新章 第2章 冷凍ドボン大作戦! 料理嫌いのアスカ、胃腸町を救う
第2章 冷凍ドボン大作戦! 料理嫌いのアスカ、胃腸町を救う
## 1 胃腸町、食事の時間が消える!?
「会議を始めます!」
腸内会長ロズマリンさんの声が、胃腸町の広場に響き渡った。
紫色の扇子を優雅に広げ、集まった住民たちを見渡す。その表情は、いつになく真剣だった。
広場の中央には、長谷川アスカ。
その隣には、タブレット端末を抱えた黒咲ノエル。
そして、広場を埋め尽くしているのは、どこか元気のない住民たちだった。
「最近、町の様子がおかしいのです」
ロズマリンさんが説明を始めた。
「皆さん、食事をするたびに時間と栄養素を計算して、食べ終わるとすぐに次の作業へ戻ってしまうのです。以前は食卓で笑い合っていた方々まで、黙々と食べるようになってしまいました」
「それの、どこが問題なんですか?」
ノエルが首をかしげた。
「食事にかかる時間が短縮されれば、そのぶん仕事やトレーニングに使える時間が増えます。栄養が取れているなら、目的は達成できているでしょう?」
「目的、ねえ……」
アスカは腕を組んだ。
「ノエル君。じゃあ、食事って、栄養を体に入れるだけの作業だと思ってる?」
「基本的には、そうですね」
「うわあ。言い切った!」
アスカは思わず頭を抱えた。
「食事に対する夢も希望もない!」
「夢や希望は、別の時間に確保すればいいのでは?」
「そういう話じゃないのよ!」
アスカのツッコミが、広場にこだました。
そのとき、広場の片隅から、小さな声が聞こえてきた。
「……お昼ごはん、食べた気がしないんだ」
見ると、ワカメのお掃除隊員が、しょんぼりとうつむいていた。
「ちゃんと栄養は取ったよ。時間も予定どおり。でもね……なんだか、つまらなかったんだ」
「わ、ワカメさん……」
メカブとヒジキも、心配そうに仲間を見つめる。
アスカはその姿を見て、ふうっと息を吐いた。
「なるほどね。ノエル君の考え方が、町じゅうに広がっちゃったわけか」
「私の考え方が合理的だからでは?」
「そこ、ドヤ顔しない!」
ロズマリンさんが、扇子をそっと閉じた。
「食事を効率よく済ませること自体が、悪いわけではありません。しかし、効率を追い求めるあまり、食べる喜びまで置き去りにしてしまったのなら……それは、考え直す必要がありそうです」
