恋愛編 14(完)
赤獅子王の御前に呼び出されたのは、獅子の大国の黒歴史たる病み系マスコットゆるキャラ『ししりん』の初代中の人。
かつて「名前を連呼される度に頭がおかしくなる」と言って職務放棄に至ったその兵卒は、具体的にどれくらい連呼されるとマズいのか尋ねてきた陛下に対し、甲冑をカチカチ鳴らすほど震え上がりながら口を大きく開きました。
「陛下ッ! おおオ御言葉ながらっ、せせセ僭越ながらっ!!」
「落ち着くがいい。余はここでの言葉でそなたをどうこうする気はない。」
「ハッ!! では申し上げマスッ!!」
やたら大きい声で彼が言いますには。
「陛下ッ、……問題は……、頻度では、ないのでありますっ……!!」
「なんだと?」
「頻度も暴力たり得ますが……そ、それ以上に、自分が恐れたのは……、異常な熱気で、ございました……っ!」
熱気。その言葉を聞いて、赤獅子王は我が身を振り返ります。
浮かれすぎて止まらなくなってしまった自分には、はたしてそんな異常な熱気があったのだろうか、と。
(あったやもしれぬ。)
ほんのり脚色していますが、陛下も胸の内で事実を認めました。熱気、むんむんでしたよね。
ただでさえ怖い顔が前のめりで連呼したんじゃ、臆病なフローディオにはさぞかし毒でしょう。
それに、ししりんに詰め寄っていた熱狂的信者そっくりの様相をした民たちが凱旋パレードで自分の名を連呼していたら、たしかに数日くらい部屋に引き籠もりたくもなりそうです。
「無邪気な子供が『あーッ、ししりんだァ!!』と大挙して駆け寄ってくるならば自分は耐えられましたッ!! むしろ最初はそれを望んでおりましたッ!!」
両手を差し出すように広げて、門番は落ち窪んだ虚ろな目で訴えます。
「しかしその、実際に大挙してきたのは……、う、う、ウワアアアア……!!」
その場に崩折れて頭を抱える門番。よほどあの日々のことがトラウマになっているようです。
「も、もうよい! わかった。もうよい!!」
「陛下、ッ、自分はッ……自分は剣と子供なら恐れないのでありますッ!!」
「よくわかった! よく理解したぞ、もうよいのだッ!!」
男二人の会話が狂乱の態を為し始めたので、陛下も無理矢理話を終わらせようと必死です。
自分が匙加減を間違えれば、次は愛しのフローディオがこうなってしまうやもしれぬとは、もう十二分に理解しました。大事なのは、普通! 平常心!
「もうよい、下がれ! そなたにもう用はない。」
「へっ、陛下!?」
焦りからまたも言葉足らずになる陛下。そこは本当なら『君の気持ちはよくわかった、ご苦労だったね……!』とでも言っときゃよかったのでしょうに。
「お待ちください陛下っ! 自分はまだ戦えますッ!!」
案の定意味を勘違いした兵は哀れにも蒼顔となって目を剥きます。咄嗟に口から出た台詞の真偽のほどは怪しく見えますが、別に陛下だってクビにしたつもりはありません。
「違う!! 今日は普通に帰って美味いものを食い普通に寝ろッ!! 半休をくれてやる!!」
「へ、陛下ぁああ……ッ!!」
追い詰めすぎたとは陛下にもわかっていたので、床に蹲っていた兵は一度捨て置き、マントを揺らしながら机の前から立ち上がります。人を呼ぶためです。ついでに医師に診せる必要があると切に思いました。誰かこの男を救ってやってくれとすら願いました。
ところが扉を開けてみるとそこには。
「ッ!? サ、サラ……ッ!?」
扉の前、というより扉を開けて最初に見えるドアノブ側のすぐ近くに、彼女はいました。
先日取り上げたはずのししりんの着ぐるみを持って。
「やはりししりんは……初代が一番にございました……。」
