1-5 タオル――導電性高分子アクチュエータ
多少圧縮……2019/02/27
「ん……暗い……まだ夜?」
彼女が眠ってから、私も少し意識レベルを落としていたが、気づいた時には既に暗闇の中であった。
「いや、ここは枝道の外だにゃ。まぁ、ワシの中におれば危険は無いから、眠いなら寝ておっても構わんが、ここから地上に出るか、ここを探索するか――」
「おやすみぃ」
よほど寝心地が良かったのか、実にリラックスした様子で二度寝に入ろうとする。
「いや、寝る前に、少しは状況確認くらいしたらどうかにゃ? ワシに対する信頼も、度を過ぎれば職務放棄に――」
「ニャマコの話は子守唄に最適」
「……状況は、真下にトンネルが発生、ほぼ直滑降で暗闇の中、半端に周りが見えるのは、お主の尻尾の発光だにゃ」
直滑降するようなトンネルも、枝道と言えるのか。
「ん、ニャマコ師匠、もうちょっと明るくしてもらえませんか?」
「光なら抽出したら良いのにゃ。練習にもなるからにゃ」
「本を壊した時の? えっと……こうかな? うひゃっ……冷たっ!」
対象範囲と加減を間違えたのか、一瞬のフラッシュと共に、周囲に霧が吹き上がる。
「いや、ワシから抽出せんでも……一瞬、冷凍ナマ……冷やしナマ……表面が氷まみれのナマ……あやつ……意訳変換が、ことごとくナマコを絡めて来るのにゃ」
『上司』の仕業らしい。
ナマコという、日本語の音を気に入ったのか、ナマコという生物そのものを気に入ったのか。
「……一瞬で消えちゃったね。もっと、弱めでやったらイイのかな?」
「いや、お主に分かりやすく例えるなら、中身を絞るように、ゆっくり拡大しながら捻るようなイメージかにゃ?」
独特の表現だが、彼女にとっては分かりやすいのかもしれない。
「んー、おしぼり? ぎゅーっと……」
「うむ。慣れてきたら、拡大無しでやってみるのにゃ」
「熱っ!」
再び、強い発光。霧が吹き上がる。
「ふむ、絞る方に意識が偏り過ぎだにゃ。強く絞ったまま拡大から意識を離せば、『外』に捨てる部分が熱に変わるのにゃ」
「ちょームズいね」
「歩きながらやってみるのにゃ。そうすれば、自然と意識が分散するはずにゃ」
ニャマコベッドから降りる途中、手を滑らせ、後ろ向きに倒れこむ。
「ん……歩く、おしぼり……ウォーキングタオル……」
「……にゃ?」
「なんか、フワフワして……あっ……絞り過ぎちゃダメ。ううん、違うかも。抽出したご褒美に絞らなくちゃダメなんだよ……ふふっ……ォリーって、カワイイよね」
何か、様子がおかしい。
唐突に目を見開いて、何かに気づいたのかと思えば、妙な声色で語り始める。
「……抽出は上手くいっておるようだが、何を言っておるのにゃ?」
「何って、ちゃんとした抽出の仕方を、教えてるんだよ……」
「……誰に教えておるのにゃ? 焦点がブレておるが……」
ニャマコの横の、何も無い空間に向かって、色々と定まらない焦点で語りかける。
「私がブレやすいのは、いつもの事だよ。だけど、そんな……自分を……ギュッと絞って……あぁ……ォリーって、こんな気持ちだったんだね」
「……抽出は一旦やめるのにゃ。体に力を込めて、恒常性維持機能を活性化させるのにゃ」
「なんで、そんな事言うの? そんな風に……うふふふふ……ごめんね?」
「これは……どういう事にゃ?」
ニャマコが、しばらく思案しながら眺めていると、次第に虚ろな目に光が灯る。
「ん? ニャマコ……どうしたの?」
「……良く分からんが、帰ってきおったにゃ」
「……? っていうか、明るくなったけど、何にも無いね」
周囲は、全体的に粘土質。
地面には点々と傾斜の強い穴。
くびれの緩やかな砂時計のような柱は見られるが、壁のようなものは見当たらない。
湿気は強く、気圧も高く、気温も高い。
彼女の肉体は少々特殊なため、観測機からは完全に分析するに十分なデータは得られないが、おおよそ地球人を模したような構成になっている。
そのため、先程の状態は気圧の高さによる窒素酔いの症状である可能性が高い。
「ふむ……見た目は何も無いが……その不完全な体が適応するには、少し時間がかかる環境かもしれんにゃ」
「ん? ちょっとフワフワするけど……大丈夫だよ?」
「いや、ワシの中におった方が無難だにゃ」
「ううん。ホントに大丈夫だよ。ネバネバがキツイけど、変質できるし……ビチョビチョになるのはアレだけど」
どうやら、周囲と体内の過剰な窒素を、水に変えているらしい。
水に変える直前の工程が不安だが、特に悪影響は見られない。
「ふむ……とりあえず、地上に出るか、ここを調べるか決めるのにゃ」
「ここ、気になるかも」
「それなら、歩き回るのも良いが、できれば全方位同時に探索したいところだにゃ」
「ん……どうやって?」
「探索機を作るのにゃ。今のお主なら、難しくないはずにゃ」
唐突に、震え始めるニャマコ。
水色の雫が飛び散る。
