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恋愛編 8

 超絶失敗ゆるキャラの着ぐるみ頭部だけを被った赤獅子王。そのシュールな呪いの構図を前にして座らさせれたフローディオ。サラが用意した紅茶がローテーブルに並ぶと、二人は暖かい部屋で数日ぶりの会話を交わしました。

 陛下が語った真実はどれも、フローディオには俄には信じ難いものばかりです。

 花の子の力がフローディオの思っているようなお飾りのものではないこと。

 使い方次第で国を滅ぼしかねないこと。

 そしてなにより、使い過ぎれば命の危険とてあるということ。

「……陛下のお話が、……仮に、本当だとして、」

 全てを聞き終えたフローディオはだから、最初に口を開いた時、そんな風に前置きをせずにはいられません。

「庭の改装も、薬草が枯れかけてたのも、私のせいではありませんか……。」

 王子とて、知らないうちにたくさんの人に迷惑をかけたと知ってなお、平気な顔をしていられるような性格ではないのです。

「それならなおのこと、薬草は助けるべきだったでしょう。」

 観賞用の花と実用を期待した薬草は別物です。

 薬学者たちとて「これで何人が救われるか」と喜んでいました。

 それはすなわち、王宮中の草花を枯らしたフローディオは、何人もの命の救われる可能性を打ち壊していたことに他なりません。

 自分のやったことを自分の持つもので元に戻せるならそうするべきだと、フローディオは無条件に思います。

「『好きにせよ』と陛下から言っておいて、あの程度のことで怒られねばならない理由が、やはりわかりません。」

 ここまで言ってもまだ「あの程度」なのですから、陛下は被り物をしていて良かったと思わざるを得ません。腹が立ったし、嫌な顔をしている自覚がありました。気配だけでも目の前の可愛い顔が唇を噛んで怯みます。

「一度そんなことをしてしまえば際限がない。病や怪我に苦しむ者たちが毎日大挙して押し寄せることになる。」

 救いを差し伸べられる力は素晴らしいかもしれませんが、そんなことを続ければきっとフローディオは若くして死んでしまいます。

 正義感があるのは良いことであれど、尻拭い以上の結果が待っているとまではフローディオには予測できないみたいです。

「余は他に何人見殺しにすることになろうと、そなたの方が大事なのだ。……どうしてわからぬ!!」

 はっきりと言われてみて、意固地にしゃちこばって俯いていたフローディオが初めてしゅんとなります。

 その言葉は本当に愛してくれる人しか言ってくれないものだと、中身の幼い少年にもわかってしまうのでした。

「それにそなたが押し付けられていたあの雪蓮は、東の果ての王が嫌味混じりに寄越してきたもの。神獣の加護を受けた霊山の険しい環境でしか育たぬ。薬草としては優れていようと、もとよりこの地では咲かぬ花だ。」

 赤獅子陛下に真の王の器があれば或いは育つでしょうと、無理な言葉とともに送られてきた花でした。

 もとより陛下は態のいいおもちゃとして与えたつもりでしたが、与えられた薬学者たちは他国から王への献上品だからと躍起になっていたのでしょう。しかどんなに手を尽くしたところで、無理なものはどうしようと無理なのです。そんなもののために未来の妻の命を削らせるわけにはいきません。

「余の炎とて水や鉄を燃やすことはできぬ。咲かぬものを無理に咲かせれば、そなたの身体に障るだけだ。」

「……。」

 息苦しさにネグリジェの胸元を握ったフローディオは、動揺と同時にほんの少しの疑問を覚えました。

 愛ってこんなに重かったでしょうか。

 自国にいた頃、確かに自分は愛されていたはずなのに、それに笑顔でそつなく応えてきたはずなのに、目の前の赤獅子王の愛は重みが違いました。

 ともすれば涙が出そうになってしまう。

 困惑に襲われながら、だのにそれが、嫌ではないと思う自分もどこかにいました。

 無下に投げ捨てることはできないし、したくない。しかし、幼い彼には酷く手に余るのです。

(なんでだろう。やっぱり顔が怖いからかな。)

 ちらと、また上目に陛下を見やる菫青石の瞳。

 とても常識的でない恰好の陛下が、滑稽なような、可愛いような……可愛い?

 可愛いなんて言葉が似合う人ではありませんし、そういう出で立ちをしたがるタイプでもないはずでしょう。当然フローディオとて、ししりんのデザインを可愛いと思うような感性はこれっぽっちも持ち合わせておりません。

 にも関わらず、今の陛下を可愛いと思う気持ちも、心の真ん中にたしかにぽつんと浮かんでくるのでした。

(でもやっぱり、恐ろしい。)

 物怖じの様相で視線を落としたフローディオを被り物越しに見て、沈黙を守りながらも、陛下は心底無念な気持ちに駆られます。

 やはり駄目か、と。

「……陛下は、どうして……、私には何も教えてくれなかったのですか?」

 やっと口を開いたフローディオは冷めていく紅茶を眺めているばかりでしたが、ゆっくりと低く返された陛下の答えを聞くなり、目を丸くいたしました。

「……そなたの国を疑うような真似をしていると、思われたくなかった。」

「!」

 天下の赤獅子が、まさか辺境小国の王子ひとりの機嫌を気にしていただなんて、フローディオにはあまりに予想外だったのです。

 いえ、陛下の話が真実ならば、フローディオの機嫌ひとつで大国が潰える可能性だってありましょう。だからこその憂いだったのではとすぐ思いつく程度には、ポンコツ王子とておつむは悪くありせん。意固地な佇まいを必死に思い出します。

