わねぇで、干からびて困っちょる皆に、ウチを食わして欲しいけぇ……」


「いや……お主は、生物の体液を吸って活力を得る、ライ種のはずにゃ。それに、吸わなくても死ぬ事は無いはずにゃ。そのライ種が、なぜ餌のために自らを食わせるのにゃ」


「……逸れもんっちゅうんは、そんままの意味やけぇ。心が変なんも分かっちょるけぇが――」


「待つのにゃ。本能的な欲求に逆らう異常な個体という事かにゃ? ライ種では、初めて聞いたにゃ」


「んだなぁ……珍しいかもなぁ。んだけぇが、一人で逸れちょったら、寂し過ぎてなぁ。血ぃ吸って酔わせるより、普通の話し相手が欲しかったけぇ……んだけぇ、情が移ってなぁ」


「それはまた、なんとも言えんにゃ……」


 曖昧な情を前に出され、言葉を途切れさせるニャマコ。


「えっと……いいよ? お腹すいてるんだよね? 私が、ご飯作るよ?」


「……何を言い出すのにゃ。もちろん、お主が決める事にゃ。それでも、もう少し調べてから決めるのにゃ」


「大丈夫だよ。ちょっと人間と違う感触だけど、十分読めてるから……要は、一人ぼっちで寂しくて、お友達できて嬉しくて、自分を犠牲にしても助けるんだよね? これはもう……えっと……つまり……」


 何か、上手い事を言おうと頑張ったようだが、何も思いつかなかったようだ。


「……まぁ、好きにしたら良いのにゃ。ただ、こやつの見た目は、貝殻付きのヒト種に見えるかもしれんが、お主の記憶で言うなら……吸血鬼だにゃ」


「おぉっほ。マジで? カッコいいね。ヴァンパイア」


「……いや、吸血対象の姿を模して、群れの中に紛れ込み、血を吸った相手の精神まで操るのにゃ。まぁ、管理者――永命種には一切通用しないが、こやつらから見たヒト種や動物は、家畜か、良くてもペットだにゃ」


 少々、ライ種の説明としては、表現の仕方が偏見的過ぎる。


 私が説明するのなら、ライ種とは管理者の親戚のような者、という言い方になる。

 より細かく表すなら、自由な変質や結合が難しい代わりに、分析や微調整に秀でた能力で、様々な世界に分布する一部の生物種を研究する存在、であろうか。


 その在り様は、管理者の職分と被りがちなため、両者の間には壁があるのも事実だが、おそらく、ここしばらくの変わった同棲生活により、ニャマコの仁の心にも、いくらか偏りができてしまったのであろう。

 その職分をいくらか超えて、黒い神の心を案じて、必要以上に警告を投げかける。


「ううん。この子は優しい子だよ……間違いない。だって、私の感触がそう言ってる……ふふっ、キマッた……じゃなくて、マジメな話……『一番好きな感触』は間違えないよ」


 どうやら、この存在は『イイ感じのするモノ』らしく、強い確信を持ってそう断言する。


「……こやつは、ほっといても死にはせんが、強い活動力を得るには、酸素を運ぶ血液のような物を、外部から取り込む必要があるのにゃ」


 ニャマコには無い機能――『感触』による確信と言われれば、反論できないのであろう。

 説得を諦めたニャマコは、具体策の提示を求める。


「んー、私の血液でもいいけど、さっき筋肉作ったよね? 今度は血液作ったらイイんじゃない?」


「……お主にしては、賢い発想だにゃ。こやつは、地球の生物で言えば、海洋無脊椎動物に近い扱いもできるからにゃ。鉄を適当に捏ね回せば、イケるかもしれんにゃ」


 珍しく冴えた具体案に、ニャマコも具体的なヒントを与える。


「あ、レシピはお任せで」


 ここに来て、さりげなく丸投げ。


「……循環不足で硬化しそうなお主は、少し休眠しておった方が良いかもにゃ。一日もかからんはずにゃ」


「なんや、良う分からねぇけぇが……上のもんが飢えねぇようにしてくれるっちゅう事なら、喜んで待つけぇ……」


 徐々に、白磁の人形度合いが増してはいたが、貝殻から覗かせた上半身を静かに横たわらせながら、安心したように、ゆっくりと微笑みを向ける。


「ごめんね。ちょっと待っててくれたら、お友達の方も何か考えるからね」


 その『感触』だけでなく、見た目のぎこちなさと弱々しさに、枯れかけた母性を刺激されたのか、横たわるライの白銀の髪に、そっと手を添える。


「ありがとなぁ、黒姐さん」


「あなたは白いから、白姐さんだね」


「面白ぇ管理者さんやなぁ……」


  固まりつつあった何かをほぐすように、柔らかく髪を撫でる。


「……お主は片端から金属を、前にやったように集めてみるのにゃ。そこから、必要な奴だけワシが分別してやるのにゃ」


「ありがと」


 休眠に入りつつあるライが顔を向けたのは、土中から次々と生える、どこか神々しさを感じる虹の塊。


「なんや、面白ぇキノコ、いっぱい生えちょるけぇ……」


 良く見ると、今まで開く事の無かったその目が、薄っすらと開いていた。


「皆の言う、美しいっちゅうんは、コレなんかなぁ」


 その色素の薄い目には、虹色に浮かぶ漆黒のシルエットが、どのように映っているのであろうか。


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