1-4 神樹――インテリアマスコット神社
妙な表現箇所をなるべく修正、圧縮……2019/02/20
「――にゃー。おはようニャマコ」
「……とりあえず、この水で顔を洗うのにゃ。他の汚れは、適当に分解してやるのにゃ」
横から見ると楕円の一部がお椀になったような、『おまる』のような形状。
お椀の中にはたっぷりと、妙に照り輝く水のような液体が入っている。
やや高い位置のお椀の縁から、液体に顔を映して渋い顔になりながらも、軽く手で掬う。
ボンヤリと口に含んだかと思えば、おもむろに水面に顔をつけて飲み始める。
「うま……んー、スッキリ。あれ? ニャマコ、どこ行ったの?」
爽やかな声色。
睡眠と、この空間の作用か、体調がいくらか改善しているように見える。
「目の前におるのにゃ」
「でか……っていうか、戻ってきたんだね……死にかけたけど……なんかちょっと、面白そうな場所だったよ?」
相変わらず作り物感を漂わせる雑草塗れの田園風景に、安心感と共に残念さを滲ませる。
「いや、あのままあそこにおったら『神樹』の根に埋まっておったのにゃ」
「真珠? あ、お風呂入ってイイ?」
「好きにせい……神樹は、主に転移マーカーとして機能する、樹木に見える機械の事だにゃ」
ローブを脱ぎ捨て、おまるの縁に足を掛けようとするが、バランスを崩し、踏み外す。
「あっ!」
ネコミミで支えられる。
「……ワシが膨らむ時に、ワシから零れ落ちた球体、あれが神樹――転移マーカーの種だにゃ」
「あ、うん。なんか黒いの落ちてたね」
「ワシが、縮むついでに種に養分を注いでおったのにゃ。結果、あの土地の植物の成長速度に合わせて、急成長したのにゃ」
「ん……あそこのサボテンとかフルーツとか、ちょーおっきかったよね」
「うむ、神樹を隠すには、ちょうど良い環境だにゃ」
「よいしょっと。あ……」
よろよろよじよじと縁に登る。が、登りきれたところで転倒。頭から入水。
「……聞いておらんにゃ」
「ん……ニャマコ汁が出過ぎて……根腐れ?」
「それで顔洗ってがぶ飲みして、今は浸かっておる癖に、酷い言い草だにゃ」
「あ、なんかコク深い味わいだよね。サラサラでキレイだけど、匂い無しコーンスープみたいな……ん、美味しいよ。ニャマコ汁」
「外の世界の生物が、進化を加速――いや、お主への信仰を深めた証だにゃ。なぜかは知らんが、凄まじい勢いで信者のような奴が増えたのにゃ」
「信者?」
「お主の理解しやすい言葉で表現しただけだにゃ。語弊はあるが、進化の原動力――いや、モチベーションが高まったのにゃ」
「モチベが……ニャマコ汁?」
「機能は異なるが、お主の感触センサーみたいな物が、ワシにも付いておるのにゃ。それが感知した結果だにゃ」
「……?」
「ワシは直接制御できんが、勝手に目安となる要素を測って、ワシのリソースの原料を寄せ集め、取り込むのにゃ」
「この尻尾みたいに、自動制御って事?」
「うむ。視覚的に分かりやすい指標として、ワシのリソース、つまりワシの中身が増えて膨らむのにゃ」
「分かりやすいけど、死にかけたよ?」
「アレは流石に急激過ぎたが……まぁ、膨張率で測る進化力測定器といったところだにゃ。ちなみに、ワシを構成するリソースは、ヒト種にとっても栄養豊富だにゃ」
「ん、良く分かんないけど……ニャマコが太ると、みんな幸せって事?」
「管理対象にとってどうかは知らんが……あそこまで爆発的に増えた、正確な理由も分からんにゃ」
「ニャマコにも分かんない事、早速見つけたね」
「普通は管理者が多少手を加えても、生物はそれまで通りの慣れた状態を選ぶのにゃ。新たな可能性――旧来の在り様を超える程のモチベーションは、簡単には生まれないのにゃ」
「スノードームが好き過ぎて、おかしくなっちゃった?」
「おおよその経緯は推測できるが……実際はどうであろうにゃ」
「ねぇ、関係無いけど……なんかここ、微妙に前と変わってない? 気のせいかな……あと、ニャマコのネコミミも産毛生えてるし」
「産毛はどうでも良いが……なんにゃ、あれは……」
おまるが変形して指し示したのは、街道の手前側。
ネコミミに黒い毛が生え始めた違和感も凄いが、それ以上の違和感を持つ何かが、その先に現れたようだ。
街道の現在地から戻る方向の分岐、つまり今回通った枝道の先に、これまでには無かった構造物が見える。