「古い伝承なんかより、生きているツキモノつきの話の方が聞く価値があることくらい、私にもわかります。」

「しかしこれ以上は、だな……。」

 嫌われたくなかった。

 その一言が、大きな背中を丸めてもなかなか出てこない赤獅子王。

 冷酷無慈悲で知られているこの人のこと、他人にはこんな丸まった背中、見せた試しなどないのでしょうに。

 フローディオには、陛下が口に出せずにいる本心がすぐにはわかりませんでした。陛下から寄せられている気持ちは、まだ彼には未知のものでしたから。

 それどころかまたも顔を叩いてしまったのに怒りもしないし、怒られなかったのが何故なのかもちっともわからないし、幼気な王子には陛下の優しさがただ重苦しい。

 どうすればいいのか困った時、フローディオが振り返るのは聡明であった姉の言葉です。

(こういう時、姉上ならなんて言うんだろう。)

 嫌なことは嫌ときちんと言いなさい。姉にはしょっちゅうそんなことを言われていました。では、困るけど嫌じゃない、そんな場合は?

 自分のものと瓜二つの顔を輝く笑みにして、かつて姉姫は頼りない弟に言いました。


 ――貴方が本当に嫌ではなくて困っているなら、相手もきっと困ってるのよ。


 そういえば「相手の気持ちになって考えなさい」とも、よく言われていましたね。

 今でも頼りないばかりの弟は、こんな時にさえ耳が痛くなります。

 確かに姉の言った通り、フローディオの上目遣いの瞳にも、今の陛下は困っているように見えました。残念な被り物のせいで表情は見えませんでしたが、そのぶんいつもよりじーっと観察する余裕はありました。

 向かいに座る陛下はがっくり項垂れており、すっかり弱りきっている以外のなにものでもありません。

(陛下は……まさか……)

 見守るしかできないサラも部屋の端っこで浮かない表情を滲ませておりました。

 少しばかりは、うまくいくのではと期待を寄せましたが、陛下ができる限りで腹を割って話してもなおフローディオの表情は晴れません。となれば、超えられない壁を認めるしかないのでしょうか。

 どんなに心を砕いたところでその壁を乗り超えるかどうかは、フローディオ次第です。

「……陛下。」

「……なんであるか。」

 諦めが混じった返答に、サラも消沈の溜息を密かに溢してしまいます。

 しかしながら、それは二人の早合点でございます。

「恋とは……、そんなにつらい思いを受け入れながら、育てなければならないものなのですか……?」

 前髪を垂らして俯ききっていた陛下には、自分の耳を信じるか否かについて悩む時間が必要でありました。

「……なぬ?」

 結局顔を上げて聞き返してしまうくらい、ちょっと意味がわかりませんでした。

「私は陛下が、今もまだすごく恐ろしい……。」

 菫青石の瞳はやはり陛下を見つめられませんでした。

 けれどその双眸が揺れるのは、不器用で重たい愛から逃げ出したくないと思ってしまったから。

 理解してみようと、踏み出すのには勇気がいりました。

「陛下も、同じように私が怖いように見えます。」

(余が、この王子を、怖い……だと?)

 言い得て妙ではありますが、自問の末に赤獅子王も認めるしかありません。

 怖いのです。

 この可憐なばかりの見目をした、物知らずな年端もいかない少年が。

 今日嫌われてしまうかもしれない。明日出て行ってしまうかもしれない。

 何をするにもそんな不安があって、素直に話すことすらままならない。

 遠慮というより逃げであると、サラにも言われたばかりです。恐怖と呼ばずして、この気持ちをなんと呼べばいいのやら。

「怖いなら、陛下も私なんて捨て置けばいいし、私だってこんなふうに話なんてしなければよかったのに。」

 目から鱗が落ちるような思いで唖然として固まる赤獅子王に、なんとフローディオは、目線を逸らしたままではありましたが控えめにくすりと笑いました。

(……う、美しい。)

 殴られてもときめいてもずっきんと胸が痛むんじゃ、たしかに恋愛は痛いことだらけだったみたいです。

「『好きにせよ』と、言われたそばから反故にされたと思って、つい腹を立ててしまいましたけれど、……閉じこもっていた間に思い出しました。剣も乗馬もやってみたかった。どうして今まで忘れていたのか。」

 自分でも長らく忘れていたことを、出会ってまだ半月と経たない赤獅子王に言い当てられたこととて不思議な話でした。

 怖くても優しい人。誰よりも強いのに実は少しだけ臆病な人。

 物を知らないフローディオでも、赤獅子王という人をもう少し信じてみたくなりました。

「陛下、ご迷惑をおかけしました。まだ許していただけるなら、私に全部教えてください。」

「……!」

 ばつが悪そうながら、しおらしく告げられたのは陛下待望のおねだりでした。

「ああ、もちろんである。明日にもだ……!」

 前のめりになって頷く陛下は相変わらずししりんフェイスで残念な感じでしたが、予想外に予想外を重ねた結果、なんとか雨降って地が固まったようです。

 得難く捨て難く重たいものを与えられてしまったフローディオには、痛い思いをしていくとわかっていても、険しい恋路へのいざないを拒否することができなかったのでした。

 今でこそ重たいばかりの愛も、あるいは共に歩いていくうちに慣れてくるのではと、そんな予感もなきにしもあらず。

 いつかは被り物なんてなくとも、隣に立ってきちんと顔を見上げられる日が来るのかもしれない。そんなこともフローディオは考えましたが、それがどれだけ先の話になるのかは、まだまだまったく予想がつかないのでございました。


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