ノエル編 7
和やかな空気漂う王都の中央広場。
その一角でベンチに腰掛け、フローディオとノエルはクレープをかじっておりました。
「美味しいー!」
満面の笑みで頬を綻ばせての第一声。
(陛下のパティシエ団が見たらきっと泣いてしまうのでしょうねぇ……。)
物陰から二人の様子を窺いつつ、こっそり後をつけているサラは遠い目でありました。
何しろ城下へのお忍びを言い出したフローディオは「二人で行ってくるからサラもたまにはゆっくりしててね!」の一点張りでして、同行という選択肢ははなから与えられていなかったのです。
お茶の席で陛下に直接言ってくれと、サラはその場では返答を控えました。
ノエルを外に出すには不安がある、というのももちろんですが、それ以上に世間知らずの箱入りポンコツ王子を野放しにするということにも恐怖しかありません。
見目がこれでは人攫いに合うのでは?
ふらふら歩いているうちに難癖つけられてゴロツキにたかられるのでは?
それ以前に、無事に帰ってこれるのかしら……?
不安しかない話ですから、当然陛下がお止めになるだろう、とサラはタカをくくっていたのです。しかしフローディオとてただの馬鹿ではありません。
「国では城下はよく出歩いてましたし……。」
「しかしだな!」
「たまにはサラにもお休みが必要だと思うのです。」
「そうではなくてだな……!」
「私も陛下の国をもっとよく見てみたいのです……!」
「ぐぬぬ……。」
明日にもすぐにもと繰り返される熱烈なおねだりに負けたのは、なんと陛下のほうでした。
「……許す。」
「やったー!!」
(えええええ。)
言葉に詰まりながらも、本音ではなんとかして穏便にやめさせたいと願った赤獅子王。あっさり過保護を跳ね飛ばされてしまい……、とはいえただで許すわけではありませんでした。
「しかし、我儘を聞く以上は余にも見返りがあって然るべきではないか? 妻殿よ。」
「……!?」
逆に脅迫してきたと思ったら、「傍へ。」と指先でフローディオを招き寄せ、隣に立たせて目をつむらせ、それから陛下は人目を憚ることなく、――ちゅっ!
「ひうっ!?」
ぼっ!! と白い肌がくまなく赤く染まった瞬間、もっ!! と庭園の薔薇の花も一気に増えました。
「ひゃ……ひゃあああああぁぁぁぁっ!!」
間の抜けた叫び声を上げながら一目散に逃げ出したフローディオに、残された一同は揃ってぽかん。
陛下だけが悠々と紅茶を楽しむばかりです。
「……陛下、本気で今のでお許しになるのですか?」
「サラよ。よく考えるがいい。」
「はい?」
やたら甘酸っぱいものを見せつけられたサラは陛下の正気を疑うばかりでしたが、実際にはちゃんと考えあってのことなのです。
「前回のことを思い出してみよ。」
赤獅子王とフローディオが人前で未来の妻にキスをしたのは、奇しくもこれが二回目。
一回目は出会った日のことで、ラリラリ恋愛脳のまま突っ走った陛下が暴走して強引な接吻に至った結果、フローディオは目を回して泡を吹いたのでありました。
「以前よりは好意的に見られておるとはいえ、これで妻殿は明日一日、寝室からは出れぬだろう。」
「それ、すっごく悲しくありません?」
「このままただの保護者になるより良い。」
赤獅子王は甘苦そうに口許を引きつらせておりました。世界征服が思ったより上手くいかないみたいな、悪巧みの表情でありました。
かといって陛下の企てがうまくいったかと言えば、そうでもなく。
「フローディオ様、入りますよ。」
やはり寝室に引きこもっていたフローディオへ夕食を運んできたサラでしたが、その時ちょっと驚くべき質問をされてしまうのであります。
「サラ……、」
「なんですか?」
改まって名前を呼ばれて振り向けば。
「僕は……、陛下が『好き』なんだろうか……。」
「!?」
ワゴンの食事を窓際のテーブルへ並べていたサラは、その言葉を聞いた瞬間ギョッとして振り返りました。
(まあまあまあまあ……!)
恥ずかしがるかと思って敢えて見ないようにしておりましたものの、枕を抱いたまま布団を被っているフローディオは、様子だけならどう見ても……恋する幼い少女。
告げられた『好き』の意味は、きっとお察しの通りでありましょう。子供の『好き』ではなく、もっと大人っぽいほうの『好き』です。
「お好きなのだと思いますよ。」
にこにこして答えると、尋ねた本人は「うわうわうわ」と慌てて布団の中に顔を引っ込めてしまいました。
とっくに結婚しているサラからすれば、まったく可愛らしいものです。
「ですが、好意と恋心と愛情は、また別物ですからね。」
「そ、そうなの?」
おずおず顔を出す様子を見るに、フローディオは陛下のことを親代わりではなく、ちゃんと恋愛対象として考えているのでしょう。
ただしなにぶん、苗床の心がまだ幼い。
花をつけて実るまで、その萌芽はまだまだ慈しんで待ってやる必要がありそうです。
「そのうちいつか、キスされて引き籠もるのでなく、別のことがしたいと思えるようになれば、それは大人の恋かもしれませんわね。」
音も僅かに皿をナイトテーブルへ並べながら、サラが口にするのは先人としての助言でありました。
フローディオはきちんと耳を傾けてはいたのですが、どうにも気恥ずかしさが勝ってしまうのか「ふうん。ふうん。」と気のない返事を熱心に繰り返すばかりです。
「さ、お食事ですよ。」
再び振り返る彼女にびくっとして改めて布団に潜り込むと、恋愛初心者はシーツ越しにもごもご訴えます。
「あのね、……も、もうちょっとしたらちゃんと食べるね。」
「ええ、わかりました。」
そんなわけでして。
陛下のキスはもはや抑止力には不十分。
朝一で出かけるはずだったのが昼過ぎになった程度の効力しか発揮してくれません。
結果としてサラはやむなく、変装用のかつらに眼鏡に帽子を装備のうえで、フローディオとノエルのお忍びを監視する羽目になったのでありました……。




