1-2 キラキラ――強制パージ
なるべく圧縮……2019/02/19
「こうなったら……空気を縮小して結合……解除しながら……拡大! 痛っ!」
スノードームが空へと打ち出される。
同時に彼女も、真後ろに転倒する。
興奮の度合いが著しいマッチョ達を遠ざけたいようだが、彼らが欲するスノードームは軽いとはいえ、投擲では効果的な飛距離が見込めない。
そのため、能力で長距離を押し出すように飛ばしたものの、制御が甘く、ローブから出ている頭部と手が持っていかれたらしい。
「おぉ……光##天##」
打ち出されたスノードームへと、集団の視線が一斉に動く。
「##雨! 『殺す!』##光##天##『殺す!』##」
謎の殺意を伴って、弾けるように集団が走り出す。
急加速の衝撃によるのか、舞い上がる乾いた土埃が辺りを覆っていた。
その速度は、時速で80キロを超えるであろうか。
しばらく漂っていた土埃が晴れると、数キロメートルは確実に離れているにも関わらず、気迫薄れぬ野太い絶叫が響く。
「天##光##金##『殺す!』##」
「血の雨##『殺す!』##」
「ォーン!」
謎の殺意が増している。
「うわぁ……」
尻もちをついて後ろ手に崩れた体育座りのまま、呆然とした表情で、怒声のような叫び轟く彼方を見つめる。
その脚には細かい痙攣が見られる。
『感触』により、彼らの闘志が鮮烈に伝わり過ぎたのか、心理的な衝撃により腰を抜かしてしまったらしい。
老成して薄らいでいた生存するための機能が強く刺激され、『人間として見れば』健全な身体反応が呼び起こされたのであろう。
「ヤバイよ……あの人達」
既に、彼女の思考は恐怖で埋め尽くされているようだが、彼らの反応や周囲の環境から推測できる事は多い。
狩猟社会には森の恵みが必要。生物の主成分が水。周囲には乾いた土。
「なんか、変換ミスじゃなかったみたい……マジで『殺る気』だね……脚、震えてきた」
「筋肉の痙攣なら、意識的に力を込めるのにゃ。管理者の恒常性維持機能が活性化して、心身が安定するはずにゃ」
「ん……あっ……」
しょんぼりと悲しげな表情。
「本当に管理者らしくないショボい肉体だにゃ」
「……分解って、便利だね……」
「自分の肉体を分解しないように、気をつけるのにゃ」
本来、管理者は堅牢な恒常性を持つ、もしくは付与されるはずだが、なぜか歳相応の老いた人間に近い状態。腹圧性であろう。
「でも、震えなくなったかも……まだ怖いけど……」
「それより、放り投げたスノードームとやらが壊れておったら、雪の粉どころか槍の雨が降りかかって来るかもにゃ」
「……勘弁してください」
「血の雨にならんと良いがにゃ」
「うぅ……」
状況の理由を把握しているのかどうかは分からないが、まるで揶揄うように脅すニャマコ。
しかし、状況から推察される事柄で彼らの発言を埋めるなら――、
『光射す昼の天より降る雨は、森の血であり、金の輝きを伴う富の到来を告げるモノであり、森の最大の恵みである獣狩り――獣殺しの解禁という赦しを与える』
この辺りが妥当に思えるのだが。
「槍持ったマッチョの殺意って、ハンパないね……トラウマってきた」
「怖いなら、さっさと逃げるのにゃ」
目元には涙すら浮かび始めたものの、慄く心を叱咤して立ち上がり、未だにキラキラと光を分散させているスロープを縮小し、帯に回収。
「逃げたいけど……私の脚じゃ、無理じゃない?」
「ワシの助けが欲しいのにゃ?」
「欲しい……けど、やっぱいい。『巨人の肩の上』でも、自力本願を忘れない。それが技術者……」
地中に意識を向けて集中し始める。
「ふむ……?」
「苦手だけど……粘り気を見分ける――」
これは、曖昧ではあるものの『電気陰性度』を探る方法。
これを強く意識するのは、生理的に辛いらしい。
「うぇ……吐きそう」
空気中の窒素や酸素が、濃密に『粘度』を感じさせる。
「ふむ……」
化合物も、元々持っている『差』を濃度のように把握できるが、かなり精緻な感受を要するらしい。
しかし、身近なモノでなければ何が何であるのか、知らないのだから分からない。
「酸素なら……イケるかな」
「……そのイメージは、酸化物を分解するのかにゃ?」
分かりやすい酸素が結びついた地中の何かを、手当たり次第に分解し始める。
それにより、分解時の電場の動きを感じて、金属らしきものを強引に結合してゆくつもりらしい。
大量に、ある程度性質がまとまった常温固体の素材が欲しい、という事か。
