貪翼
――僕たちは互いに語り合った。ようやくお互いの名前から、僕が女装することになった理由や彼女……お姉さまの事や色々。
お姉さま、杜若ミカ、はなんというか……なんとなしそんな気はしていたけれど、お約束的というか……「まさにお姉さま」な人だった。お嬢様学院でも群を抜くお嬢様度数、僕でも知ってる大企業のご令嬢。外見も合わさって、これでもかってくらい「漫画に出そうな」人だった。
(間違った用い方なんだろうけど、「次元が違う」よ……)
サキが「完璧星人だとしても信じられる」とか言っていたのに納得する。……するしかない。ホント、まったくもって大天使。
(男の僕には実に悪魔的な趣味してるけど……)
趣味……性癖というべきか……。
「せんぱ……お姉さまってすごいんですね。なんでも持ってる」
「ううん……そうでもないわよ」
謙遜でないのが判る物憂げさ、生まれを示すかの高貴さも加わって、それすら絵になるのはちょっとずるい。
「たとえば――」
視線を下に向けクスリと。
「どんな美少女にだってない素敵な秘密とかね」
「ななッ!!」
条件反射的に股間をガード。昼間サキに注意されたことではあるが相手が相手だ。守ってなければ何されたか分からない。
「誰にだって持ってないものはあるし、誰にもない何かを持ってることだってある。そういうことよ」
……上手いこと言ってるようなそうでないような……。
「ところで……。『妹』って何をすればいいんですか?」
半ばなし崩し的に決まったものの、具体的に何するものなんだろうか。
「特にないわ」
(えーーー)
なんとも呆気なくて意外過ぎる返答に言葉をなくす。漠とでも何かあるものだとばかり……。
「ただ、そうね……――」
続く言葉は最悪だった。
「蹴らせて。金的」
………………。
二、三の瞬きの後に僕はアニメのワンシーンみたいに硬直した。きっと僕はモノクロ、効果音は仏壇のお鈴。
「……何か色々と言うべき点がある気がするんですけど、言葉にできません」
「ヴィトゲンシュタイン?」
知らないけれどきっと違う。貧相なハードディスクした僕は、格ゲーに出てくる自爆するのが趣味の領域になっていそうなボスキャラを浮かべながら思った。
「お願い。なんだってするわ。……そう、犯したって構わない——」
言うや服に手をかけスルスルと……って――。
「わーーーッ!!」
「どうしたの?」
僕の制止を気にせず服を脱いでいく。
「どうしたもこうしたも……――」
「……男性にとって金的を蹴られる苦しみは、女に直せば強姦にも等しいと思うの。だから当然のことをしているまでよ」
サラリと言ってのける、既に下着姿となったお姉さま。直視できないんだけど……しちゃいけないんだけど……悲しいかな思わず目がちらりちらりいっちゃう……。
「とにかくストップ! ストップ! ストーーーーップ!!」
――なんとかお姉さまに服を着せることに成功した。……けれどその……不謹慎かな、夜桜に浮かぶ下着姿のお姉さまはなんだか芸術チックに、神々しいくらい映えて見えた。多分、下着もなければもっと……。変な意味とかなくてだよ? ……いや、男の僕にとって下心が完全に断ち切れての想いかは確証持てないけれど……。
――
「……じゃあですね……――」
あれから何を言っても「金的を蹴らない」という結論にだけは絶対に至らないので、苦慮して絞り出した条件はこれだ。
「僕に武術を教えてください」
さすがに面食らっただろうお姉さまに構わず続ける。
「勿論、少し習った程度でお姉さまに勝つなんて無理でしょう。修行した年数も、自身の才能も僕よりずっと上だろうから。きっと僕は一生貴女に勝てない。でも――」
それでも――。
「それでも、何もせずただやられたくはないんです……」
僕だって男だから……。上手く言い表せないけれど……――。
「……そうね、少しでも納得したかたちがいいわよね。中途で破門された身だけど、できるかぎりはするわ」
「それと……――」
条件、多少狡さも交えた、を付け加える。
「絶対に痛くない……ぇと……金的のプロテクターを用意してください。お姉さまのことだから練習でも金的をするでしょう。けれど、それで毎回倒れていたら練習になりませんし、ただ貴女を喜ばせるだけですから」
意地悪にも聞こえるだろう、実際意識して言ってる。格闘技の試合等で選手は股間にプロテクターを着用してるはずなのに、それも狙いすました一撃でなくとも、股間に当たれば中断されるくらい絶大だ。練習でも股間を蹴り上げてくるだろう彼女相手となれば必須のアイテム。
「用意できないならダメです」
狡いのはここ。そんなものが存在し得るか。既にあるなら用いられている筈だ。けれど、実際に防具越しでも選手達は悶絶する。僕は分かっていて無理を押し付けた。
「……絶対に痛くないファールカップ……。なるほどね……――」
僕の狡知に……きっと気付いているだろう……お姉さまは思案を巡らせたか暫しの沈黙。けれど――。
「――解ったわ。本物のあん肝みたく一週間で……とはいかないでしょうけど約束する」
条件を飲んでくれた。……困ったことに。……男の股間を蹴ることに尋常じゃない執着を抱く彼女のこと、本当に用意してしまうのだろう……辛い。
……本物のあん肝を一週間で用意……うーん、どこかで聞いたような……。
「そしてこれが最後の条件なんですが……――」
僕は弱々しくお願いした。
「――笑わないでください……」
困惑したろう彼女に僕は続ける。
「その……股間蹴られて苦しんでいるところを笑わないんで欲しいんです。……あの瞬間、僕は『男』じゃなくて『ただの弱い生き物』になっている気がするんです……」
言っていて恥ずかしく最後は消え入りそうな声になっていた。男としてのプライドというかなんというか、股間蹴られて悶えているところを笑われるのは、それが女性からだとより一段と異様に辛い。幼い頃サキに笑われたのは蹴られた痛さと相まって、痛くて痛くてまともに思考なんてできない筈なのに、とても辛いものとして心に刻まれている。
「……そうね、解ったわ。精神的にも辛いものね。……けれどごめんなさい。無論、嘲ることはしないわ。でも……でも、金的するのはどうしても好きだから、愉しさから出る笑み、それは許して欲しいの」
歎願の眼差しを拒否なんてできなかった。嘲笑うことをしない……いや、笑われる男の苦しみに理解を示しただけでも十分だったから。
「ありがとうございます」
「ううん、こちらこそアリガト」
抱き寄せるお姉さま。彼女の腕の中で不思議と僕は「妹になる」の何かを得たよう思えた。