ノエル編 11
女騎士見習いアナイスから届けられた修道院長の手紙は、その日の夜にサラの手でノエルへと手渡されました。
「ノエル。申し訳ないのですけれども、陛下から中を検めるようにとご命令を受けています。」
「えっ。」
まさか返事までもらえるとは思っていなかったノエルはつい今しがたまで目を輝かせておりましたが、サラの言葉を聞くなり、小さな驚嘆の声を漏らしました。
「まさか、送った手紙も見たんですか……!?」
「いえ、そちらについては何も聞かされていません。」
手紙が個人的なものであることはサラも承知しているのですが、王宮の、しかも内奥に関わってしまったノエルの動向は、野放しにできるものではありません。
赤獅子王の世継ぎ問題は簡単な話ではないのですし、その陛下の寵愛を一身に受けているフローディオの処遇については慎重にならざるを得ません。
とはいえ、実情と人心は相反することも多いもの。
「私、信用されてないんですね……。」
薄々感じてはいたのか、彼女はそう言って沈んだ面持ちで俯き、初めて疎外感を露わにしました。
主であるフローディオは彼女を信頼しておりましたが、それは単純に高貴な育ちの『姫君』が疑うことを知らないため。ノエルにだってちゃんとわかっていました。
サラが既に築き上げていた世話役としての信頼にもどうしたって太刀打ちできない、その事実も。
少なくとも修道院では、素直に積極的に頑張ればすぐに認めてもらうことができたのです。しかしここではそれがうまくいかない。
先輩たちがそれとなく監視の目を光らせておりますし、それとない指示のせいでフローディオと二人きりになることも滅多に叶わないのですから。
「ノエル。わかって欲しいのですが、ここは私たちの大国において、もっとも慎重が要される難しい部署です。」
サラは立場上、こういった場面に立ち会うことが多いのですが、そんな彼女からすればノエルの扱いなんて優しい方です。
少なくとも、最初に封を開けさせてもらえる。加えて、ゆっくり読むことすら許されている。恵まれています。
「勘違いしないでほしいのですが、私も陛下も決して、あなた個人を疎んでいるわけではないのです。あなたが何かすると決めつけているわけでもありません。」
「わかっています。フローディオ様が、よその国からいらしたお妃様候補だからですよね。」
そう言ってノエルは、なにやら二の句を継ごうと口を開きましたが、重々しく飲み込んでぺこりと礼をして見せます。
「ありがとうございます。一晩読ませてもらって、明日にはまた手紙をお返しします。」
「ありがとう、お願いしますね。」
この手紙を発端としてこれから始まる騒動なんて、サラはもちろん、当事者となるノエルもまた、今は何も知らないのでありました。
そしてそれは、翌朝幕を開けるのです。
朝一番はどこでも忙しいもの。サラの侍女たちも例外なく、フローディオが起きてくる前に済ませておくべき仕事をこまごま片付けているところでした。
まずはカーテンと窓を開け、空気を入れ替え、調度品の埃を落として拭き取り、花瓶に活けた花の水を取り替え、時計のねじ巻き、水差しの交換、着替えの準備、朝食の支度、などなど。挙げ始めればきりがありません。
ノエルがサラに声をかけてきたのは、そんな多忙の最中でありました。
「サラ様、少しお時間よろしいですか?」
「え? ああ、少しお待ちなさいね。」
今日は何色のドレスをお召しいただこうかなと、美的感覚をフル動員してフローディオの衣装室に籠っていたサラでしたが、要件が手紙についてだとはすぐにわかったので手早く用を済ませます。
「こちらなんですが。」
差し出されたのは昨夜の手紙。開封済みです。
「もしかして、サラ様がこの場で読まれるのでしょうか?」
おどおどと尋ねられたので、やはり個人的なものはあまり見られたくないのだろうなと思ったサラは良心的に答えました。
「ええ、同性の方がいいだろうと陛下からもご配慮いただいてますから。もちろん何かあればお伝えしますが、心配ですか?」
「いえ。むしろ、ご迷惑でなければ陛下にお読みいただいた方がいいかと思いまして……。」