「……?」
周囲には、ニャマコを小さくしたようなモノが積み上がっている。
「思ったより、多めに出たにゃ」
「キモッ!」
言い方が、率直過ぎる気がする。
「多過ぎたかにゃ?」
「キモカワッ!」
「…………」
「一個貰ってもイイ?」
手に取って見た目を確認する事で、再評価したらしい。
アクセサリーやキーチェーンの飾りなどには、ちょうど良さそうなサイズではある。
「構わんが……これから、これを使って探索機を作るのにゃ」
「動くの?」
「いや、これ自体に運動機能は無いにゃ」
「しょぼいね、ミニニャマコ」
一つ一つ微妙に異なる見た目は、いずれも可愛らしく、乙女心を揺さぶられるかもしれない。
しかし、山のように積まれたコレが一斉に動き出したなら、違う意味で精神を揺さぶられかねない。
「うむ。この系統は観測機にもならんからにゃ」
「何ができるの?」
「色々と使い勝手の悪い機能が多いが、演算だけは多少マシだにゃ」
――計算だけ……動かない。
「……ちっちゃな電卓がいっぱいって事?」
「一応、簡単な条件分岐、ワシや同型機との送受信、お主の言語から登録済み命令への当てはめ推測、簡単な記憶装置もついておるにゃ」
――ん……簡単な受け答えができて……少しは覚えていられる。
「あとは、精度は悪いが汎用的なセンサーもついておるにゃ」
――目は見えるけど、ちょいボケ。
「僅かな直流出力もあるから、マイコンというのかにゃ……それに近いのかもにゃ」
――僅かな電流……ピリッとなる。
「これでも、ここで使う探索機のパーツには十分だにゃ」
「ちょっと前の私みたい……」
確かに、特徴のみを切り取ったなら似ているのかもしれないが。
「……まぁ、運動能力が不足しておるのは同じだが……とりあえず今から、ワシの言う通りに材料を作るのにゃ」
「ん、了解」
おそらく、探索機として使える形に加工する工程を、能力練習にするつもりであろう。
「まず、お主は既に、二酸化炭素を酸素と炭素に分解できるはずにゃ」
「ん、変質練習してる時、一緒にできてたっぽいけど……」
「うむ。それをやってみるのにゃ。それで出てきたカスを使うから、結合して固めておくのにゃ」
「……こんな感じ?」
炭素の黒い板が生成される。
「あとは、そのカスをビチョビチョに塗り込みながら、塗れを乾かす感覚で分解して、酸素以外のネバネバをカスと結合するのにゃ」
――ビチョとカス、乾かして、酸素ネバ以外をまぜまぜ。
黒く歪んだチップが、散乱してゆく。
「私に分かりやすい表現、ありがと。ちょっとバカにされてる気がするけど」
「……そのまま、適当に捏ねまわして繰り返すのにゃ」
「あ、単純作業苦手だから、ミニニャマコで遊んでてもイイ?」
「うむ」
作業と並列で、ミニニャマコを振りかぶる。
ーーギュッと握って、えいっ!
閃光と共に、甲高い音。
ミニニャマコ粉砕。
以前の己に似た存在を破壊する。
自身のこれまでの在り様を、否定したいのであろうか。
いや、この思考イメージは単純に、幼児がオモチャを壊して遊ぶ心理に近い。
「……最近、お主の扱い方に自信がついた気でおったが、また今、光と一緒に飛んで行きおったにゃ」
「ん、ちゃんと直すからね……あ、合体したかも」
一応、復元練習も兼ねているようで、壊しては戻すループを繰り返している。
断続的な光と音の波は、その時々で異なる色彩と音色を放つ。が、遊びに不要なモノは粉砕時に『世界の外』に捨てられ、復元で再利用されている。
「…………」
ニャマコの視線には、赤子を見つめる親のような温もりを感じる。
「おぉっほ。完璧……」
満面の笑み。
ニャマコが、生成されたチップを一つ、拾い上げる。
「……ふむ、多少滑りが良過ぎるが、十分だにゃ。ほれ、コレを拡大して、感触センサーで調べるのにゃ」
「ん……同じ形がいっぱい……ナニコレ?」
「お主の記憶には無いが、電気で伸び縮みする高分子だにゃ」
「あ、筋肉?」
「うむ。次は、これと同じ物をなるべく狙って、さっきの作業を繰り返すのにゃ」
ニャマコが言わんとするのは、おそらく導電性高分子アクチュエータ――人工筋肉のような物であろう。
「はーい……まとめて並列でー……えりんぎ……からのー、デコピン」
同時に、多数の漆黒キノコが発生。
それらが弾けるように砕け、一箇所に向かい拡大され結合、縮小しながら球体状に変形される。
「……ふむ。複製は早いにゃ」
「もっと作る?」
「いや、もう十分だにゃ。次は――」
「あ、ニャマコ師匠。おまる風呂に入りたいです。暑いから、水風呂でお願いします」
全身が黒い。
「汚れは分解してやるが……ほれ」
よじよじと、巨大おまるにしがみつき、頭から入水。
「んー……極楽ぅ。暑い日の水風呂は、老人の味方だね」
「いや、体調によっては危険だにゃ」
ここのところ、不具合による苦痛が減少しており、精神的にも余裕が感じられる。




