恋愛編 4
先の騒動で一度は緑が絶えかけた赤獅子王の城。巷では「陛下に呪いが降りかかったのでは」なんて噂も飛び交いましたが、それが日に日に目を瞠る早さで元に戻っていく様は、吟遊詩人たちにまたおかしな話題を提供する結果になってしまいました。「陛下はそんじょそこらの呪いよりよっぽどお強いのだ」と、おもしろおかしい感じの夢物語です。
気楽な連中はいつだってそんなもの。実際には呪いなんて関係ないといいますのに。枯らしたのも生やしたのも花の子であるフローディオの力でしたし、庭師が総動員で急な仕事に駆けずり回っているからこその景観美ですから。
結果として、唯一生き残ったのは東の庭園。次に復活したのは西の隅の薬草園です。
薬の材料になる珍しい草花が医療と研究のために多種多様育てられており、その一角には硝子張りの巨大な温室がございます。
「高価な硝子がこんなに……!」
陛下に招かれてお茶の時間にやってきたフローディオは、着いて早々目を丸くしてピカピカの玻璃の壁と屋根を見上げておりました。
後宮からは少し距離がありますので馬車でやってきましたが、御者が扉を開けるより早くに飛び出してこの調子なので、使用人もびっくりしています。
「すごい……。」
フローディオの祖国にはこんなものありませんでした。せいぜいキュウリとレモンなんかのオランジュリーがあるくらいです。
「陛下はまだいらしてないようですから、少し中をご覧になりますか?」
「うん、見たい。」
部屋に引きこもっていると姿勢良く座ったきりぼんやりしがちな王子ですが、目の前にあるものにはわりと積極的みたいです。
案内を頼まれた学者が相手をしてくれましたが、種類が多すぎてとても全ては説明できそうにありません。それに、いつも書物や計器ばかり相手にしているような象牙の塔の住人には、フローディオの見目は眩しすぎました。
大まかにどんな分類で育てているかなんかを、耳に慣れない専門用語混じりのわかりにくい説明で聞き終えた頃になって、ようやく赤獅子王が御来訪です。
「妻殿よ! 今参ったぞッ!!」
(だから妻殿はやめろって言いましたのに……。)
ついでに声もまたやたら騒々しいです。動作も激しく、無駄に翻るマント。前回のお茶の席からまるで学んでいない!
サラはこっそり胸の内で呆れ返りますが、鉢の棚を眺めていたフローディオはびくっとして跳ね上がるや、なにやらあたふた。
ドレスの裾を揺らしてサラの後ろに隠れてしまいます。
でも挨拶はちゃんとしてくれました。
「ご、ご機嫌麗しゅう。陛下……。」
(おやおや? おやおやおや?)
サラは最近、自分も歳をとったなと自認せざるを得ずにいます。
あからさまに甘酸っぱい反応をするフローディオの側にいると、『わかるっ!! 好きとか好かれてるとかなんとか、自覚すると恥ずかしくてまともに立っていられませんわよね!?』とかとか、昔のことを色々思い出してしまうのですから。
この反応が素でできるうちが一番人生って楽しいもんです。
ところがどっこいこの陛下ったら。
「妻殿はどうしたのだ、サラよ……!?」
「察せない殿方の味方は致しかねます。参りましょ、フローディオ様。」
「う、あ、うん。」
サラが手を差し出し案内を買って出るので、出遅れた赤獅子王は本日もエスコート役を逃してしまったのであります。
「先日は手紙の件でご配慮いただき、ありがとうございました。」
礼を伝える機会が今までなかったことを思い出し、席に着いてまずは頭を下げるフローディオ。
「礼には及ばん。それより生活に不自由はしておらぬか。」
「こざいません。」
本日は薬草園のハーブで採れたてのフレッシュハーブティーをいただきます。パティシエが運び込んでくるケーキは本日もわんさかにぎやか大量です。
最初こそケーキで買収されているようだと思い込んだフローディオでしたが、単なる好意なのかもしれないと思えば、今日は姉の顔は不思議と浮かんできませんでした。
「引き籠もりがちだと聞くぞ。退屈してはおらぬか。」
選んだケーキは、蜂蜜レモンとジュレが盛られた四角いケーキでした。チーズクリームたっぷりで、てっぺんには青々としたミントの葉が飾られております。