意外な言葉にサラは目を丸くします。
てっきりノエルが赤獅子王を恐れて言っているものと考えていたのですが。
「もちろんサラ様に見ていただいても構いません。」
「わかりました。確認しますわね。」
内容はたしかに、サラ一人にどうこうできるものではありませんでした。
困窮した様子で言葉を待つノエルが可哀想になるくらいです。
「……そうですね、陛下にお見せしてきます。」
「ありがとうございます。」
手紙の内容は突飛で物騒なものでした。
「富豪との縁談を断るようであれば、事業に失敗した分の穴埋めのためにお前が大金を支払え」などと言い出したノエルの兄が、王都外れの修道院に手下を送って再三迷惑をかけているという連絡。
書面にはノエルの身を案ずる院長の気持ちが綴られておりましたので、無理を承知でアナイスに手紙を託したのも頷けます。
しかしその報せは、陛下とサラにはラッキーなお話です。
実際に不逞な輩が教会へ目に余る迷惑をかけているというのなら、偶然を装い憲兵を向かわせ捕らえてしまえばいいのです。
そこから関係を探って、領主をしているノエルの兄を親玉として拘束してしまえば、ノエルは次期女領主の身となり故郷へすぐ舞い戻ることになるでしょう。あとは領主の補佐として目付け役でも送り込めば完璧です。
極めて自然な形で円満に、フローディオのそばから引き離せます。
「こちらのドレスはフローディオ様のお部屋に届けておいてくださいね。」
「わかりました!」
陛下の元へ急ぐべく、サラは言いつけを残してその場を後にしました。返ってきたのは良いお返事でありましたが……、残されたノエルは受け取ったドレスや宝石を全て元どおりに仕舞いました。
それから部屋に戻り、朝の日課をこなしていたサラの侍女たちへと何食わぬ顔で声をかけます。
「すみません。サラ様から伝言です。今日は天気がいいので外でお食事にしてはどうかと言われまして……。」
「あら、サラ様が?」
「それなら準備しないと……。」
これはたまにある話だったので、侍女たちはノエルの言葉をすっかり鵜呑みにしてしまいました。外の陽気が良かったのもあり一切疑われませんでした。
外で食事となれば、庭園に備えられたテーブルや椅子の夜露と汚れを拭うところから始まるわけですから、いつも以上に大仕事です。
フローディオが起きてくる時間までは余裕がありましたし、居間の掃除なんかも終わりかけですし、それならみんなでやろうと全員表へ向かいます。
彼女たちは、衣装選びに出て行ったサラがすぐに戻ってくると思っているのです。部屋の主人に何かあればサラがすぐ気付くでしょうし、ほんの数分ならこの場を空けても大丈夫だろうと、すっかり油断しておりました。
「私は庭用の箒を持ってから向かいます。」
「お願いしますね、ノエル。」
その場の全員で廊下へ出て、途中で別れたノエルは箒を取りには行かず物陰に隠れました。
先輩侍女たちが見えないところまで行ってしまったのをそっと確認して、それから一度自室に戻り、急ぎ足で客間へ引き返します。
パタン。
音を立てて扉が閉まれば、客間はノエルとフローディオの二人きりです。
「フローディオ様。フローディオ様。」
支度しておいたものを抱えて寝室の扉を数度叩き、返事がないのにしばらくやきもき。ついにしびれを切らした彼女は、そっと中へと入り込みました。
「フローディオ様、起きてください。」
「ん……、うう、あれ? ノエル……?」
ノエルが無断で寝室に入ってくるのは、これが初めてのことでした。いつもなら起こしに来るのはサラです。ノエルが寝室に入ることについても一度はサラに止められておりましたから、フローディオの寝惚けた頭でも不思議に思うくらいはできたのです。
かといってノエルが悪いことをするとも考えられないのが、このポンコツ王子であります。
「フローディオ様、城下へ行きませんか?」
「どういうこと……?」
目をこすりながら起き上がったお妃候補に対し、ノエルはとんでもないことを言い出しました。
「見たがっていた朝の市場、一緒に見に行きましょう?」




