ノエル編 6
遠乗りから帰ったその日のうちに、ノエルは後宮に使用人部屋を与えられました。なにぶん広い建物ですから部屋は有り余っておりますし、普段から掃除も行き届いておりましたから、特に日当たりのいいこじんまりとした個室がすぐ決まりました。
それからすぐにサラの従えている侍女たちの手で風呂に拉致られ、一週間分の汚れを落とされピカピカになるまで磨き上げられ、滋養のある食事をたっぷり用意され温かなベッドでぐっすり眠って、……翌朝には見違えるほど綺麗な姿でフローディオの前に現れました。
「サラみたいに好きな服着てもらえばいいんじゃないの……?」
ノエルが王宮支給のメイド服を着せられていたのでフローディオは不思議そうに尋ねますが、「持ってません!」とノエルはぎょっとして即答します。
「僕の着てもいいじゃない。」
「フローディオ様。私の侍女たちも使用人服着用ですが、皆ノエルと同じく貴族子女なのですよ。」
「え!?」
毎日お世話になっておきながらそんなことさえ知らなかったもので、隅に並んで控えていた三人の侍女たちは生温かい笑みを浮かべておりました。
ぶっちゃけ、勤続年数でも年功序列でもそうですが、血筋で言ってもノエルはまごうことなき下っ端。お妃候補とか公爵夫人とかと生活するというのがそもそも異常なくらいです。
同じく貴族子女が集まる修道院生活で本人もそれはわかっていたので、ノエルは苦笑気味であります。
「みんな好きな服着ていいんだよ……!?」
「私は特例をいただいているので別ですが、彼女たちのメイド服は、城にいくつもある制服の中でも王室にお仕えするに相応しい特に上等なものなのです。」
「そうなの?」
彼の生まれ故郷である花の王国の城では、大臣や騎士といった役職はもちろん、炊事掃除洗濯なんかの下働きに至るまで、そういう仕事を生業とする家があって、その上ほぼ世襲制でした。なので新顔が入ってきても「誰々の息子です」「誰々の娘です」という紹介でだいたい伝わります。
「このメイド服に憧れて宮仕えを望む者も少なくないのですよ。」
「へ、へー……。」
制服に憧れて仕事に来ました、なんて話ももちろん聞いたことがなく、辺境王子にはちょっとびっくりでした。
「それにそこはちゃんとしないと、フローディオ様はお友達が来たと勘違いしてしまいそうなので。」
サラの指摘は正しいでしょう。実際、フローディオは召し抱えたノエルのことを話し相手程度にしか考えておりませんでした。そっと視線を逸らされれば丸わかりです。
「体調も問題なさそうですし、仕事は早く覚えた方がいいでしょう。今日から少しずつ慣れてもらいます。大丈夫ですね、ノエル。」
「は、はい!」
最初の返事は上擦っておりましたが、彼女は実際よく働きました。
与えられた主な仕事はフローディオの生活範囲の掃除でしたが、誰より力強く廊下をモップで拭き、誰よりも美しく食器を磨き、誰よりもしっかり白くなるまで洗濯をしました。
ただし最後の洗濯に関しては、ごしごししすぎてネグリジェを一着駄目にしてしまいました。最高級の繊細な服なんて洗ったことありませんでしたから。
初日は早めに上げてもらい、サラの配慮で手紙を書く機会が与えられました。飛び出してしまった修道院に宛てるものです。
翌朝にはそれがサラに預けられ、それから次に赤獅子陛下の手に渡ります。
滅多なことはないでしょうが、念のため信頼できる騎士に手紙を持たせて修道院の様子を確認させる予定です。やんわりとした視察の口実にさせてもらうわけですが、この程度なら摩擦も生まれないでしょう。
「あの娘はどうだ。」
「よく働いておりますよ。」
少し元気が良すぎるきらいはあるかな? とサラは思わなくもないですが、まだ二日目ですし緊張しているのでしょう。大股で風を切って走ってしまうのも、洗濯物でも割れ物でも目一杯に持って運ぼうとしてしまうのも、後宮務めとしては若干目に余る行為でしたが、今はまだ言わないでおきます。
陛下からすればサラの答えはそうであるべき当然のものです。勤勉でない者など己の居城に置いてやる気がない。まして想い人のそばだなんて。
「しかし、よろしかったのですか……?」
フローディオはなーんにも考えていないのでしょうが、今回の新たな侍女、二人にとってはだいぶ厄介です。
「フローディオ様が実は『姫』ではないとバレてしまうのも、時間の問題かと思いますが……。」
「……。」
机に肘を突いたまま手を組んで、黙した口を隠してしまう陛下。