顔を合わせないようにケーキを食べる作戦は、本日も上々。甘酸っぱい柑橘に華やかでさっぱりしたハーブティーはよく合いました。
(サラと同じようなことを言うんだなぁ。)
先日にも彼女から「国にいた頃は何をしていたのか」とか聞かれたばかりでしたが、結論はご存知の通りです。
退屈かどうかすら自分ではよくわかっておらず、フローディオの頭の引き出しから解決策を探そうとしてみても、生き別れの姉のことを思い出すばかりなのでした。
これではいけないのかも、とはなんとなくわかり始めてもいるのですが。
「……陛下。もし私が退屈していたとして、何をしてよろしいのですか?」
「なぬ?」
そこからなのか。赤獅子王はちょっと耳を疑いたくなってしまいましたが、この王子の育ちが特殊であったのだろうことは理解しております。
相変わらず目も合わせられない臆病なフローディオは、俯きがちなまま難しい表情をしており、冗談を口にしているようには見えません。
「……なんでも良いぞ。楽士を呼んでも良い、芸人でも良い。」
「はあ。」
「学びたいことでもあれば師をつけようぞ。」
「はあ。」
「ここが気に入ったなら見学に来れば良いだろう。ただし出歩くには、目付役にサラを付けるのが条件であるな。」
サラが一緒なのはまったく構わないしここに興味がないわけではないのですが、薬草園の学者は案内役ですらフローディオを前にしておどおどしてしまうので、それでは邪魔になってしまいそうだなと、気が進みません。
ピンときてない表情のまま薄切りのレモンを、ぱくり。
フローディオの唇がシロップでつやつやしているのが、陛下の青臭い男の性には少し毒でした。
「詩歌でも良いし、星でも良いし、……いや、そなたならば剣や乗馬の方が良いのか……?」
ソワソワっと、いい歳した男が動揺しながらサラの方を仰ぎ見るので、彼女はため息を一つ。
一大国の主のくせ、色に慣れてなさすぎます。
「陛下は、剣や乗馬を嗜む妻が欲しいのですか……!?」
フローディオが妙に驚いて顔を上げた拍子、陛下の悪役じみた横顔が視界に入りました。
(あ、金だ。)
ここにきてようやく、フローディオは赤獅子王の目の色が黄金色であることを知るのでした。
「余の問題ではなく、そなたの問題であろう……!?」
「ひうっ!?」
とはいえ、銀髪を揺らして振り向いた陛下と視線が合った瞬間、やっぱり萎縮してしまったフローディオは急ぎタルトへ視線を落とします。
(怖かった怖かった怖かった怖かった……)
獲物を探す鷲にでも見つかった、仔兎の気分でありました。
しかし陛下の今しがたのリアクションは、怒ったわけではなく驚いただけです。
客室とはいえ男子禁制の後宮に住んでいる以上、表ではフローディオは『姫君』として扱われております。でも実際には変わり種だろうと王子なわけですし、もしや剣や乗馬の方が興味があるのかな、と。
ちょっとした心くばりでもあり、それで体力が付くなら後々にも色々……そう、色々です、色々と安心だな、と。それだけの話なのです。野暮半分、不安半分。
そんな陛下の本音に気付く由もないフローディオは、まごつきながら驚きの返答をいたしました。
「その……国では、私はどちらも許されておりませんでしたので。」
「な、なに?」
剣はさておき、乗馬くらいならサラだってできます。それが、禁じられていた???
「必要がないから。あとは、危ないから、と……。」
おどおど、上目遣いに説明されると、陛下にはだんだんフローディオが可哀想になってきました。
「……馬に乗れれば遠乗りにも行けるし、弓でも覚えれば狩りもできよう。」
「え、お許しになるのですか……?」
「許さぬ道理がない。」
「出かけるのなんてアリなんですか……?」
「好きにして良いと言っている。」
まるで堂々巡りです。
(箱入りの温室育ちも極めるとこんな風になるのであるなァ……。)
陛下には驚愕しかありませんでしたし、話を聞いていたサラもまた「んんんんっ。」と苦虫を噛み潰したような表情をしておりました。
が、フローディオ本人がそこはかとなく嬉しそうなので、よしとしましょう。




