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1-3 巨大化――ネバネバ

とにかく修正……2019/02/20


 十数キロもの距離を延々と伸ばした枝は分解され、崩れながら溶けるように消えていった。

 幹にまでは届かなかったかもしれないが、かなり遠くまで分解されたようだ。


「…………」


 ニャマコが、身を固めたまま停止している。


「どうしたの?」


「……排熱で、エキゾーストのような物が……少し溶けたのにゃ」


 何かしら機能に問題が発生したようだが、取れたネコミミは復元されたようだ。

 しかし、摩擦への適応か、黒い産毛のようなものが生えつつある。


「……痛かったの?」


「いや、装備が外れただけ……にゃ?」


 発泡性の飲料缶を開けた時のような、空気が抜ける音が聴こえる。


「なんか出てきたよ?」


 片手でニャマコを撫でながら、もう片手で首を揉んでいると、視線を下げた先に何やら黒い塊が転がり込んできた。


「……マズイかもにゃ。縮小は間に合わんから……穴でも掘って潜るのにゃ」


「潜る?」


「完全な制御はムリだにゃ……すまんにゃ」


 ぷくりと僅かに膨張し、一度大きく震えるニャマコ。


「ニャマコ?」


「……黙って良く聞くのにゃ。今から、半径3キロくらい膨らむのにゃ」


「え……3キロ? 半径って――」


「とりあえず、地中に潜ってから、変質で酸素を作るのにゃ」


「変質って……分かんないよ」


 動揺と焦りの感情が強い。


 しかし、変質が分からなくとも焦る必要は無い。先ほど、酸化物を分解していた。


「今のお主ならできるはずにゃ。酸素を作りながら、なるべくワシに触れたままでしばらく待機だにゃ。能力練習にも、ちょうど良いからにゃ」


 時間が足りないのか、やや早口でまくし立てる。

 その間にも、彼女を地面に押し付けるようにじわじわと膨らんでゆくニャマコ。


「え……ちょっと待って、あっ……」


 全体の縮尺が、均一に拡がってゆく。


「うぷっ……暖かい」


 とりあえず、足元の土を一部縮小して退避したようだが――、


「ニャマコでかい……っていうかよく見たら景色もでかい……」


 精神的な焦りは強いが、呑気な声色。

 とはいえ、周囲の地形に気を取られるのも当然か。


 透明度の高いニャマコ越しに見た景色は、なにやらサイズ感がおかしい。

 サバンナのような植生だが、サイズが大き過ぎる。

 サボテンやアロエのようなものだけでなく、ドラゴンフルーツ系の紐サボテンのような割と柔らかさのある植物でさえ高さで数十メートルはある。

 花びらなどの可憐な鮮やかさの色合いも、酷いサイズ感のせいで威圧感を放っている。


「小さくなったとかじゃないよね? 私が……」


 彼女からしてみれば、童話的な巨人の国にでも迷い込んでしまったような状況であろう。


「…………」


 透き通ったニャマコ越しに、いくらか潰されてゆく特大植物をボンヤリ眺める。

 ニャマコに言われた事を忘れたわけではなかろうが――、


「ん……どうしよう? 変質分かんない……わけ分かんない……なにアレ。果物?」


 混乱が強い。


「……頭痛い。酸欠? ニャマコ……ねぇ、ニャマコ?」


「…………」


 反応が無い。

 意図的か、不具合によるものか。判別がつかない。


「……ねぇー……ニャマコー? 聞こえるー? 頭痛ーい。ニャマコさーん!」


「…………」


「変質、やり方……分かんなーい。死んじゃーう。ポックリ逝っちゃーう。ねぇー……師匠ー。マジでー、死ぬー……」


 変質ができなくとも、酸化物の分解が出来る以上、問題は無いはずだが。


 ――いつまで……キツイ……苦しいの、もう嫌だって……。


 苦しみがいつまで続くのか分からない状況はきつい、という事か。


 口調に幼さが見られるが、酸欠の苦しみを実感して思考力も低下した、という事か。

 老人は精神的に弱ると赤子のような思考をする事があるが。

 迷子になった事に気づいた子供のように、眉も口元もハの字。


「……うぇ……ニャマ……ゲホッエホッ!」


 状況に対する焦りからか、並列思考を始める兆候が見られる。

 彼女の並列思考は、かなり明瞭な言語イメージを伴う事が多い。

 とはいえ、あまりにもその数が多過ぎるので、適当にサンプリングしてみる。


 ――きっついな……きっついよー。


 ーーなんか蒸れてるし、ニャマコ汁、漏れてる?


 ーーあったかい……。


 ーーニャマコって、刺身でもイケそう。


 ーーなにこの感じ……キツイのに、苦しくない……良く分かんない、変なの。


 いくらか恒常性維持機能により苦痛が緩和されたようだが、退行度合いがいくらか強まっている。


「……ん?」


 ――蒸れてて、粘ってて……粘り……あっ、分かったかも……。


「ネバネバ……」


 特に必要は無いはずだが、それっぽく空気の塊を両手で丸めるように、こね始める。


「……粘り気、納豆……オクラ……オクラホマ……」


 意味は分からない。が、足元には、一部が透明度を持った、不自然なグラファイトの粒らしき物が落ちている。

 どうやら、何かを酸素に変質させながら、二酸化炭素から酸素に、分解結合も同時に行ったようだ。

 オクラホマにも、何か意味があったのか。


 ――朝から晩までネバねーば……せんべろ昼呑みネバねーば。


 酸欠直後の急な酸素補給であったとしても、酔ったりするような事は無いはず。

 イマイチ意図を読みきれないが、思考の分散化を防ぐためにイメージを固めているのかもしれない。


「ネバネバねぇば……ぁ……」


 集中力を使い果たしたのか、体力的な問題か、意識レベルが低下したようだ。

 しかし、周囲に散らばる余剰物は増え続けており、酸素生成は滞りない。


 そのまま数分が経過し、縮小したニャマコが顔を覗かせる。


「にゃ?」


 へこみの中に、死亡直後の溺死体に近い姿を目にするニャマコ。

 水も生成されているようで、周囲が水浸しになっている。


「同期が切れておるにゃ。最新の記憶は……なるほどにゃ」


「……ばぁー」


「ふむ……妙に惹かれる姿だにゃ」


 直径5メートルほどまで戻ったニャマコが目にしたのは、奇怪な絵面。


「……ばぁ……」


 胴が土に埋まりかけ、長い黒髪は千々に乱れて、謎の呪文を断続的に唱えている。

 半開きの口、薄っすらと開いた瞼の下には、白目と涙。

 率直に言うなら、悲惨な絵面。


「なぜ、ここまで気になるのにゃ?」


 雰囲気に惹かれる、という意味であろうか。


「……アルジ」


「ワシが、かにゃ? いや、違うにゃ。そんなわけがなかろう……」


「カネ……返せ……」


「……分からんにゃ。これ以上は危険だにゃ」


 自らの感情への考察を打ち切ったニャマコは、その口を大きく開けると、彼女を飲み込んだ。

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