「混ぜて、まとめて……伸びろっ!」
地中で、目的の物以外も混ざった団子になったそれを、地面の上まで拡大結合して露出させる。
「ゲホッ!」
「派手にやったもんだにゃ。周囲の酸素濃度が少し上がったのにゃ」
「ん……このままだと脆いかも?」
とにかく硬くしようと、力任せな能力使用により強く結合。
それにより、地面から出てきた部分が、透き通るくらいに――粒界が減り、光が分光しながら伝播する特殊な状態――まで変化する。
鞘から抜いたナマコ斬りをハンマー状にして、振り抜くように叩きつけ、耐久度合いを確認。
「土台の先は、膨らませたらいいかな」
「根を張らせたいなら、結合範囲を広げたらどうかにゃ」
地中に根を張るように、土台となる基礎を作る。
地面に出た部分に、椅子のような物を形成。
「結構、イイ感じかも」
「色合いが凄まじいにゃ」
所々が多色に透き通った、枝付きコブ付きの、椅子が付いた切り株のようなモノ。
そのなんとも珍妙な物体に、空から滴り落ちる雫。
「……お天気雨?」
良く見ると、既に乾いた地面に点々と、染みのように水に濡れた跡が見られる。
集中していた上に、収納ローブとニャマコを乗せた頭部で気づけなかったのか、いつの間にか雨が降り出していたらしい。
風も、強さを増している。
「準備良し……」
「いや、なんでワシ、この配置になっておるのにゃ?」
収納ローブで、臀部にかかる圧は分散されるはずだが、座布団代わりにする意味はあるのか。
「キニシナイ、行くよ」
切り株の上に立ち、周囲の木々を見下ろせるほどに、縦にぐんぐんと拡大し伸ばしてゆく。
「拡大だけだと、戻っちゃうかも?」
「固定するように意識して結合すれば、安定するはずにゃ」
拡大状態を維持するために、結合で結び留めるように、絡み混みを作ってゆく。
「うひぃ……」
高さは30メートルを超える。
「ふむ?」
「……発射準備」
「いや、射出したらマズイにゃ」
「じゃ、発進準備」
遠くに見え始めた雲の塊。
より青空の広がる風下向きの枝を選んで、椅子の向きと位置を修正。
すり抜けないよう、ローブの内側で椅子と全身に尻尾を巻きつけ固定。
そして、枝部分を地面と平行に伸ばし、徐々に加速してゆく。
まるで遊園地のアトラクションのような見た目だが、その速度と強度は管理者能力の産物。
侮れないであろう。
「あ……縦軸の操作、届かなくなった」
侮れたようだ。
「予想はしておったが、対処は難しくないはずにゃ」
「……ん……」
足をローブの内側にたたみ、椅子の上で体育座りの姿勢に移行する。
ニャマコを被り、首と頭もローブに潜り込ませる。
ネコミミ、もといニャマコの手がはみ出しているが。
前方に、密度も背丈もどうしようもなく高い、高層ビルのような樹木が乱立している。
このままでは必中する。
「……いや、確かにワシの胴体は不滅……十分防具になるが、手は装備品だから収納――」
「ん、ニャマコも収納持ってるからイケるよね。それじゃ、いこっか」
「そもそも横軸を縦に拡大すれば――」
加速する。
樹木の枝葉のみならず、幹まで削り通す空飛ぶ椅子。
その体は、収納ローブとニャマコに守られている。
たまに、首が持って行かれかけているが。
「この手には摩擦制御が無いのにゃ。お主を保護しながらでは格納もできんし……この場合、収納ドロも安定して使えん――」
「ん? 今、なんか言ったー?」
胴体は不滅性が高い――様々な変化に対する制御性能に優れる。
しかし、ネコミミは触腕としての機能に特化しているのか、その辺りが不十分。
格納もできず、加工していない収納では、すり抜けると表現できる状態にはならず用を成さない、というような意味かと思われる。
つまり、ニャマコのネコミミは不測の事態に陥ったようだ。
「ワシに能力を貸し……摩擦……マサチューセッツ……u set me up――」
良く分からない発言になっている。
『ハメやがったな』という意味なのか、文字通り『上に乗せられた』という被害者の事件供述なのか。
マサチューセッツにも、何か意味があるのか。
いや、想定外な危機的状況に、意訳変換まで混乱し始めた、という事か。
「収納ローブ、イケてるね。流石はニャマコ師匠」
「あぁ……あ、取れたにゃ……」
虹色スノードームよりも鮮やかな、虹が架かるお天気雨の空に、哀しげな呟きが残された。
摩擦への対応に窮した事により、自動的な強制パージが行われたのであろう。
ネコミミが取れたらしい。




