望略紗
お姉さまの手は、冷えたタオル越しにじっくりと僕の金的を撫でるように動いていた。その冷たさにほっとする反面、優しくもどこか計算された指の動きが僕を妙にくすぐったくさせる。
「……うん、だいぶ熱は引いてきたみたいね。でも、もう少しだけ。ちゃんと冷やさないとダメよ」
お姉さまの手が今度はタオルの上から円を描くようにゆっくりとマッサージを始めた。
「う……っ……ん」
僕は思わず声を飲み込んだ。痛みはない。けれど、あまりにも繊細な感触が全身をざわつかせる。タオル越しとはいえ、彼女の指先が触れるたび、心臓の鼓動がどんどん速くなっていく。
「ふふ、瑞祈。そんなに緊張しないで。私は、これでも『金的のケア』には慣れてるんだから」
お姉さまの言葉には、どこか懐かしむような色が混じっていた。そしてふと、彼女は視線を落として、静かに語り始めた。
「瑞祈……言ったわよね、私は金的攻撃に魅入られてしまったと。昔の私は、金的攻撃、それだけが好きだった」
さらりと口にした言葉、二度目であっても男の僕は一瞬息を呑んでしまう。
「正直、男の人が蹲って悶える姿を見ると……何とも言えない快感があったの。弱いはずの女が強いはずの男を簡単に仕留めることができるって」
その言葉に彼女の過去の冷酷さが垣間見える気がした。だけど、今目の前にいる彼女からは、その残酷さは感じられない。
「でもね、ある日、道場で金的されて蹲った男性を介抱してあげた際にね……」
彼女の指が、タオルの上から優しく撫で続ける。僕は恥ずかしさを抑えながらもその心地よさに身を委ねるしかなかった。
「その時、彼にありがとうって言われたのよ。自分を手当てするのは金的の痛みがわからないはずの女に、だというのに」
お姉さまは少しだけ微笑み、その記憶を思い出しているようだった。
「その時初めて思ったの。蹲る男をただ眺めて楽しむだけじゃなくて、手を差し伸べてあげるのも悪くないなって」
彼女の声には、どこか優しさが混じっていた。まるでその瞬間から、彼女の中で何かが変わったことを物語っているかのように。
「だから今は、こうして介抱するのが楽しいの。……もっとも、ちょっとは愉しませてもらうけど」
僕は答えることができず、ただタオルの冷たさと彼女の手の感触に身を任せた。その優しさに隠された意地悪が、僕の心を微妙に揺さぶり続ける。
──
「さぁ、休憩はここまで。続きましょうか」
お姉さまの冷たい手が、僕の額に軽く触れた。優しいけれど、どこか挑むような目。あの温度差が僕を変に落ち着かせてくれるんだから、不思議なものだ。
「準備はいい?」
僕はコクンと小さく頷き再び稽古に向かった。
その後の稽古は、思った以上にハードだった。ファールカップを装着した股間は相変わらず違和感ありまくりだけど、蹴りが飛んできても痛みを感じないのがありがたかった。
けれど──
「そこよ、瑞祈。蹴りに夢中になると、その一瞬が命取りになるわ」
お姉さまの鋭い声にハッとする。
そう、何度も教えられたはずだ。蹴りは攻撃のチャンスであると同時に、隙も生みだしてしまう。股間をカバーしきれないまま踏み込むのが、いかにリスキーか──ファールカップでノーダメージとはいえ、痛いほど思い知らされた。
「今のは良かったわ。でも、まだ甘い」
お姉さまの言葉にはどこか満足そうな響きがあった。僕がちゃんと学んでいることを、彼女はわかっているのだろう。
──
その日の稽古を終えて、夜の部屋に戻ると、一気に疲労感が押し寄せた。ベッドに横になり、ふうっと深いため息をつく。
(今日もいろいろあったな……)
あの、休憩中の出来事――金的を冷やされたときのことが頭をよぎる。お姉さまの指先、タオル越しの冷たさ、そして彼女のあの声。
「介抱するのも悪くないなって思ったのよ」
ふと耳元で囁かれたような気がして、僕は慌てて頭を振った。
「……何を考えてるんだ、僕は……」
枕に顔を埋めて、ひとりごち。けれど、その感触は何度も甦る。お姉さまの、あの優しさと、少しだけ混じった意地悪さ。あの絶妙なバランスが、僕を何とも言えない気持ちにさせる。
(僕なんかにどうしてあんなに丁寧に……)
冷静に考えれば、お姉さまの介抱が「普通」であるわけがない。けれど不思議と嫌な気持ちはしなかった。ただ、心の中に小さなざわめきが残っているだけ。
それに──
「瑞祈の金的を冷やすのは私の役目よ」
あの言葉がどうしても胸に引っかかる。
(あれって……どういう意味だったんだろう?)
僕はベッドの中でごろりと身を翻す。彼女の趣味且つ姉であることの意味するのだろうか。でも、考えても答えは出てこない。
身体は疲れているはずなのになぜか目が冴えてしまう。今日の稽古でいくつもの蹴りを受けても痛くなかったファールカップのこと──でも、それ以上に、彼女の言葉や仕草が僕の心に深く残っている。
(やっぱり、お姉さまは……ただの優しさだけじゃない気がする)
そう考えた瞬間、胸の奥がじわりと熱くなるような感覚に襲われた。意味のわからない不安と、同時に、どこか安心感にも似たもの。
情けなくて、でもなんか温かくて……。
「……泣けるね」
自分で自分に言い聞かせるように呟いて再び目を閉じる。けれど、彼女の存在がまるで消えることはなく、僕の心の中に居座り続けていた。
どこかちょっぴり意地悪で、だけど誰よりも優しいお姉さま──。
僕はそんな彼女の姿を思い浮かべながら、深い眠りに落ちていった。