そんなこと、ちゃんとわかっております。
「陛下?」
「……。」
「陛下?」
「……。」
「へい」
「他にどうすれば良かったというのだッ!?」
「きゃッ!?」
バン!! 机を手のひらで叩きながら唐突に大声を出されると、サラとて驚いてしまいます。
「余は……余は……ッ、ああいうねだられ方が好きである……ッ!!」
(だめだこりゃ。)
後ずさって身を竦ませていたサラは心底呆れました。
フローディオの身体に障ることとなれば、たとい嫌われることになろうとも強硬に制止できたお人が、今では現を抜かしてこれですよ。虐殺が楽しくてやめられなくてどうしよう! みたいな史上最悪の中毒を拗らせた悪魔の如きお顔で。
「……着替えや湯浴みには近付けない方針ではおりますが、フローディオ様は上下関係とかあまり気にされないタイプですから……。」
今まではサラが信頼できると判断した口の硬い侍女たちで少数精鋭にしていたというのに、これでは先が思いやられます。
「既にお部屋では素のまま『僕』って連発されてますし……、ノエルも口にせずとも時折不思議そうな顔をしておりますよ。」
「ぐぬぬ……余の先を越すとは侮れぬ……!!」
愛しのフローディオともっと素の会話を楽しみたいよう! と日頃から願ってやまない陛下には殊更悔しい話。爪を噛んで耐え忍びます。しかし問題はそこではなく。
一番困るのは、「実は陛下は男色家で世継ぎを残す気がない」みたいな噂が立ってしまうことでしょうか。
畏怖と畏敬を集めながらも、赤獅子王の国内評判は『怒らせなければ良い君主』。
かつて戴冠直後真っ先に行った悪しき初夜権の撤廃は、畑の耕し方しか知らないような民にまで絶大なインパクトを与えて良い王様のイメージを叩き込みました。
反面、世継ぎ候補がもう五、六人はいてもいいよね、という時期になっても妃すらいないのが心配の種。
早い話が「娘っ子を見るたび手を出してくる王様よりはよほど良いけど、良い王様ほど子は残してもらわないと困る」が下々の率直な感想です。船頭がいなければお隣の帝国にとって喰われる恐怖がありますし、由緒正しい血筋の陛下には子をもうけてもらわねばまずいのです。
「極力後宮からも出さないようにするつもりですが、フローディオ様、また乗馬しようかなって気になっちゃってますし。先日仕立てられた服なんて寝室に飾られてるくらいですし。」
「妻殿……愛らしい……。」
だから問題はそこではないのですが。
サラから冷たい視線を送られて、陛下も我に返ります。だって可愛くてしようがないのです。
「ンンッ。そなたはどうするべきと考えるか。」
一番現状を把握している彼女の意見は参考になりますから、咳払いをしてから陛下は尋ねます。
「難しいですわね……。フローディオ様に注意するよう促しても、逆に失敗して全部バレちゃいそうですし。」
「否定せぬ。」
せっかくここでの生活に慣れてくれたところですし、余計な悩みを作らせるのもどうかと思えます。
もちろん「ノエルにはよそ行きの顔をしろ」と言えば素直に努めてはくれるでしょうが、ポンコツ王子は臨機応変がとにかく苦手でした。プライベートな空間を奪うのも可哀想。
優先順位で言えば、フローディオに赤獅子王との婚姻を前向きに考えてもらうことが現在の最重要優先事項です。一年しかない準備期間中は面倒ごとに近付けさせたくありません。
「信頼できると判断できれば、変に勘繰られるより前に全て話したほうが良いのかもしれません。でもそこについて決めるのだって、まだまだ時期尚早ですものね。」
サラの手下の侍女たちは、彼女からすれば信頼できる部下というより、先王時代に共に血を流し涙を飲んだ戦友でありました。
事情を知っている他の誰もが似たようなものです。普段は意見が割れてばかりの大臣たちすらです。
だから新顔のノエルがあっという間に同等の信頼を得るというのは難しいでしょう。いつになるやら、といったところ。
「切り離すなら急ぐべきですが、フローディオ様が嫌がるでしょうし……、それなら外部と言葉を交わすことがないよう、仕事を与えて、後宮に封じ込めるより他にないと考えます。」
「仕方がなかろうな……。」
そんな会話をした直後であったため、後宮に戻ったサラは迎えてくれたフローディオの言葉に眩暈を覚えました。
「サラ、僕は城下に行きたい!」
「ハイ?」
「ノエルが案内してくれるんだって!」
「ハイ?」
なにやら面倒くさいことになりそうです。




