新章 # 第4章 大決戦! 五大ヘビー級モンスターと、氷点下のアサイー・クラーケン
第4章 大決戦! 五大ヘビー級モンスターと、氷点下のアサイー・クラーケン
## 1 胃腸町、凍結注意報!
「さ、寒いっ!!」
長谷川アスカは、ぶるぶるっと肩を震わせた。
ここは、アスカの腸内に広がる不思議な町、胃腸町。
つい先ほどまで、住民たちの笑い声が響いていたはずなのに、今は町全体が青紫色の冷気に包まれていた。
広場の噴水には薄い氷。
商店街の屋根には霜。
そして、道の真ん中には、巨大な氷の触手が何本も突き刺さっている。
「な、何なのよ、これ!」
アスカが叫ぶと、ロズマリンさんが紫色の扇子を握りしめた。
「大変です! 町の向こうから、とてつもない冷気が押し寄せています!」
「冷気って……冷房の設定温度を十六度にしたとか?」
「そんなかわいらしいものではありません!」
ロズマリンさんが扇子で遠くを指した。
そこには、青紫色の巨大な怪物が浮かんでいた。
頭部は、凍りついたアサイーボウルのよう。
胴体は、どろりとしたスムージーの塊。
そして、何本もの触手が、氷の刃となって町を覆っている。
その名も――。
**アイス・アサイー・クラーケン!**
「フフフ……」
怪物が、不気味な声で笑った。
「食事に迷いなど必要ない。選ぶ時間も、味わう時間も、すべて無駄だ!」
「な、何を言ってるのよ!」
「すべてを凍らせ、すべてを均一にする! どこで食べても、何を食べても、同じように冷たく、同じように効率的な食事。それこそが、完璧な世界!」
アスカは、ぽかんと口を開けた。
「……嫌だわ、そんな世界」
「同感です」
隣から声がした。
振り返ると、黒咲ノエルが立っていた。
いつものタブレットを持っているが、表情は真剣そのものだった。
「効率を重視することと、食事の楽しみをなくすことは違います。あの怪物は、私の考えを極端にしたような存在です」
「ノエル君……」
「私も、以前は食事の時間を削ることばかり考えていました。でも、食事を楽しむことまで無駄だとは、もう思いません」
ノエルはタブレットをしまった。
「今度は、私も町を守ります」
そのとき、地響きがした。
ドゴォォォン!!
町の反対側から、見覚えのある五つの巨大な影が現れた。
唐揚げクラーケン!
トンカツ豪傑!
豚骨ラーメン巨人!
チャーハン・ゴーレム!
そして、ギョーザ・ドラゴン!
「ええええっ!?」
アスカは頭を抱えた。
「なんで今度は、あんたたちまで来るのよ!」
唐揚げクラーケンが、巨大な足を振り上げた。
「カラアゲ、カラアゲ!」
トンカツ豪傑が、拳を振り回す。
「サクサクこそ正義!」
豚骨ラーメン巨人が、湯気を上げながら吠えた。
「コッテリィィィ!」
チャーハン・ゴーレムは、全身の米粒を震わせ、ギョーザ・ドラゴンは空中で羽ばたいている。
どうやら、五大モンスターたちも、クラーケンの冷気に刺激されて大暴れを始めたらしい。
「ちょっと待って! 敵が多すぎる!」
アスカの悲鳴が、凍りついた町に響き渡った。
## 2 黒咲兄弟、まさかの共闘!
「アスカさん、下がってください!」
ノエルが前に出た。
「このままでは、町の広場が壊されます。兄さん、協力をお願いします!」
「言われるまでもない!」
現れたのは、黒咲厳だった。
腕を組み、厳しい表情で怪物たちを見渡す。
「ノエル。お前は敵の動きを分析しろ。俺は五大モンスターの足止めをする!」
「了解です!」
兄弟が並んで立つ。
いつもは食事の評価をめぐって意見が食い違う二人だが、今は迷いがなかった。
「唐揚げクラーケンは、右側から回り込んできます!」
「見えている!」
厳が地面を蹴り、トンカツ豪傑の前へ飛び出した。
「マイナス20点! 暴れすぎだ!」
「その採点、今必要!?」
アスカのツッコミが飛ぶ。
「必要だ! 少なくとも、町の建造物を壊す行為は減点対象だ!」
「評価基準がそこなの!?」
ノエルはタブレットを見ながら叫んだ。
「兄さん、右です! ラーメン巨人の湯気で視界が遮られています!」
「分かっている!」
厳は身をひねり、ラーメン巨人の突進をかわした。
一方、ノエルはクラーケンの触手の動きを観察していた。
「触手の攻撃は一定の間隔で繰り返されています。次は三秒後、左側から――」
「ノエル君、危ない!」
アスカが叫ぶ。
クラーケンの触手が、ノエルの足元へ突き刺さった。
ノエルは飛び退いたものの、タブレットを落としてしまう。
パリン!