「ひゃあああああああッッッ!!!!」
「誰ぞォォオッ!! 誰ぞおらぬかァアアアッ!? サラを家に帰せ!! 今すぐだァァアアアッッッ!!!!」
病んだ目になっているサラをフローディオのそばに置いとくわけにはいかないので、変なスイッチが切れるまで彼女は自宅謹慎とあいなりました。
その間は彼女の侍女たちが留守を預かることとなります。王宮でのてんやわんやが収まった後、陛下自らその旨を伝えるべくフローディオの元へ足を運びました。
「サラは、体調でも悪いのですか?」
「いや、うむ、まあ、そのだな。」
心の方が問題とは、はっきりとは言えませんでした。
数日ぶりに見たフローディオはいつもに増して愛らしい。なにせサラの話の通りに指輪をしてくれておりました。赤い石が輝いているのは、大切な左手の薬指です。
それを見た赤獅子王、きゅーんと胸が苦しくなると同時に頭が沸騰しそうです。しかしその熱に身を任せてラリっては、想い人はたちまち寝室に逃げ込むのでしょう。
せめて先日のことをどう詫びるべきかと悩み、言葉に詰まりがちです。
サラと門番の関係がとても他人事には思えませんでした。
一月も想い人の顔が見れなければ、サラと似たような真似をしてしまう自信が陛下にはありましたし、そうなったら今度はフローディオが門番のように怯えきるのも目に見えております。
「……すまなかった……。」
「え? え? 陛下? どうなさったんですか……?」
「余が悪かった……。」
「よくわからないのですが???」
怖い顔を両手で覆ったまま、赤獅子の二つ名に似合わぬ謝罪を繰り返す陛下に、フローディオは困惑を隠しきれません。
「もしかして先日のことでしょうか?」
「その通りである……。」
察してくれて、ありがたい以外には何も思い浮かびませんでした。
可愛さ余って触れるのさえ恐ろしい毎日なのに、名前を呼ぶのまでこうも恐怖を煽るとは。
惚れた弱みとは、今の赤獅子王にとってはまるで底なし沼のようでありました。
「あの……、たまになら、私も逃げませんから……。」
くだらないことで逃げ出してしまったなぁとは、フローディオも実は後悔していたところです。
居間の扉の前ですっかり立ち話になっていたため、椅子を勧めるべきかとも悩んであたふたしつつ、顔を覆ったまま立ち尽くす陛下が菫青石の瞳にはなんだか可哀想に写ってしまいます。
「それと……人がいる前だと、その、余計に恥ずかしい……かも、です。」
「覚えておく。」
「でも嫌とかではありません。でなければ私もあんなことは言いません。」
「そなたは優しいな……。」
「一回だけなら、今でもいいんですよ。」
「!!」
刮目と同時に顔を覆っていた手を離す陛下。油断しきってすっかり見上げる姿でいたフローディオは、目覚めた魔神のような凶相を目の当たりにするなりビクッと跳ね上がってすぐ俯いてしまいました。
が、陛下と同じように歩み寄ろうとは思ってくれているのか、先を促すように細首がこくこく頷きを繰り返します。
「……フ、フロル。」
もっとゆっくり呼べばよかったなと、焦っていた陛下はすぐさま悔いを覚えてしまいます。勿体無いことをしてしまった!! 実に!! 胸の内では頭を掻き毟って地が割れるまで地団駄を踏みたいくらいであります。
しかしながら、俯きがちなフローディオの白い頬と首筋がうすらピンクに染まった拍子、悩むのなんて忘れてしまいました。
「はい……、レオン様。」
――ズキュン!!
(一生愛す。)
どこからともなく現れたかすみ草の白い小花がふわふわ舞い降りてくる中、自制心へ必死に鞭を打ちながら。
赤獅子王は固い誓いをその胸に刻むのでありました。




