1-7 幼女――巻貝少女
表現微修正……2019/07/03
あのハプニングを目にして、周辺に危険な生物やウィルスなどが存在しないか、なんとなく気になってしまった。
そのため、周辺の観測記録を調べていたところ、黒い神達と出会う可能性が高い、異常なデータを持つ生物を見つけてしまい、近隣の地表部を確認している。
そこに広がるのは、植物が疎らに生える、固まった粘土質の平地。
おそらく、乾燥した湿地帯であろう。
所々に小さな水溜まりは見られるが、その周囲は僅かに潤う程度。
その大地に点々と、人工と思われるドーム状の建造物が見られる。
その壁面には、サイズにばらつきのある壺のような物が、等間隔に埋まっている。
元はその中に入っていたのか、あるいは住んでいたのか、壺の下には魚の骨のような物が散らばっている。
その集落らしき場所の一角に、ぼんやりと空を見上げる幼な子と、その隣に脚を崩して座る少女が見える。
このどちらかが、異常データを持つ対象のはず。
「カタツムリになりたい」
意味が分からない。
意訳変換に、そのまま通したのがマズかったのであろうか。
インテリアマスコット神社周辺の、マッチョ達の会話を拾い、辞書の更新を続けているものの、この地域が同系統の言語であるとは限らない。
「カタツムリなぁ、前は貝っちゅう呼ばれ方しちょったけぇが……」
意訳変換だけでは頼りないため、ニャマコ式日本語音声変換プロセスという物に通してみたが、妙な口調に変換されてしまった。
西日本方面の方言に近い言い回しだが、イントネーションは標準語に近い。
「みんな、ライは乾いた所から来たって言ってたよ」
暗い灰色の毛髪と、鼠のような丸みのある耳が生えているが、他に際立った特徴は見られない。
二人とも、粘土を服のように纏っているため、体の造りは良く分からないが、観測データを見ると、この幼な子はタンパク質が不足しており、痩せ気味な女の子らしい。
「乾いた言うちょったんは、言葉知らんかったからやけぇ」
こちらの少女の頭には、ニャマコのネコミミのように、白い巻貝が付いている。
なぜか目を瞑ったまま会話を続けているが、その肌と髪は白磁に近い独特の色艶をしているため、神秘性すら感じる。
おそらく、この少女が対象の生物であろう。
ヒト種の見た目をしているが、観測データを見る限りでは、細胞構造が存在しないタイプの生物種と思われる。
つまり、何か別の生物種が、ヒト種に擬態しているという事。
「違うの?」
「ホントは空の上の、冷たくて何もねぇとこから来たでなぁ」
この星の生まれではなく、宇宙から来たという事であろうか。
管理区域外から来た外来種とは限らないが、その疑いがある以上、念のため調査しておくべきか。
とはいえ、これだけ馴染んでいるという事は、区域内の星間交流などで、たまたま近隣の宙域から来ただけかもしれないが。
「話し方、流れ人みたい。色々混ざって面白い」
「ウチは流れ人やけぇが、ここの皆が仲間やけぇ。貝もカタツムリも皆も、混ざっちょるくらいがちょうどイイでなぁ……んだけぇ、皆がウチと同じになったら、面白くねぇでなぁ」
白い少女の発言には、集落の仲間に対する親愛のようなモノを感じるが、所々に現れるキーワードが非常に気になる。
「ライと、もっと一緒がいいの」
「……あんたらが同じになったらウチは嫌やけぇ、今から食えるもん集めて来るでなぁ」
どうやら、この集落の一員として、不足した食料を集めるつもりらしい。
私が最も気になったのは、この少女が、何度も地下に潜っている形跡が見られた点だが、食料集めが目的であったという事か。
「みんな、ライが忙しいのイヤだって言ってたよ」
「ウチも、皆が腹減るんはイヤやけぇ」
「白くて、面白くて、みんな一緒が良いって言ってたよ」
「そうけぇ?」
「みんな、ライが好きって言ってたよ」
「皆と仲良く干からびるんなら、ウチも悪くねぇけぇが……」
「仲良くは好き。でも、ライが起きないのイヤ」
「ウチは、干からびても生きちょるけぇ。もう寂しいのは、たくさんやけぇ」
「寂しいのイヤ……」
「干からびる前に殻脱ぐでなぁ。エライ大きな貝になるけぇ、皆で食うてなぁ」
白い少女の生物カテゴリーに確信が得られた。
であれば、おそらく、黒い神とはほぼ確実に出会うであろう。
このカテゴリーの生物は、場所を選ばない優れた探知能力を持つため、地下で狩猟を行うのであれば間違い無い。
「貝は好き。でも、ライは食べないよ」
「んだば、食いもん集めるでなぁ」
「……うん」
白い少女の腰周りが、膨らんで捻れてゆく。
僅かな時間でそれは、ツルリとしたカタツムリの殻にも似た巻貝となっていた。
鋭角に背筋を反るように、貝の口から上半身を出すと、右腕にドリル状の細長い巻貝が伸びる。
「ライ、待って! はい!」
「要らねぇで――」
「要る!」
握手にしては、高すぎる位置に手を差し出す鼠幼女。
未だに、ライと呼ばれた白い少女の目は開かないが、おそらく別の知覚で認識しているのであろう。迷いなくその手をくわえる。
口を離すと、陶器のような肌に赤みがさして、いくらか人間味が増したように見える。
「……んだば、ちぃと待っちょってなぁ」
巻貝状の腕が、灰色の渇いた大地に突き立てられる。
たちまち、ひび割れた地面に吸い込まれるように、自らの身を沈めてゆく。
「……貝の爪欲しい。一緒にごはん、獲りに行きたい……」
射してはよく照り返す日光を避けるように、ドームから心配そうに顔だけを覗かせる同族達を振り返り、目を瞑る。
白い少女の開かない目を真似しているのか、瞑った目のまま歩き出す。
ふらつくのは見えないからか、空腹からか、何かを吸われたからか。
人も土地も、乾いた鼠色が何かを覆い、硬く閉ざしている。
「――硬ーい貝殻かたつむりー、白ーい貝殻かたつむりー。さーむくーて、かーわいーて、引っ込んでー。お日様ーと雨だれーと、こーろがーるのー」
この星のカタツムリと意訳された生物は、あのような見た目なのであろうか。
鼠幼女の唄の意味は分からないが、目を瞑った優しい笑顔に、穏やかな温かみを感じる。
そこに正しく苦痛と呼べる感覚があるのかは、イマイチ判然としない。




