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ノエル編 2

 市壁を越えてからは馬車を降り、三人は田園風景を眺めながらゆったりと馬を走らせました。

 せっかくの下ろしたての乗馬服ではありましたが、近隣の農夫たちの目がなくなるまでは外套を纏います。それでもフローディオは楽しそうです。

「景色が広く見える。」

 馬の背の上からの眺めですから、高さが増える分、雰囲気はガラリと変わりました。

 結い上げた髪を垂らした背中もいつもよりしゃんと伸びております。

「天気に恵まれて、よかったですね。」

「本当。風がいい匂い。」

 外遊びの経験も自国の城の敷地内のみでしかも子供の頃にしか経験がなかったフローディオですから、許された試しのなかった小川遊びとか兎を追ったりとかにも期待しているところです。

 が、今に限って言えば見たことのない田園の風景もおもしろいものでした。

 まだ青々と茂った小麦畑が広がり、ところどころに見慣れない草花も植えられてますし、実を付けていない果樹なんかも綺麗な花を咲かせております。

「外は綺麗だね。夢みたい……。」

「ふふふ。たくさん遊びましょうね。」

(――愛らしいっ!! 神の奇跡かッ!!)

 二人の会話を聞いていた赤獅子陛下は可愛がっている黒馬で先を駆けておりました。フローディオがまだおやつをやれていないあの馬です。

 太陽を討ち下して感無量とでも言わんばかりの形相で叫ぶのをこらえながら手綱を握りしめておりましたが、しかしながら陛下、現状にはいまいち納得しておりません。

(だがマズいぞ!! このままでは、このままでは……ッ、余と妻殿のデートではなくサラと妻殿のデートになってしまうッッッ!!)

 陛下が先頭を走るのは、まあ順当でしょう。フローディオだって頼れる人が行こうと誘ってくれなくては外に出る気なんて起きませんでしたから。

 かといって先頭の隣を誰かが走ってはいけないなんて決まりはないはず。なのでもう少し近くに来て欲しいのが陛下の本音でしたが、それ以前に力強く駆ける愛馬がフローディオには怖すぎます。人間なら筋骨隆々といった感じのずっしりした身体と驚きの躍動感で、蹄は鋭く地面を揺らして土を削るのです。

 実をいうとこの黒馬、まだまだ元気ですが年齢的にはとっくに現役ではありません。なのでもう一頭、若い白馬も赤獅子王御用達として育てられてはいるのですが、この黒馬は陛下自身が長く頼りにして共に過ごしてきた愛馬です。

 フローディオが「おやつをやってみたいけど近付くのが怖い」と話していたのを覚えていたので、いい機会になるかなと気を利かせて連れてきたのですが……。

 背後からきゃっきゃうふふ、盛り上がっている二人の声が聞こえてくると、もしかして失敗だったかなと思わなくもなきにしもあらず。

 彼の妻殿が乗っている栗毛の馬も、陛下の愛馬がこの国の馬たちのボスであるとわきまえているのか、絶対隣になんて走ってきません。尊敬の眼差しだけがまっすぐにキラキラ向けられています。

(ぐぬぬッ……!! せめて余も混じりたい……ッ!!)

 そんな道中ではありましたが、いざ目的地に辿り着いたところで、これといった甘酸っぱいイベントが自然発生するわけでもなく。

「さあ、たくさん召し上がってください。」

「ありがとう、サラ。いただきます!」

 山からの清水がせせらぎを作る小川のそばで、敷物を広げてお弁当です。

 テーブルも椅子もない自由席。自然といつもの距離感で腰を下ろすと、どうしてもサラはフローディオ寄りの位置になります。お世話役ですから。対して陛下の方は……ぽつねんでした。

(どうしてこうなる……ッ!!)

 お貴族やその子息の行楽であれば、荷物を積んだ馬車でやってきて紅茶を淹れるなんてこともいたしますが、本日は水入らずを望んでお忍びをしてきたので、広げられたのはお弁当の包みと水筒の冷めた紅茶くらいです。

 陛下は質素を厭うようなタイプではありません。かといってやはり満足できているわけでもありません。

 だってこれではまるで……、家族団欒。

「フローディオ様、パンくずが付いておりますよ。」

「え? どこどこ?」

「こちらですよ。」

 極めて自然に白い頬のパンくずを払うサラと、それに当然みたいな態度で「ありがとう。」と礼を言ってしまうフローディオ。

(それは余の役ではないのかサラよぉぉぉおおッ!?)

 ちょっとした嫉妬も、赤獅子王の凶相にかかれば立派な憎悪と忿怒です。これにはサラも寒気を感じて我に返りました。

「そ、それより陛下、この後のご予定は……?」

 辿々しくも話の水を向けられお膳立てされては、陛下とてこれ以上大人気ない真似もできないのですが。

 最近の陛下はサラの存在について、ちょっと邪魔だな、とすら考えるようにはなっておりました。かといっていなければいないで自分が暴走してしまうのもわかっているのですから、実に恩知らずでやりきれない話です。

「余はこれといって考えておらぬが、川遊びがしてみたかったのであろう?」

 庭園でのお茶の席でフローディオが口にしていた頻出ワードなので、陛下はしっかり覚えておりました。

「入って良いのですか?」

「当然であろう。何しにきたつもりだ。」

「靴を脱いでですか?」

「脱がずにどうする……!?」

 それだけうずうず川を見ていて何を今更、といったところです。

 食べ終えた手をハンカチで拭きながらフローディオが言いますには。

「国では、表で素足を出すなと言われておりました。」

 そういうところは実家でとことん厳しかったらしいので、本人は気にしているみたいです。

 そういえば陛下も未来の妻殿の素足は、まだ見た試しがありませんでしたね。

「好きにせよ。余は子供の頃はよく素手で魚を捕まえていたがな。」

「!!」

 それは自分もぜひやってみたいとばかりにフローディオは一目散に靴下を脱ぎましたが、見ていた赤獅子王は晒された白い生足を目にするなり思わず条件反射で顔を逸らしてしまいます。

(男であるぞ! わかっておるはずであろう!! なにゆえこうも禁断感がある……ッ!?)

 なんかやらしいなぁと、サラは失笑。彼女は天下の赤獅子王だって顔が見えなきゃ怖くないのです。

(まあ、私も最初に見た時は驚きましたけれどもね……。)

 陛下の気持ちも解さずともない彼女は立場上、毎日女としてちょっと悔しい思いをしているわけでありまして。

「ふふふ、冷たい……。」

 陛下とサラの気持ちなんて露知らず、フローディオは手頃な岩に腰掛けて小川の水面を蹴るのに夢中になっておりました。

「陛下! 魚、魚がいますっ!!」

「転ぶでないぞッ!! それと膝より上はあまり濡らすでない、風邪を引いたら承知せぬからな!?」

 手のかかる王子を見初めてしまったせいで、赤獅子陛下にも父性、むしろ母性が宿り初めているようにサラには思えました。

 恋人らしい行楽なんてものは、まだまだ遠い日のこととなりそうです。

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