よく見ると、鳥居のような何かと、どう見ても作りが良いとは言えない置き物が鎮座している。
石の団子に耳をつけただけの似非狛犬――石製の『ニャマコマイヌ』と言ったら分かりやすいであろうか。
さらに最奥には、透明度の高い虹色の球体が、石舞台の上で鮮やかな光を放っている。
「あれって、もしかして、スノードーム?」
「ふむ、手前のは……鳥居というのに似ておるが……」
枝を払った立ち木に、石の棒が突き刺さっている。
「あっ。もしかして、ムチウチとニャマコおろしの移動装置……」
何か、高級料理の名称のようにも聞こえる。
「言い方が悲惨だが、言いたいことは分かったにゃ。確かに、アレの縦軸は木のように根を張っておったにゃ」
「伸ばし過ぎて、片付けきれなかったのかも」
残されたアレに似せて、象徴化されたと考えたようだ。
「ふむ……ここの景色は、この空間が予測する管理区域の抽象化だからにゃ。よほど管理区域にアレが影響した……いや、影響し続ける可能性が高いのにゃ」
「あれ、狛犬がニャマコになってるよ? ニャマコマイヌ、カワイイかも」
彼女もニャマコマイヌと名付けたようだ。
「ワシは、ほとんど何もしておらんかったはずだがにゃ。騒動の主役の痕跡は……」
「スノードーム?」
「つまり、お主はインテリアという事だにゃ」
インテリアに、見た目の影響力――魅力で負けたという事か。
「……あそこの道、また通るとどうなるのかな」
「あれだけはっきりと形になっておるなら、似たような場所に出るかもにゃ」
「インテリアマスコット神社?」
「……あるいは、神樹の近くに出る事もあるにゃ」
「さっき言ってたマーカーって、そういう意味?」
「うむ。本来なら神樹がマーカーになるのにゃ。ワシが管理者なら、あそこには神樹が抽象化されたはずにゃ」
「ニャマコなら、どうしてたの?」
「あの辺りの土地柄なら、果樹園を作ってから、誰も入って来れんようにするにゃ。遠目に見える楽園だにゃ」
「ん、桃源郷?」
「いや、栽培への興味を刺激しながら、少しずつ間接的な影響を与えるのにゃ」
「……慎重だね」
「食料や周辺環境を変化させて、それに適応する過程で機能変化を促すのにゃ。ワシにとってより良い変化の兆しが見えるまで、200年前後はかかるはずにゃ」
「200年って……私生きてない――」
「いや、お主はあやつと同じ寿命を持たないヒト型生物……造語で表すなら、永命種だにゃ」
「そっか……そういう事か……」
僅かに項垂れる。
その思考には、以前のほぼ寝たきりな自分の姿が浮かんでいる。
「にゃ?」
「でも、進化を促すのって、やっぱ大変なんだね」
「うむ。社会や環境の変革をある程度自発的に行う意欲が無ければ、決まった形にしかならんからにゃ」
「決まった形って?」
「与えるだけであれば、知能はさほど変わらずに肉体が変わり、奪い合わせるだけであれば、恐怖への適応で方向性が固定されるのにゃ」
「ん……でも私、スノードーム投げただけ……」
「正確な事は分からんが……スノードーム――神の宝を守り、祀るために田畑を耕し定住し、その新たな環境から間接的な影響を受けて、機能的変化が加速されるのかもしれんにゃ」
「……ぱないね」
「既に、ある程度農耕の技が燻っておる所に一石を投じた、もとい一スノードームを投じたのかもしれんにゃ」
「そっか」
「まぁ、時を経て見なければ、実際のところ何も分からんがにゃ」
「恐るべし、スノードーム」
「スノードームより、あの逃走手段の方が恐ろしいのにゃ……おかげで、触腕の耐久性が進化しおったのにゃ」
「フサフサだね。生えぎわ、スゴイきわだってる」
「…………」
水色の地肌が、艶やかな黒い毛に覆われている。
パージしてから再生する形でも機能的には良いのであろうが、少しでも耐久性を高めようとするモチベーションの現れか。
「でもそれ、シュールだけどカワイイよ?」
「……死なぬとはいえ、あの扱いはどうかと思うのにゃ」
「あ……ごめんね。私もしんどい事になったし、おあいこで……」
「…………」
「ごめんなさい……お風呂の水抜いて欲しい……」
「……ほれ」
「ありがと」
倒れ込むように横になる。
入浴でリラックスしたついでに、改めて休息を取るようだ。
「枕、風呂ときて、ベッド扱いかにゃ?」
「……おやすみ」
手渡されたローブをもぞもぞと着て眠りについた黒い神を、柔らかく暖かい感触が包み込んでいった。