アスカは、ぽん、と自分の手を打った。
「よし。じゃあ、私が見せてあげる!」
「何をです?」
「手間をかけなくても、食事は楽しくできるってこと!」
ノエルはタブレットを構えた。
「興味深いですね。調理時間、材料費、洗い物の数を記録します」
「いいわよ。好きなだけ記録しなさい」
アスカはニヤリと笑った。
「ただし、おいしいかどうかは、最後に自分の舌で判断してね!」
## 2 料理嫌いの切り札、冷凍おにぎり!
「というわけで、今日のお昼はこれ!」
アスカがテーブルに置いたのは、冷凍庫から取り出した冷凍おにぎりだった。
「……冷凍食品ですか?」
ノエルが確認する。
「そう。私の冷凍庫には、こういうときのための備蓄があるのよ」
「自分で握って冷凍したものですか?」
「買ったものもあるし、余裕があるときに作って冷凍することもあるわ。そこは、その日の自分と相談!」
アスカは胸を張った。
「料理が好きな人は、料理を楽しめばいい。でも私は、料理をするより、食べるほうが好きなの!」
「その違いに、どれほどの意味が……」
「大ありよ!」
アスカは電子レンジの前に立った。
「冷凍おにぎりは、ちゃんと表示や説明に従って温める。ここ、大事ね。冷たいままのものを適当に放り込んで、はい完成! なんてことはしないわ」
ピッ。
電子レンジが動き始める。
その間にアスカは、カップにスープの素を入れ、お湯を注いだ。必要なものをそろえ、無理のない範囲で食卓を整えていく。
「……それだけですか?」
「それだけよ!」
「包丁も、まな板も、フライパンも使っていませんが」
「使いたくない日は使わない!」
「料理への意欲が、極めて低い……」
「料理への意欲は低くても、食欲は高いの!」
アスカは即答した。
「そして、おいしいものを食べたい気持ちは、もっと高い!」
電子レンジが鳴った。
温めたおにぎりから、ほかほかと湯気が立ち上る。
アスカはおにぎりを皿に置き、スープを添えた。豪華な料理ではない。手の込んだ献立でもない。
けれど、湯気の向こうに、ちゃんと食事の時間があった。
「はい、完成!」
アスカが手を合わせる。
「いただきます!」
おにぎりをひと口。
ほかほかのごはんと、ほどよい塩気。
続けてスープをひと口飲む。
「……はあ。おいしい」
アスカの顔が、ふにゃりと緩んだ。
「やっぱり、温かいものって、ほっとするわねえ」
その表情を、ノエルはじっと見つめていた。
「調理時間は短い。使用器具も少ない。費用も、材料の選び方次第では抑えられる……」
タブレットを操作する指が、忙しく動く。
「合理性は十分にありますね」
「でしょ?」
「ただし、満足度については……」
「まだ計算するの!?」
「数値化できるなら、したほうが比較しやすいでしょう」
アスカはおにぎりを持ったまま、ノエルを見た。
「ねえ。今、私が『おいしい』って言ったの、聞いてた?」
「聞きました」
「それで十分じゃない?」
「十分かどうかは、評価基準によります」
「うわあああ! またそれ!」
アスカは頭を抱えた。
「この人、食卓にまで評価基準を持ち込んでくる!」
ロズマリンさんは、口元に手を添えて、くすりと笑った。
「ノエルさん。数字にできるものを測るのは、大切なことです。でも、数字にしにくいものが、価値のないものだとは限りませんよ」
ノエルは、少しだけ黙った。
「……では、私も試してみます」
彼は温めたおにぎりを手に取った。
ひと口。
もぐもぐ。
そして、もうひと口。
「味は……普通においしいですね」
「でしょう?」
「しかし、これは食事を楽しんでいるというより、温かさや味による快適さを確認しているだけでは?」
「どうして素直に『おいしい』で終われないのよ!」
アスカの声が、再び広場に響いた。
## 3 冷凍ドボン戦術、発動!
そのときだった。
広場の向こうから、悲鳴が上がった。
「た、大変だーっ!」
駆け込んできたのは、胃腸町の配達係だった。
「町の食堂が、全部同じメニューになっちゃった!」
「ええっ!?」
アスカは立ち上がった。
「どこもかしこも、栄養表示と提供時間を優先して、味も見た目も似たような食事ばかりになっているんです! 住民たちは食べる気をなくして、食堂にも人が来なくなって……!」
ノエルは、タブレットを見た。
「提供時間が短く、材料の管理が簡単で、栄養設計がしやすい。合理的な判断の結果でしょう」
「でも、みんなが喜んでいないんでしょう?」
ロズマリンさんが、静かに問いかけた。
ノエルは答えなかった。
アスカはスープを飲み干し、勢いよく立ち上がった。
「だったら、食事に選択肢を取り戻せばいいのよ!」
「選択肢?」
「そう! 毎日手の込んだ料理を作れなんて言わない。食べたいものを選べること。自分がほっとするものを食べられること。それだって、大事でしょ!」
