恋愛編 13
「何故だ……。」
名前を呼ばれまくったせいで恥ずかしくて引き籠もる。
赤獅子王にはフローディオのその気持ちが、ちょっと理解できませんでした。
「あれだけ熱烈にやらかしておいてそれはありませんでしょう、陛下。」
そりゃあそうなるだろうとその場に居合わせていたサラにはわかっているのですが、どうしてと言われるとちょっと説明が難しいところです。
「凱旋の時に散々民からコールされておりましたよね? あれは恥ずかしくなかったのですか?」
「フン。あんなの小鳥が囀っておるだけではないか。」
陛下は豪胆がすぎて心臓に毛が生えたレベルなので、どれだけ心を砕いたところで臆病者の考えなどあまり考えつかないのでございました。
数日待った結果ポンコツ王子が籠城を辞めたとのめでたい連絡があったため、本当ならすぐにでも花束抱えて走り出したい陛下でございましたが、今のまま突撃しても再び痛い目を見るだけだとはわかっております。ちょっとくらいは成長なさいました。
「でも指輪はされてますから……。」
「うむ……。」
冷静を保てているのは、そのあたりをしっかり伝えてくれる有能な幼馴染のおかげでもありました。
あのフローディオのことなので、恋愛や結婚なんて度外視で単に気に入ったから指を通した、という可能性もあります。
ですが、左手薬指の指輪を眺めてはフンフンと鼻を鳴らし勝手に照れている姿を知っているので、サラが思うに王子も怒っているとかではないはずなのです。
現在庭園は薔薇が盛りを迎えております。その花姿の素晴らしさたるや、例年より美しいと侍女たちがこぞって褒め称すくらいでした。その庭園がある後宮に唯一住まうのは、感情任せに緑を枯らしたり増やしたりしてしまう困ったツキモノつきの王子様。現状、彼の機嫌が悪いとは万が一にも考えられません。
とはいえ、同じ轍を踏むわけにはいかないのです。
「それにだな、サラよ。」
「はあ。」
陛下がまごついているのにはもう一つ理由がありました。
「どうも余は……、似たような理由で仕事を投げ出していった軟弱者が城にいたような気がしてならぬのだが……。」
記憶の隅っこに、参考になりそうな案件が一つ引っかかっているのです。
それさえわかればもしかすると何もかもがうまくいきそうなのですけれども。だって、フローディオを問い詰めることはできませんが、霞向こうにモヤモヤしているその『軟弱者』なる人物になら、ちょっと話を聞くくらいしたって角は立たない……はずです。
同時にどうしたことか、サラにだけはこの言葉は言ってはいけないような気もしておりましたが。
槍の待つ落とし穴へと自らそろり足を踏み入れるような不安を覚えつつ、陛下は駄目元で旧知の彼女に尋ねてしまいます。
不安の理由は、すぐにわかりました。
「私心当たりがあります。」
「まことであるか?」
「はい。すぐお呼びいたします。」
サラの応対は非常にスムーズ。いつも通りのたおやかな笑みを交えてのものでしたが、その据わった目に陛下がハッとした時にはもう遅い。
彼女のいつもとは違った雰囲気で、思い出しました。
(クッ……! やはり墓穴であったか……!?)
ラスボスが裏ボスに出会う日があるとすれば、あるいはこんな表情になるのでしょう。
赤獅子王ともあろうお方が雷にでも打たれたように瞠若し、息も忘れて氷像のように凍りついてしまったくらいでありましたから。
それから一刻とせぬうちにサラが連れてきたのは、城の門番の一人でございました。
背は低めで細身、小柄な体格。大国王の御前で青褪めて震えながらも、鍛えられた者の姿勢で直立不動を守ろうとするこの男。
ああそうだ、この顔だと、陛下の記憶もかなり鮮明に蘇って参りました。後悔と共に。
「陛下。お連れしました!」
にこやかなサラのいつになく元気な声に、門番はびくりと跳ね上がります。視線は正面より斜め上、天井の隅。
彼は赤獅子王のことも恐ろしく思っているようですが、同時にサラを恐れているのです。
「初代ししりんの中の人です!!」
「ご苦労で、あった……。」
今になって陛下は、この若者に悪いことをしてしまっていたなと罪悪感を覚えます。
悪名高いゆるキャラ大失敗作『ししりん』の初代着ぐるみ担当をさせられていたこの男、小柄ながらも元は勇猛な騎士団員でした。しかし、ししりんの一件以来すっかりノイローゼになってしまったため、それ以降ひと気のない裏門の管理を任せていたのです。
当時はまだ陛下も戦疲れが相まって戦後ハイで絶賛ラリってました。ししりんの異常性に最初に気付いたのだろうこの男の訴えがすぐには理解できず、軟弱者と誤認したまま記憶の片隅に残っていたようです。
「……サラ、下がれ。」
「!? えええ……、んんん……」
考案時から熱狂的ししりん信者だったサラの存在は、この男にはただただ毒でしょう。まともに話もできないのでは呼び出した意味がありません。
「……かしこまりました。」
退室を求められた彼女の反応は、不服そうに渋々といったところ。
きちんと扉が閉められるのを目と耳で確認してから、陛下も思わず自嘲気味のため息をこぼします。
とはいえ兵にはそれも恐ろしい。吟遊詩人が歌った『氷の息を吐ける』という陛下の非公式設定も、彼の中では真に迫っているようです。
「楽にしろ。」
「ハッ!!」
「そなたに問いたいことがあって呼んだ。」
「お答え出来るコトであればナンナリとッ!!」
声が上擦っています。憐れに思うがゆえに陛下は苦虫を噛み潰しますが、その表情は神の手勢に対し「小癪な真似を……」とか呟いている大悪魔そのものです。
国を守るのには一役買っている凶相も、こういう場面では非常に不便でありました。
「そなたが……あー、アレを……いや、ししりん役を辞退した時……」
国の黒歴史である病みキャラの名前など口にするのも億劫なのですが、門番の方もその名を聞くなりガクブルガクブル震えて甲冑をカチカチいわせ始めました。残念ながら、ノイローゼはまだ治っていないようですね。
「理由として進言していた話をふと思い出してだな、改めて仔細を聞きたくなったのだ。」
「…………」
ガクブルカチカチガクブルカチカチ。
元騎士がこんなに震え上がるなんて、ちょっと前の陛下なら呆れ返っていたことでしょうが、フローディオのぷるぷるしている姿を連日見ているせいか、今はむしろ不憫に思います。恐怖というものには、克服できるものとできないものがあるのでしょう。
できる限り、ゆっくり語りかけるしかありません。
「名前を連呼される度に、頭がおかしくなる……、など言っておったな。」
「左様でございますッ!!」
「どのくらいの頻度であれば平気であったかなどわからぬか。」
十五分に一回? 三十分に一回?
それくらいならば許されますでしょうか?
でも陛下は、サラ相手の時は一分に一回くらいは名前を呼ぶこともありますし、理論的に考えてその辺りのボーダーがまったくわからないのです。
ところが門番はノイローゼ体験者なだけあってか、それとも悪夢に魘された回数分だけ自問自答を繰り返してきたせいなのか、まったく違う視点でもってわかりやすい講釈を語り出すのでした。