画面に、ひびが入った。
「……ああっ! 私の分析データが!」
「タブレットより、自分の心配をしなさい!」
アスカはノエルの腕を引っ張り、安全な場所へ連れていった。
「分析は大事。でも、今は生きて帰ることが先!」
「……はい」
ノエルは、壊れたタブレットを見つめた。
数字が消えた画面には、何も表示されていない。
それでも、目の前の状況は分かった。
兄が必死に戦っている。
住民たちが逃げ惑っている。
アスカが、自分を助けてくれた。
画面がなくても、今やるべきことは分かる。
「アスカさん。町の食堂へ行きましょう!」
「えっ、こんなときにごはん!?」
「違います! 住民たちを集めるんです。みんなが安心できる場所を作りましょう!」
アスカは一瞬驚き、それから力強くうなずいた。
「よし、分かった!」
## 3 カリカリ青ウメ、出動!
食堂の中は、避難してきた住民たちでいっぱいだった。
ワカメ、メカブ、ヒジキのお掃除隊も、みんなを誘導している。
「大丈夫だよ! こっちに座って!」
「温かい飲み物を用意しよう!」
「みんな、慌てないで!」
しかし、外からは怪物たちの叫び声が聞こえてくる。
ドゴォォォン!
「ひゃあっ!」
住民たちが肩をすくめた。
アスカは食堂の台所を見回した。
「よし。こんなときこそ、できることをやろう!」
「アスカさん、何か作るんですか?」
ノエルが尋ねる。
「もちろん! ただし、手間のかかるものは作らない!」
アスカは冷蔵庫を開けた。
取り出したのは、白いごはん。
海苔。
そして、小さな容器に入ったカリカリ青ウメだった。
「じゃじゃーん!」
アスカが容器を掲げる。
「カリカリ青ウメ!」
「……青ウメ?」
ノエルが首をかしげた。
「そう。カリッとした食感と、さっぱりした酸味が魅力なのよ!」
アスカは青ウメを細かく刻み、ごはんに混ぜ込んだ。
そこへ、好みで少しだけ白ごまを加える。
「これを混ぜて、握る!」
ぎゅっ、ぎゅっ。
あっという間に、カリカリ青ウメのおにぎりができあがった。
「はい、完成!」
「……本当に簡単ですね」
「そうでしょ?」
アスカは、ひとつを手に取った。
「料理は面倒でも、おいしいものは食べたい。だから、簡単に作れる方法を考えるの!」
そして、ひと口。
カリッ。
青ウメの歯ごたえ。
さっぱりとした酸味。
ごはんのやさしい味。
「ん〜! これこれ!」
アスカの顔が、ぱあっと明るくなった。
「このカリカリ感がいいのよねえ!」
その表情につられて、ワカメもひとつ手に取った。
「いただきます!」
カリッ。
「わあ! おいしい!」
メカブも続く。
「この食感、楽しいね!」
ヒジキも笑顔になった。
「酸味がさっぱりしていて、食べやすい!」
アスカは、次々とおにぎりを握った。
「はい、みんなもどうぞ! もちろん、食べられるものや好みは人それぞれだから、無理はしないでね!」
ノエルは、その様子をじっと見ていた。
「……不思議ですね」
「何が?」
「特別な料理ではありません。材料も少なく、作る時間も短い。それなのに、みんなが笑っています」
アスカは、手を止めずに答えた。
「だって、おいしいものを食べると、うれしいでしょ?」
「……はい」
ノエルは、ひとつのおにぎりを受け取った。
そして、ひと口。
カリッ。
「……この食感、いいですね」
「でしょ!」
「味の組み合わせも、食感の変化も、シンプルですが……」
ノエルは少し考えてから、笑った。
「やっぱり、おいしいです」
「よし! その感想、いただきました!」
アスカは大喜びした。
だが、そのとき。
食堂の壁が、ミシミシと音を立てた。
外から、巨大な声が響く。
「食事を楽しむなど、無駄なこと!」
アイス・アサイー・クラーケンが、食堂を見下ろしていた。
「そんな小さな喜びなど、冷気で凍らせてしまえばいい!」
青紫色の触手が、窓の外へ伸びてくる。
「きゃあああっ!」
住民たちが悲鳴を上げた。
アスカはおにぎりを置き、まっすぐに怪物を見た。
「……いい加減にしなさいよ」
