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ノエル編 5

「陛下、まさか彼女を家に帰すのですか……?」

 森の中で出会った行き倒れの元修道女、ノエルの話を聞いて、すっかり同情してしまったフローディオ。

 会話の流れからすればまさか、とばかりに彼は恐る恐る口を開きましたが、腕を組んだ陛下の答えは無情でした。

「それしかなかろうな。」

 俯きがちになって首を横に振りながら白い指先で赤獅子王のマントを掴むと、嘘ですよね? とでも言わんばかりに上目に視線を寄越してきます。

「……そなたが道理をわからぬとは思わぬが。」

 皆まで言って悲しませるのも気が引けるため、陛下は迂遠に物を言って窘めます。

 サラも憐れむような様子で肩を落としておりましたが、それでもフローディオは珍しく食い下がりました。

「レオン様はこの大国が頂く国王、偉大なる赤獅子陛下でございます。」

 急にスラスラと語り出した姫君に、ノエルが思わず目を瞠ります。

 妻殿、と陛下が呼んでいたからには、このお姫様はお妃候補なのだろう――と、そこまでは察しがついていましたが、さっきまでおろおろと幼い素振りで話を聞いていたフローディオでしたから、よそ行きスイッチが入った大人びた態度には面食らうのも無理はありません。

「獅子の大国の法は、陛下の下で、民の秩序と平等を守るためにある。民が享受する自由も思想も平和も、全ては陛下のものです。」

「そなたどこでそんなことを覚えてきた……?」

 一言一句までとはいきませんでしたが、それは法の大前提とされている『王政の三箇条』の一部とほぼほぼ同じ文言でした。

 そんな教師をつけた覚えなんて陛下にはありませんし、サラも勝手にそんなことを教えるはずがありません。

 タネを明かせば至極単純な話です。

「王宮の図書室のレリーフに飾られておりました。毎日のように見ていれば覚えます。」

(妻殿が賢い……ッ!!)

 しれっと告げる未来の妻の言葉に陛下は、人間風情に何ができると余裕をぶっこいていた魔王が伝説の聖剣とか見せつけられた瞬間かのような驚愕ぶりを晒してございました。

(怖い……ッ!!)

 普段ならそう思って身を硬くするのはフローディオの役だったのですが、今は彼は陛下の隣に座っておりますし、正面にいたノエルが代役を務めます。

「国王は平等と秩序の枠の更に上におわしますから、陛下の一存があればノエルは助かるでしょう。」

「いや、しかしだな……。」

 理屈ではその通りです。しかしそれは非常時にのみ抜くべき伝家の宝刀でもあります。

 これでもしノエルが絶世の美少女とかなんとかで陛下が見初めたというならギリギリ話は別ですが、よくある不幸の一つへの介入は後々面倒しか呼びません。簡単ではないのです。

「でしたら、私の侍女として彼女をください。いつもサラにばかりあれこれお願いしてしまって、心苦しく思っておりました。」

 渋る陛下に、フローディオはまた意外なことを言い出しました。国王の慈悲ではなく取り立ての形ならどうかと、ちょっと趣向を変えてみます。

「私のことならばお気になさらず……、」

「何言ってるの!? この前も昼間に急に帰って二日戻って来なかったでしょ、心配したんだよ!?」

 口を挟んだサラにフローディオはすかさず噛み付きました。

 あれは実際には、封印されし病みゆるキャラ『ししりん』に熱狂するあまり心のバランスを崩したせいで強制帰宅とあいなったのですが、成り行きの仔細をフローディオの耳には入れられなかった陛下が理由を濁してしまったため、今でも誤解されたままであります。

 そんな背景もあるので、サラも内心では迂闊なことをしたなと反省していますが、話はそんなに簡単ではないのです。

 赤獅子王の寵愛を一身に受けている未来の大国妃ならば、専属の侍女はいくらいてもおかしくないでしょう。そこは陛下もサラも否定できません。

 しかしどんな形であれ、貴族のいざこざに一度首を突っ込めば、やはりその時限りの優遇とはいかなくなってしまうでしょう。

「そなた、薬草園でのことを覚えておらぬのか……!」

「っ!!」

 近くで僅かに厳しく咎められると、いつになく強気のフローディオでもやはり身が竦みます。

「そなたなら救ってくれると……、数多の不遇の娘たちが押しかけてくることになるのだぞ……。」

 薬草園での一件の時にも、不用意な行動で陛下に叱られ、フローディオは三日引き籠もりました。仲直りできたから良かったものの、陛下はあんな騒ぎを繰り返す気はさらさらありません。

 このまま刺激すれば、また恐ろしい形相で怒られかねない、とは、フローディオも理解しております。

 けれども、不安そうに見つめてくるノエルを見捨てることはできないのです。

「で、でも……へ、陛下っ……!」

 緑のジャケットの裾を握りながら、彼が言うことには。

「ですがっ……! 虫でもなんでも採るがよいって陛下が仰ったばかりですッ!!」

「!?」

 無茶振りの、斜め上。

(フローディオ様が虫採り……。)

(あ。私、虫なんだ。)

 沈黙の最中になんとなく事情を把握するサラと、虫扱いされるという新たな理不尽にスンっと無の表情となったノエル。

 二人はぽかんと傍観せざるを得ません。

 絶句したまま返事に困る陛下に、奮い立って睨んでくるフローディオの視線がまっすぐ向けられております。

 いつも視線だけは交わされる気配がなかなかないというのに、意固地になると勇気が出るのか、潤んだ瞳で必死に訴えてくるのです。

 恐ろしいけど逸らしたら負け。絶対引かないぞ、と。

 面と向き合うせいで怖がられるのは本望ではないのですが、だからこそなおのこと見つめ合う時間は赤獅子王にとっては貴重なひとときです。

「――くださいませ!!」

「ぐうッ!!」

 ぶっちゃけ、こういうおねだり、陛下は大好きでした。

「……レオン様ッ!!」

「ッ!!」

 駄目押しとばかりに名前を呼んでくるのも反則です。

 フローディオはこの瞬間だけ、大国の頂に上り詰めました。

 なにしろ大魔王もかくやの顔をしたあの赤獅子陛下を下したのですから。

「……サラ、世話をしてやれ。」

「よろしいのですか!?」

 驚いたと同時に、サラは呆れで口が引き攣りました。ええええ、この国大丈夫かなぁ!? みたいな気持ちでした。

「仕方がないであろう……。余のフロルが、欲しいと申す。」

 ぽぽぽんっ!!

 フローディオが真っ赤になって目を固く瞑り、恥ずかしさのあまり声なき声で叫ぼうかというところ、どこからともなくまた花が現れ降り注ぎました。

 明らかに普通ではない現象にノエルは目を剥き、でも花より大事なのは目の前で下された沙汰の方です。

「そ、そ、それでは……!?」

 縋るように敷き物に両の手を突いて、ノエルのグレーの瞳は耳まで赤くなっている恩人を見つめました。

「妻殿の慈悲に感謝してよく仕えよ。」

「は……、はいっ!!」

 かくして、フローディオに最初のお抱え専属侍女ができたのでございました。

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