ノエル編 8
お忍びで城下へ赴いたフローディオと、案内役を買って出たノエル。
二人の追跡といういつも以上にハードな仕事に直面したサラは変装の姿のまま拳を握りしめ、心に誓うのはひとつだけ。
(陛下には何か褒美か手当をいただかねばなりませんわね。もぎ取ってでも!)
付き合いが長いだけあり、理不尽に息巻いた彼女の矛先は迷わず陛下へ一直線です。
キスしてしまえば一日寝室から出れないだろう、なぁんて不憫なことを言い出すから同情してみればコレなのですから、なおのことふつふつと八つ当たりの憤りが込み上げてまいりました。
見せつけてくれちゃって! というやつです。
(それにしても、修道院住まいだったノエルに城下の案内なんてできるのかしら……。)
修道女が院を出る用事なんてそうそうないのでは? そんなふうにサラは思っておりましたが、最初にクレープで腹ごしらえを済ませたあと、二人が向かったのは教会でした。
修道女のメインの仕事はお祈りですから、院が王都の郊外にあってもここへ通う用はあったということかもしれません。
ただし一般人として入るなら、許されるのは聖堂まで。
中に入れば変装用の帽子を取らねばならなくなりますから、付いていくのは危険と判断したサラは教会敷地内のベンチで待つことにいたします。聖堂を見てお祈りするだけなら、そんなに時間もかからないでしょう。
案の定、人の群れに混じった二人は普通に入って普通に出てきたので、特に問題はなかったようです。
「すごかったねぇ。」
「私も初めて来た時は驚きました! 王都でここ以上に見応えのある場所はありませんよー!」
会話の様子を見るに、やはりフローディオはノエルを友達か何かと勘違いしていました。
「こちらが初代国王の若い頃の像です。」
「ふうん。」
「実はレプリカみたいですけどね、本物は古くなりすぎて室内保管されてるので。」
「そうなんだ。」
「あちらは現王都を築いた三十二世の像です。こちらはその戴冠式の様子を描いたレリーフですね。」
どの国でも寺社の類といえば大抵は王家のツキモノの祖を祀っておりますから、自然と王室関係の美術品も増えるのです。
獅子王の血脈の祖たる聖霊が残したという聖火が絶えず燃えている教会の中では、もっと神代の昔を思わせる趣の像や絵画が並んでいます。対して表の庭は王室の歴史関係のものが多いです。
「……みんな陛下と全然似てないよね。」
「ぷっ。そうですね! 陛下ほど強面の方は歴代にいらっしゃったかどうか……。」
敷地内に並ぶ美術品の説明を丁寧にしてくれるあたり、ノエルはきちんと案内役を果たしていました。サラが思っていたよりずっと良い案配です。
(ノエルにこんな特技があったなんて。勝手に心配しすぎたかしら……?)
変装までして尾行中である負い目もあり、サラが若干の後悔を覚え始めたころ、二人が次に向かったのは大通りでした。
人が多いため今にも二人を見失ってしまいそうで、サラは後を追うのに必死です。
賢明といえば賢明なのですが、手を繋いで歩くフローディオとノエルを見ていると、サラはちょっと複雑な気持ちになります。少なくとも陛下にはお見せできない感じでした。
着ているもののおかげで娘二人がお出かけしているようにしか見えませんが、これでフローディオがちゃんと男性らしい服を着ていたら、まず間違いなくカップルだと周りは誤解してしまうでしょう……。
だってあんなにきゃっきゃうふふしてますから。
(そういえば昔の後宮にもありましたわねぇ。女同士で……みたいなハナシ。)
先王が気に入った女性を次から次へと片っ端から囲い込んでいた時期、後宮に入れるだけ入れてほったらかしにされていた若い娘たちの間では、たまぁに密かな恋が生まれていたりもしておりました。心の支えが欲しかったのもあったのでしょう。
サラが知る限りでも、自由の身になって以降もそのまま二人で暮らしている者たちが少なからず実在しております。
若い頃から意中の男性がいたサラにはよくわからない話でありましたが、逆に女性から告白されたことなら何度か経験がありました。
心に決めた良人がおりますので、と丁重にお断り申し上げた、ちょっと甘酸っぱ苦い思い出。
(男子禁制って、そういうのが生まれやすいんですよね……。そういえば兵や騎士の間でもどうのこうのって噂は絶えませんし。)
それを踏まえてみると、はて。
――女子修道院ってどうなんでしょう???
(……ハッ!!)