その声は、静かだった。
「食事の楽しみは、あんたが決めるものじゃないわ!」
## 4 食卓の力で、立ち向かえ!
アスカは、ノエルとともに食堂の外へ飛び出した。
広場では、黒咲厳が五大モンスターを食い止めていた。
「厳さん!」
アスカが叫ぶ。
「みんなの避難は進んでいます!」
「よし! あとは、この大物をどうにかするだけだ!」
厳はクラーケンをにらみつけた。
「しかし、あの冷気では近づけない!」
ノエルは、ひびの入ったタブレットを見下ろした。
もう、精密な分析はできない。
それでも、彼はクラーケンを見上げた。
「兄さん。私に考えがあります」
「何だ?」
「クラーケンは、町の食事をすべて均一にしようとしています。ならば、私たちは逆のことをするんです」
「逆のこと?」
「一人ひとりが、自分の好きな食事を楽しむ。それぞれの好みを認めるんです!」
アスカが、ぱっと顔を輝かせた。
「そうよ! 好きなものは、人それぞれ!」
「私はスムージーが好きです。アスカさんは、おにぎりや簡単な料理が好き。兄さんは、食事にも厳しい基準を持っている」
「おい、俺の説明は少し違うぞ」
「でも、誰かひとりの正解に、みんなを合わせる必要はありません!」
ノエルの声が、広場に響いた。
「効率も、栄養も、味も、食べる楽しみも。どれかひとつだけが、すべての人にとっての正解ではないんです!」
クラーケンが、怒りの声を上げた。
「黙れ! 違いは無駄だ! 選択肢は迷いを生み、迷いは時間を奪う!」
「迷ったっていいじゃない!」
アスカが叫んだ。
「今日はおにぎりが食べたい日もある。ピザが食べたい日もある。温かいスープが飲みたい日だってある!」
彼女は、カリカリ青ウメのおにぎりをひとつ掲げた。
「私はこれが好き! カリカリッとして、酸っぱくて、おいしい! それだけで、うれしいのよ!」
住民たちも声を上げた。
「ぼくは温かいスープが好き!」
「私は焼きたてのおにぎり!」
「私は、好きな人と一緒に食べるのが好き!」
「僕は、プロテイン入りのスムージーも好きだよ!」
最後の声に、ノエルが思わず振り返った。
「……それは、私のことですか?」
「そうだよ! おいしいと思うものを飲んだらいいんだよ!」
ノエルは、ふっと笑った。
「……そうですね」
彼はクラーケンへ向き直った。
「私の好きなものを、誰かに押しつける必要はない。そして、誰かの好きなものを、私が否定する必要もない!」
その瞬間、ロズマリンさんの扇子が大きく開いた。
「皆さん! 自分の好きな食事を思い浮かべてください! そして、食べる喜びを忘れないで!」
住民たちの声が、ひとつになった。
「おいしいものを、楽しく食べたい!」
「好きなものを、好きな人と!」
「おいしいから、うれしい!」
その声に呼応するように、胃腸町の広場に温かな光が広がった。
それは、青ウメの魔法ではない。
おにぎりの不思議な力でもない。
住民たちが、自分の好きなものを思い出し、互いの違いを認め合ったことで生まれた、町の活気だった。
クラーケンの触手が、ぴたりと止まる。
「な……何だ、この力は!」
ノエルが叫ぶ。
「それは、効率だけでは測れないものです!」
厳も、拳を握りしめた。
「よし! 今だ!」
兄弟が同時に駆け出す。
厳が五大モンスターを食い止め、ノエルがクラーケンの触手の隙を見つける。
「右側の触手が下がった! 今です、兄さん!」
「任せろ!」
厳が地面を蹴り、クラーケンの足元へ突進した。
その衝撃で、怪物の体勢が崩れる。
ロズマリンさんが扇子を振った。
「胃腸町の皆さん! 今こそ、笑顔を取り戻すときです!」
アスカは、最後にもう一度、カリカリ青ウメのおにぎりを掲げた。
「おいしいものを食べる楽しみは、誰にも凍らせられないんだから!」
広場に、明るい声が響き渡った。
そして、アイス・アサイー・クラーケンの体を覆っていた氷に、ピシッと亀裂が走った。
## 5 氷が溶けても、スムージーは悪くない!
パキパキパキッ!
