恋愛編 3
「庭の改装、大変そうだね。」
「んんんん。そう、ですわね……。」
花の王国へと使節団が旅立って、数日が経ちました。
帰国まで最低でも三ヶ月はかかる見立てですので、獅子の大国の王宮には一時平常通りの生活が戻って参ります。
ひと気のないだだっ広い後宮もいつも通りに静かなもの。しかし歴史ある庭園が荒れ果てたのをほったらかしにはできないため、臨時で雇い入れた庭師たちががやがや騒がしく仕事を続けておりました。
箱入りのフローディオもこの国に来て初めて見る民たちの姿には興味があるらしく、まさか改装の原因が自分にあるとは夢にも思わないまま、連日ぼんやりと皆の仕事風景を眺めているのであります。
「退屈でしたら、散歩にでも参りますか?」
「……いやぁ。」
「ご入り用のものがあれば揃えますよ?」
「……うーん。」
家族へ手紙を書いていた時にはあんなに生き生きしていたというのに、それ以降はずっとのったりとこの調子です。
(なんでしょうか……。なんだか木にでも話しかけている気分ですね。)
最初は警戒心から閉じこもりがちなものかとサラも誤解していました。実際にはフローディオの出不精っぷりや積極性のなさは、性格とか習慣とかによるものだったみたいですね。
「あの、……フローディオ様はお国にいた頃は普段何をされていたのですか?」
あの赤獅子王の嫁になるかもしれないともなれば、出歩く度にかなり注目を集めてしまうことになるでしょう。それ以前に持って生まれた美貌も周囲の無関心を許しません。なので無理に外に出ろとは言いにくいのですが、せめて趣味でもあればとサラはこの機会に尋ねてみます。
「それが……、僕、考えてみたら子供の頃からずっと姉上の後を追いかけてたんだよね。」
「え? は、はい。」
フローディオが実にお姉さんっ子なのは既にわかっていたことですが、続く説明にはちょっと呆れてしまいます。
「姉上を追いかけてついて行った先で、なんとなく会った人にもてなされて、なんとなく帰ってご飯食べて寝てたし、それから朝早くになると姉上に叩き起こされてたから、また姉上と一日中一緒にいて、……みたいな生活、だったんだけど。」
「わあ。」
元よりあまり活発な方ではないのだろうとサラも予想はついておりましたが、柔和な笑みで語られたのは予想以上の自主性のなさ。
たまに突飛な決断に至って豆鉄砲みたいに飛び出していく節もあるようで目は離せないのですけれども、自国で聞かされていたという『穏やかに過ごす』という言いつけが身に染みているのもあるのでしょう。
実際には、オラついていた恋愛脳陛下が一度玉砕を果たした後、十六の誕生日まで待つと言われて、何をすればいいのか余計にわからなくなってしまった……というのもありました。国を出た時には、もっとあれこれ要求されるものとフローディオも覚悟しておりましたから。
「フローディオ様は本当に姉君がお好きなのですね。」
「……うん。」
外で庭師が「ひえっ!?」と声を上げました。
フローディオが懐かしむように天を仰ぎ、頬を染めて美しい微笑をたたえていると、迷惑なことに植樹用の穴を掘っていた庭師の足元で突如としてフリージアがぽこぽこ咲き始めております。
「僕、できるものなら姉上と結婚したかったもの……。」
「んんんんっ。」
陛下にも聞かせられませんが双子ってあたりが倫理的にもアウトです。難しい表情で唸るサラに気付くことなく、フローディオはほうっと耽溺の丸いため息を一つ。
「でもそんなわけにはいかないって子供の頃から姉上に口酸っぱく聞かされていたし、いつかは別々になるってわかってたから、しかたないね。」
幼い頃からその点については耳タコになるほど言い諭されていたようで、容赦がないというか、抜かりない姉姫がどんな人物なのかは、サラも気になるところではあります。
「それに、その……。」
黙ってぼやっとしていても頭はそれなりに回っていたのか、数日黙り込んでいたフローディオはもじもじそわそわ、よそよそしい態度を見せ始めました。
「気になることでもございますか?」
やんわりと、野良猫を手懐ける時のような声色でサラが先を促します。
窄めて噤んでいた唇をおどおどとまごつかせながら、やがてフローディオも目を逸らしつつ、気になっていたことをひとつ。
「……陛下って何してるの?」
(おっと!?)
臆病なフローディオが意外にも魔王じみたあの陛下に興味を持っている!
喜ぶべき事態を前にして、気分は一気にハイテンション。
高揚したサラは食いつきすぎないように自制心で心の急ブレーキをかけました。火花が散るような思いです!!
「き、気になるのですか?」
「そりゃ……、」
フローディオは口籠もって再び空を仰ぎ、そっと顔を逸らしますが、赤い耳が髪の間から見えておりますもので。
「まあ……。」
(おおおっ??? こ、これは……!!)