アスカは、広場に集まった住民たちを見回した。
「料理が面倒なら、冷凍食品を使ってもいい。お惣菜を買ってもいい。簡単なものを組み合わせてもいい。余裕がある日に作り置きしたっていい!」
そして、びしっと指を立てた。
「手間を省くことと、食事を省くことは違います!」
その言葉に、住民たちがざわめいた。
「手間を省くことと……食事を省くことは、違う?」
「そうよ! 自分に合った方法で、ちゃんと食べる。できれば、自分がおいしいと思えるものを選ぶ。それでいいじゃない!」
ワカメが、おそるおそる手を挙げた。
「じゃあ……今日は、いつものスープに、好きな具を足してもいいの?」
「もちろん!」
メカブも続いた。
「おにぎりに、好きな具を選んでもいい?」
「もちろん!」
ヒジキが目を輝かせた。
「食後に、好きなお茶を飲んでも?」
「それも、もちろん!」
広場に、少しずつ笑顔が戻ってきた。
そのとき、ロズマリンさんの扇子が、ぱっと開いた。
「皆さん! 自分の食卓に、好きなものをひとつ取り戻しましょう!」
「おおーっ!」
住民たちの声が、広場を揺らした。
アスカは満足そうにうなずいた。
「よし。これが、冷凍ドボン大作戦よ!」
「……作戦名の由来は?」
ノエルが尋ねる。
「冷凍庫からドボンと出して、電子レンジで温めて、食べるから!」
「命名が雑すぎませんか?」
「効率的でしょ!」
「……それは、そうですね」
ノエルが真顔で答えたので、アスカは思わず吹き出した。
「そこは認めるんだ!」
## 4 効率では測れないもの
夕方。
胃腸町の食堂には、久しぶりににぎやかな声が戻っていた。
おにぎりを選ぶ人。
温かいスープを飲む人。
いつもの食事に、小さな好物を添える人。
豪華なごちそうが並んだわけではない。
けれど、住民たちは互いに「それ、おいしそうだね」と声をかけ、笑い合っていた。
ノエルは、その光景を少し離れた場所から見ていた。
「……食事の満足度が上がったことで、住民同士の会話も増えている」
タブレットに入力しかけて、手を止める。
「しかし、会話の価値をどう数値化するか……」
「ノエル君」
アスカが、温かいお茶を差し出した。
「また計算してるの?」
「習慣ですから」
「そっか。じゃあ、計算しててもいいわよ」
ノエルは意外そうに顔を上げた。
「いいんですか?」
「そりゃあね。コスパもタイパも、便利な考え方だと思うもの。私だって、面倒なことはできるだけ減らしたいし」
アスカは自分のお茶をひと口飲んだ。
「でもね。便利にするための方法が、いつの間にか守らなきゃいけないルールになっちゃったら、苦しくなるでしょう?」
ノエルは、返事をしなかった。
「スムージーが好きなら、飲めばいい。プロテインだって、自分に合った方法で使えばいい。私はそれを否定するつもりなんてないわ」
「……では、なぜ私の考え方に反対するんです?」
「ノエル君が、自分の好きなやり方を、みんなにも正解として押しつけようとするからよ」
アスカは、まっすぐ彼を見た。
「食事って、人それぞれでしょ。時間をかけて料理するのが好きな人もいる。簡単に済ませたい人もいる。スムージーが好きな人も、おにぎりが好きな人もいる」
そして、ふっと笑った。
「その人が『おいしいな』『うれしいな』って思えるなら、それって大切なことじゃない?」
ノエルは、手元のタブレットを見下ろした。
画面には、調理時間、材料費、片づけにかかった時間が整然と並んでいる。
どれも、間違いではない。
けれど、その数字のどこにも、ワカメが久しぶりに見せた笑顔は記録されていなかった。
「……私は、間違っていたのでしょうか」
小さな声だった。
アスカは、すぐには答えなかった。
「全部が間違いだったわけじゃないと思うわ」
「全部ではない?」
「効率を考えることは悪くないもの。忙しいときに手間を省くのも、賢いやり方よ」
アスカは空になったカップをテーブルに置いた。
「でも、効率だけで、食事の価値を決めることはできない。それだけは、覚えておいてほしいかな」
ノエルは、しばらく黙っていた。
やがて彼は、タブレットの画面を閉じた。
「……今日のところは、計算をやめてみます」
「おっ。いいじゃない!」
「ただし、明日からは、より効率的に食事を楽しむ方法を検討します」
「結局、効率から離れられないんかーい!」
アスカのツッコミに、ロズマリンさんも、ワカメたちも笑い出した。
ノエルもまた、ほんの少しだけ口元を緩めた。
胃腸町に、笑い声が戻ってきた。
それは、タブレットの数字には表れない、小さな変化だった。
そしてアスカは、心の中でそっとつぶやいた。
――そうそう。食事って、こういうのでいいのよ。
手間をかけた日も。
手間を省いた日も。
おいしいと思えること。
うれしいと思えること。
その気持ちまで、効率化しなくていいのだから。