クラーケンの氷の殻が、少しずつ崩れ始めた。
「ば、馬鹿な……!」
怪物の声が震える。
「食事は効率よく済ませるべきだ! 楽しむ時間など、必要ないはずだ!」
ノエルは、静かに首を振った。
「効率よく食事をすることと、食事を楽しむことは、両立できます」
「何だと……!」
「私は、スムージーが好きです。手軽で、好きな味にできる。忙しい朝にも取り入れやすい。それは、私にとって大切なことです」
ノエルは、アスカを見た。
「でも、アスカさんの食事も、おいしそうだと思います。冷凍おにぎりも、油揚げ梅チーズピザも、カリカリ青ウメのおにぎりも」
「おっ、私の料理、三つも挙げてくれた!」
「料理と呼ぶ範囲については、まだ検討の余地が……」
「そこはもういいの!」
アスカが笑う。
ノエルも、つられて笑った。
「食事を楽しむ方法は、ひとつじゃない。そういうことです」
クラーケンは、しばらく黙っていた。
やがて、青紫色の光が弱まっていく。
「……ひとつでは、ない……?」
「そうよ!」
アスカが答えた。
「スムージーが好きなら、飲めばいい。私がカリカリ青ウメを好きなのも、自由でしょ!」
「……自由……」
クラーケンの体を覆っていた氷が、さらさらと崩れ落ちた。
巨大な触手は小さく縮み、冷気も少しずつ薄れていく。
最後に残ったのは、青紫色の小さなスムージーの塊だった。
「……私は、すべてを同じにしようとしていたのか」
ノエルは、うなずいた。
「違いをなくすことだけが、効率ではありません」
「……そうか」
小さな塊は、静かに地面へ降りた。
それはもう、町を凍らせる怪物ではなかった。
ただの、冷たいスムージーのように見えた。
アスカは、腕を組んだ。
「ところで」
「……何だ?」
「その姿なら、普通においしそうじゃない?」
「アスカさん!?」
ノエルが驚く。
「いや、だって、アサイーなんでしょ? 好きな人は好きじゃない!」
ロズマリンさんが、くすくすと笑った。
「ふふふ。アスカさんらしいですね」
厳も腕を組んだまま、うなずいた。
「なるほど。敵を倒したあとも、食べ物を悪者扱いしない。悪くない考えだ」
「ゲンさん、今の何点?」
アスカが尋ねる。
厳は少し考えた。
「……百点だ」
「えええっ!?」
ノエルが目を丸くした。
「兄さんが、満点を!?」
「何だ。不満か?」
「いえ、そういうわけでは……!」
アスカは大笑いした。
胃腸町の空に、久しぶりの明るい光が戻ってきた。
五大ヘビー級モンスターたちも、いつの間にか落ち着きを取り戻している。
唐揚げクラーケンは、広場の端でおとなしく座り。
トンカツ豪傑は、拳を下ろし。
豚骨ラーメン巨人は、湯気を穏やかに立ち上らせていた。
チャーハン・ゴーレムは米粒を整え、ギョーザ・ドラゴンは空をゆっくり旋回している。
「……ようやく、平和になったわね」
アスカがつぶやいた。
ノエルは、ひびの入ったタブレットを見つめた。
「今回の出来事は、記録に残したいですね」
「また計算?」
「いいえ」
ノエルは、少し照れくさそうに笑った。
「忘れたくないことを、書いておきたいだけです」
アスカは、にっこり笑った。
「それなら、いいんじゃない?」
そして、二人は食堂へ戻っていった。
温かいスープ。
冷凍おにぎり。
油揚げ梅チーズピザ。
カリカリ青ウメのおにぎり。
食卓には、それぞれが好きなものが並んでいた。
「いただきます!」
みんなの声が重なる。
カリッ。
「うん、おいしい!」
そのひと言に、胃腸町の平和が戻ってきた。
**食事は、楽しくて、おいしいから、うれしい。**
それは、効率の数字にも、採点表にも、ひとつの正解にも収まりきらない。
だからこそ、みんなで分かち合えるのだ。
――しかし。
その夜、黒咲ノエルは、兄の厳にこう尋ねた。
「兄さん。明日の朝食、何を食べる予定ですか?」
「いつもどおりだが」
「よければ、私のスムージーも試してみませんか?」
厳は、しばらく弟を見つめた。
「……味見程度ならな」
ノエルの顔が、ぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
そして翌朝。
黒咲家の台所では、ミキサーの音が響き渡ることになる。
その音を聞いたアスカが、またしても頭を抱えるのは――。
もう少し先のお話である。