サラとて老婆心なんて言葉が似合うほどにはまだ歳はとっていないつもりでしたが、平和な世の中、他人の恋慕ほど見ていて面白いものはありません。
へんな笑みが浮かんでしまう口許を押さえつつ、それでも胸はワクワク、いえ、ドキドキしちゃいます。
(女の私でも可愛いと思ってしまうのに陛下がこれを見たら……! はあ。先が思いやられるような……。)
ちなみにそのころ。
「お披露目の宴を先送りなど、あり得ませぬ!!」
「まだ花の国の姫君が正妃となられるかはわからないでありましょう!?」
「陛下がお望みなら外堀から埋めてしまえばよかろう。」
「それでは姫君を丁重に扱えという陛下のお言葉に背くことになりますなァ。」
「民が求めるのは世継ぎであると何度言ったらわかるのだ!!」
「ええいこの石頭どもめ……ッ!!」
赤獅子陛下の御前ながら、会議室、しっちゃかめっちゃかでありました。
ヒートアップしたお偉いさんがこぞって意見を口にするのですからたまったもんじゃありません。
本日のお題目は、唯一一人だけ後宮に残ることとなったよそのお国の姫君の披露宴をするかしないか。
他の国の姫君たちは全員王都を離れ、国内各地の安全な土地に移り住むこととなりました。小さくも豊かな領土を与えられ、赤獅子王の凶相に傷ついた心を各々に癒しているところです。
陛下自身がフローディオ以外を望まないと決めてしまったので、これといったわだかまりもなく即決。定型文となり始めている親書を姫君たちの実家宛で方々へ送り、全てが後処理と化し始めていた矢先、待ち受けていたのがこの問答でありました。
「陛下!!」
「ご決断を!!」
「やらぬ。」
今となっては赤獅子王本人以上に、外野の厳めしい大臣たちの方がよほど人の恋愛で盛り上がっている状態です。
「来年の春まで待つと『姫』に言った以上、それまで公表する気は余にはない。」
元はと言えば陛下が三日で結婚式の計画と結納の支度まで済ませたせいで周囲の熱気がガチになってしまっていたんですが、今となっては対岸の火事。
このノリで突撃かましてしまえば、そりゃフローディオに引っ叩かれても仕方がないなと、今では己を恥じる一方です。
「しかし陛下……!」
「そんな無理強いをして余が嫌われでもしたらどう責任を取るつもりか……! 国が滅ぶやもしれぬであろうッ!!」
陛下の見立て的には国を滅ぼしかねないのはフローディオの方でしたが、大臣たちの脳裏に浮かぶのは陛下の炎で火の海になった彼らが祖国であります。
(つまらん不毛な会議だが……、しかし多少は付き合ってやらねば……。面と向かえば大臣どもの囀りすら聞こえぬのだから参ったものだ。)
お披露目もどうせおいおい必要になることに変わりはないので、今のうちに主要な要望だけ聞いておこうと、そういう魂胆でのさばらせているだけであります。必要な時に聞き出せなくなった場合の保険です。
赤獅子王は為政者としても中身は良識的ではありますが、全ては顔が災いするところでございました……。
「僕ね、実は婚約者がいたんだよね。」
「んんんんッ!?」
噂の陛下が不毛な会議に付き合ってやっていた頃、外を眺めながらフローディオはぽつりと漏らしました。
「そうなのですか……?」
ぼんやりこっくり頷く横顔を眺めつつ、サラはまた陛下には聞かせたくない話だなぁと一人やきもき。
「いずれ子供を産む側になるのはわかっていたけれど、それだってただの義務だと思っていたから、陛下が僕に何を期待してるのかがよくわからない。」
彼が数日黙り込んでいた一番の理由は、実はそこにありました。
やることがあったうちは保留扱いにしておけたのですが、手持ち無沙汰となっては向かい合わざるを得ません。
――最終的には、……そなた自身に我が子を、望ませたく……、で、あってだな……。
(わあわあわあわあっ!)
顔を覆って椅子の上でばたばたしている間にも、外の庭師がまた「ひゃあッ!?」と声を上げました。
種か根か残っていたのか、終わったはずのシクラメンがぴょこぴょこ咲いています。
(あらあらあら。)
最初のアタックが強烈すぎたので今まで伝わっていなかったのでしょうが、ようやく赤獅子王の本心がフローディオにも届いたようです。
見ているサラからすればとんだ遠回りでしたけれども、物思いに耽ったと思えば勝手に慌てているフローディオの様子はいじらしくもあり。
テラスの椅子の上で縮こまり、抱いた膝に顔を半ば埋めたまま、鈍感な王子がやっと核心に迫る問いを口にします。
「陛下は、その……、」
ただの所有物では困るうえに、子供を望んで欲しいと言われれば、その本心は。
「僕のことが……好きなんだろうか……?」
「ええ! 一目惚れのようでございましたよ?」
ぽんっ! ぽんぽぽぽんっ!!
真っ白な孔雀草が降ってくる中、目を見開いたままぷるぷる絶句しているフローディオ。
いつも白百合のようだった頬は沸騰するほど真っ赤でありました。