この想像はさすがに野暮だし罰当たり……。
サラは頭を振って邪念を追い出しつつ、改めてしっかりと追尾の足を進めます。
露天商を眺めたり冷やかしたりしながら、二人が入っていったのは雑貨屋でございました。一般向けですが、そこそこおしゃれなお店です。
しばらくも待っていると浮かない顔で二人が出てまいりました。
サラの目には、どうもお目当てのものが見つからなかったようにも映ります。
(欲しいものがあるのかしら? 言ってくだされば私が用意しますのに……。)
直接見たいのかもしれませんが、それならそう言ってくれれば商人を呼べば済む話。サラの記憶では、そのあたりについても以前に説明したはずでしたが。
二、三言葉を交わしてから、二人はまた大通りを進んでいきます。
次は宝飾店に入っていきました。
(???)
フローディオは宝石にこだわるようなタイプではありません。ドレスに合わせてサラが用意すれば普通に身に付けるし、なければないで気にしない、完全なる無頓着です。
唯一別格なのは、左手薬指にはめている陛下から贈られた指輪くらいでしょう。
(あ! まさか陛下にお返しの品を、とかかしら?)
昨夜の寝室での会話といい、照らし合わせてみると一番可能性が高いように感じられます。
サラは逐一あれこれ陛下に報告してしまうので、秘密の作戦には入れてもらえなかったのではないでしょうか。
しかしながら、だとすればフローディオの苦労は報われません。
王都の店先に並ぶ品は全て、普通に暮らしている民の手に届く価値のものばかりです。金庫に仕舞っている上等品を出してもらうには、それなりの額の手数料を前もって支払うか、身分を明かすかしなければなりません。
フローディオはものの価値はきちんとわかっているはずですから、満足のいく品なんていくつ店を梯子しても絶対に手に入らないでしょう。ノエルも田舎住まいだったようですから、そこまでは知らなかったのかもしれせん。
(あああ、どうしましょう。だとしたら一言お伝えしてあげたいけれども、まさか私が後をつけていたとバレるわけにも……!)
見るからに変装してますから、直接二人の前に出て行けば怪しまれるのは必定。それは困る……!
(あー、やっぱり……!!)
案の定、二人は浮かない表情で店を出てきました。
(フローディオ様……おいたわしい……。)
実はサラも陛下を笑えないくらい過保護なわけですが、密かに涙ぐむ彼女はそれに一切気が付いておりませんでした。
(お帰りになったら、それとなく話してみましょう……。)
この場ではてっきり陛下へのプレゼント探しなものと思い込んだサラでしたが、予想外なことに、次にフローディオとノエルが向かったのは女性向きの仕立て屋でした。
(……!?)
考えてみれば、陛下へのプレゼント探しならば最初の雑貨店もおかしいわけで、サラは自分の早合点を悟ります。
しかし、女性用? いったいどういうことでしょう。
(これは……恋を自覚したあまり、オシャレに興味が湧いた……、とか???)
店内に入っていった二人を見送って、道端の隅に身を寄せたサラは悩みます。だってそれこそ自分に相談してくれれば済む話ではありませんか。
流行の確認、というわけでもないでしょう。乗馬服を仕立てた時には最新カタログより絵画の騎手の姿へ目を向けておりましたし。
(ノエルの服という可能性も? ですがそれなら本人から給金の前借りとか交渉がありそうなものですが……。フローディオ様が世話を焼きたがってる? ありえそうですが、そうすると今度は宝飾店の辻褄が合わなくなってしまう……。)
そしてドアベルの音と共に手ぶらで出てきたのは、やっぱり浮かない顔が二つでした。
次に二人が困り顔で入っていったのは向かいの古物商。様子を窺う限りだと、ふらっと駄目元で足を運んで見えます。
(ますますわからない……あら?)
なんと、二人ともすぐに戻ってきました。
それも満面の笑みで楽しげに!!
(……納得のいくものが買えたならば、それで良いのですが……。)
小さな包みを大事そうに持ったフローディオは、またノエルと手を繋いで大通りを歩き出しました。
なにやら興奮していたため、二人とも歩みがふらふらしております。
危なっかしいな、とサラが思ったその矢先。
「どいたどいたァッ!!」
ガラガラガラッ!! 石畳を打ち鳴らしながら急ぎの馬車が飛び出してきました。
「きゃっ!」
「ひゃうわッ!?」
なんだかんだいってもフローディオも一応は王子。
驚きのあまり顔には臆病が満遍なく現れて今にも泣きそうでしたが、妙な叫びを上げながらも咄嗟にノエルを庇っておりました。
よりによって抱きしめる恰好で。
(あ、やばい。)
息を呑んで見守っていたサラは、見てしまいました。
フローディオの腕の中、今まさに恋に落ちたような表情で頬を染めた、ノエルの姿を。




