ノエル編 9
ノエルを連れてお忍びに出たフローディオの目的は、次の日の朝一に明らかになりました
「サラ、これプレゼント!」
「わ、私にでございますか!?」
実は彼が探していたのは、陛下への贈り物でもノエルの生活品でもなく、サラへのサプライズプレゼントだったのでした。
「いつもお世話になってるから、何かしてあげたかったんだけど……。でも僕のすることって、サラにだけは筒抜けでしょう? だからノエルに手伝ってもらったんだ。」
にこやかに説明したフローディオの隣で、ノエルも口を揃えておりました。
「私もサラ様のおかげで修道院にも手紙が出せましたし、これからもお世話になるので……!」
「一緒に探してくれたんだよね。」
「ふふ。あまりお役に立てませんでしたが。」
「そんなことないよ!」
恐縮しているノエルの頬を染めた表情がサラには少し不穏に思えましたが、この件は一度おいておきましょう。お忍びの買い物がまさか自分のためのものだとは思ってもみなかった彼女は、目を丸くしたままでひとまず包みを開きます。丁寧なラッピングだったのでちょっと手間がかかりました。
その間フローディオは、本当は他の侍女たちにも何か渡したかったらしく、王都は初めてだったからうまく品定めができなかったのだと、申し訳なさげに告げておりました。
侍女たちは皆「滅相もない」と首を振りましたが、ノエルが来たのをきっかけにフローディオなりに思うところがあったようです。
ここに来て二ヶ月以上経つのに彼女たちのことを何も知らないと気が付いたのが、一番大きかったのかもしれませんね。
「こっ、これは……ッ!!」
包みを開いたサラの感極まった声に、一同はパッと顔を輝かせます。
サプライズ大成功とあれば、居合わせた人間は誰だって笑顔になろうというものです。
しかしその喜ばしい明るい空気は、ほんの一瞬のことでした。
「幻の……、戦勝記念『ししりん』マスコット……ッ!!」
惜しみなくマイナスオーラを醸し出すマスコットのキーホルダー片手に、病んだ寄り目になって尋常ならざる熱のこもった声を張り上げるサラ。侍女たちは揃ってハッと恐怖の色を浮かべておりました。
先輩一同の様子が変わったのを見て、ノエルもぎくっと身を固くします。
「よ、よ、よ、よろしいのですかッ、ここここんな貴重なものを……ッ!!」
なにも知らずに嬉しそうにしているのは、破顔して手を叩いたフローディオだけです。
「喜んでくれてよかった! 偶然見つけたんだ。サラはこれ好きだったなって思い出して」
照れ照れしながら説明する呑気なフローディオ。ぶわっ!! と風圧を顔面に受けた時にはもう、鼻頭がくっつきそうなくらいの距離にサラの据わった目がございました。
「よろしいのですかッ!?」
「ひうっ!?」
いくらサラが綺麗だろうと、いえむしろ美人だからこそなおのこと、箍が外れて狂気に陥り声を荒げる姿は異様さを極め、見た者全てに恐怖を呼び起こさせるのです。
「本当に良いのですかッ!?」
「やめてサラ、ちょ、」
「これは黎明期イベント会場で子供たちにしか配られなかった貴重な品なんですよッ!? ご理解いただけてますかッ!?」
「いやぁああああッ!!」
「サラ様おやめくださいっ!!」
「誰か陛下を呼んでェッ! 急いでェーッッッ!!」
こうなったらもう陛下にしか止められません。朝食の最中だった赤獅子王がフォークとナイフを投げ捨てて未来の妻殿のために急ぎ駆け付ける事態とあいなりました。
もちろんフローディオ自身はししりんにはこれっぽっちも興味はないのですが、人の好みに口を挟む無粋さだってかけらも持ち合わせておりませんでしたから、すべては優しさから生まれた悲劇でありました……。
「妻殿よ……。中毒患者に鴉片を与えるような真似はいただけぬぞ。」
「ごめんなさい。」
「それで……、よよよ、余には何かないのであろうか……っ!?」
「陛下に相応しいものなど城下では見つけられませんでしたっ!!」
ぐずって寝室に引き籠もったフローディオには陛下からやんわり甘めのお小言が、サラには再度の自宅謹慎が言い渡されるのでありました。
そして彼女が復帰したのは、三日後。
(――ヤバい。)
平静を取り戻した彼女が職場復帰した時には、既に事態はよろしくない方向へとずんずん突き進んでおりました。
「フローディオ様、クッキーを焼いてみました。」
初対面の時とは打って変わってすっかりしおらしい態度になってしまったノエルが、フローディオのためにハート型のクッキーを夜なべして焼いてくるなんて光景が待っていましたから。
「わ、美味しい。」
「本当ですか!? 良かったぁっ!!」
手を叩いてピカピカの笑顔で喜びはしゃぐノエルと、深い意味を理解できないままニコニコ褒めてしまうフローディオ。
サラが不在の三日間のうちに、フローディオの趣味の乗馬もお供役がノエルになっておりました。
彼女には厩の掃除から馬の世話まで心得があったので、フローディオは単に心強く思ったのでしょう。サラでも自分の手を汚すほど馬の相手をしたことはありませんから、ノエルにお役御免を言い渡すことは難しくなってしまいました。
図書室からはすっかり足が遠のいてしまったようで、本を開く時間が減った分だけ二人は盛んにお喋りをしておりました。フローディオなんて王宮に来たばかりの頃はあんなに静かでしたのに。
極め付けは、修道院で学んだというノエルの持つ特殊な技術でした。
薬草園から実験用の小型蒸留機を借りてきた彼女は、主の部屋に夜毎咲く月下美人の花を朝一で集め、微量ながらなんと香油を作り出したのです。
一年に一度しか咲かない花の香油! ――それがどれだけ価値がある奇跡の代物かは、もはや語るまでもありません。
市場に出したところで、そんなものが存在するということ自体、普通の商人ならとても信じられないでしょう。眉唾ものを掴まされてたまるかと、耳すら貸さないかもしれないくらいです。
その香油の実に芳しいこと。サラもたまに陛下へ香りのお裾分けがてらに月下美人の花を差し入れしておりましたが、比べ物にならない別次元の芳香でした。金と香辛料以上の価値を疑わせません。
「こんなことまでできるの……!?」
「故郷の修道院では薬の精製もしていたので……。」
「ノエルはすごいんだねぇ。」
関心したフローディオがますますノエルにべったりになっていくのを、サラには止められません。
新たな主が不思議な力を有していることに明らかに気付いていながら、ノエルは何も言及しようとしませんでした。その点については幸いでありましたが……。
(ヤバい、ヤバすぎます……。)
大事な時期に休んでしまった自分に、サラは深く後悔を覚えるのでした。




