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第8話 初めての、魔物討伐

 闘技場の熱気が残る体を引きずるように、三人はギルドの受付カウンターへ戻った。

 受付の女性がギルドカードの提示を求め、二人は貰ったばかりのギルドカードを渡した。

 ギルドカードを受け取った受付の女性は、水晶の台座にギルドカードをセットし、ギルドカードの書き換えが行われた。


 「これでクリスさんとヒエイさんのギルドカードはGからFランクになりました」


 クリスはカードを受け取り、ランクの刻印を指先で確かめた。たった一文字の違いだが、心にのし掛かる重さが違うように感じていた。


「商会に行く前に言ってた稽古の件だけど、明日の朝から毎日の鍛錬ついでに宿の庭で教えてあげる」

 

 後ろに立っていたユキがそう言った。クリスが頷くと、隣でヒエイがユキの方へ体を向けた。


 『俺にも稽古をつけてもらえますか』

 

 ユキは一拍置いてから、柔らかく笑った。

 

 「いいよ」


 「私は宿に戻るけど、二人はどうするの?」

 

 「討伐クエストを受けます」

 

 クリスがそう答えると、ユキは「気をつけてね」とだけ言い、ギルドの扉を抜けて出て行った。白い狐耳が扉の向こうに消えると、周囲の喧騒がまた戻ってきた気がした。


 クリスとヒエイは壁際のクエストボードへ向かった。

 依頼書がびっしりと貼り付けられた掲示板を、二人で端から端まで眺める。羊皮紙のような紙に手書きの文字が並んでいる。言語理解スキルのおかげで読めるのだが、内容の多さに目が泳いだ。


 クリスは眉を寄せ、クエストの紙を一枚ずつ、落とし穴がないか確認し、一枚の紙に目を向ける。

 

 「ボアの10匹討伐。ヒエイ、これなんかどう?」

 

 クリスが一枚を剥がしてヒエイへ差し出した。



討伐依頼Fランク


ボアの10匹討伐

証明部位 額の角

報酬 銀貨2枚

違約金 なし

追加報酬 討伐数に応じて



『いいんじゃない』


 ヒエイはそう言いながら、自身が見つけためぼしい別のクエストの紙を一枚、手に取った。

 

『こっちの、ヒーリング草の採取も並行してやらない』


 ヒエイは剥がしたクエストの紙をクリスに見せる。



採取依頼Fランク


ヒーリング草

葉が5枚で1束

報酬 銅貨1枚

違約金 なし

品質が悪いと減額あり

追加報酬 数に応じて


 

「OK、いいじゃん。受注しに行こう」

 

 二人は受付カウンターへ戻り、クリスが依頼書を二枚まとめて受付の女性に差し出す。

 

 「お姉さん、このボアとヒーリング草について聞いてもいいですか」

 

 受付の女性は軽く返事を返し、カウンターの下から大雑把に描かれた周辺地図を広げた。


 「ヒーリング草はこの街の周りの草原に、雑草に紛れて生えています。葉が濃い緑色で白い花をつけているので、すぐわかりますよ」

 

 受付の女性は手慣れたように、ヒーリング草のイラストが描かれた紙を見せながら、地図の上を指先でなぞり、指し示す。


 「次にボアですが、ボアはこの街の周りの草原に穴を掘って生息しています。こちらが攻撃しない限り温厚なんですが、ものすごい繁殖力ですぐ増えてしまって……。それで街の方からクエストが出ているんです」


 最後の一言に、受付の女性の苦労が滲んでいた。

 

 「クエストの受注をします」

 

 クリスがそう告げると、受付の女性は依頼書二枚にハンコを押した。乾いた音が二度、カウンターに響いた。


 

 街の東門を抜けると、草原の風が正面から吹きつけた。

 草の青臭さと土の湿り気が肺に広がる。この世界に来た初日に嗅いだ匂いと同じだ、とクリスは思った。あの時と違ったのは、冒険をするために街の外に出る。それだけで、クリスの瞳に映る景色の見え方は、大きく変わっているような気がした。


 「よし、ボア探すか」

 

 クリスは拳を空高く上げ、元気よくそう言って歩き出す。

 二人が街の東門を出て、しばらく馬車道を歩いていると、ヒエイが遠くに目を細めた。

 

 『あれじゃない?』


 ヒエイはクリスにも見えるように、小さく人差し指で草原の方を指し示した。


 「どれ、どれ」


 クリスはヒエイの手元を見てから、人差し指が指し示す方向をむき、目を細める。

 

 二人が目を細める視線の先には、草原の向こうに、のんびりと草を食む黒い影があった。それは黒い豚のような見た目で、額に一本の角が生えたような生き物だった。クリスは視線を向けたまま鑑定を走らせた。



ボア

魔物

Lv2

HP6/6

MP1/1

SP7/7

筋力  :2

防御力 :5

敏捷性 :8

器用値 :1

精神力 :1

幸運値 :0

スキル 突進Lv1

    穴掘りLv1

 


「そんなに強く無い。どうする?」


 クリスは声がボアに届くのを警戒して、ヒエイに小声で話しかけた。

 

『少し近づいて銃で撃つ』


 ヒエイも小声でそう言うと、アイテムボックスから静かにM1911を取り出した。

 ヒエイはハンドサインでここで待てとクリスに指示を出し、M1911を両手で握りしめると、M1911のセーフティを外した。

 草が折れる音や擦れる音、そんな音を立てないように足音を殺しながら、ボアの背後へ回り込むように接近する。ヒエイは五メートルほどの距離まで接近すると足を止める。頭を横に向けるボア、ヒエイは照準をボアの頭へ定めた。

 

 そして引き金を引き、一発。


 乾いた銃声が草原に弾けた。弾はボアの頭に命中し、そのまま横に崩れ落ちる。あっけないほど静かな決着だった。


 「よし、命中」

 

 クリスはガッツポーズを取りながらボアへ近づき、倒れた獲物を見下ろした。それからふと、何かを思い出したような顔で言った。


 「ボアの証明部位、額の角だけど……ヒエイは魚さばけるし、解体とかできる?」

 

 『流石に出来ないよ』


 ヒエイは目を細めて小さく「はは」と笑う。


 「やっぱり」

 

 クリスはあっさりと笑い、ボアをまるごとアイテムボックスへ放り込んだ。角だけ取り出す方法は、後で考えればいい。


 その時だった。


 草原の地面が、あちこちで小さく揺れた。

 どこからともなく草むらから、黒い影が次々と顔を出す。先ほどの銃声を聞きつけたのだろう、ボアの群れが、クリスとヒエイを取り囲むように姿を現した。数は、ざっと見ただけでは数えられない。


 「いっぱい来たね」


 クリスは静かにそう言い、目の前の群れを鑑定した。


「レベルは1から、高くても5」


『OK。俺は遠くのを狙うから、クリスは剣で近くのを頼む』

 

 ヒエイの声はどこか冷静だが、片方の口元の口角がわずかに上がっていた。


「分かった。MP切れになりそうになったら改良マナトランスファード使うから」


 言葉が終わると同時に、クリスは腰の剣を引き抜いた。ヒエイと背中合わせに立ち、それぞれ正面を向く。

 

 すると前から、一匹のボアが突進してきた。

 

「ライトスラッシュオーラ」

 

 クリスの声とともに、剣に白い光が纏わりついた。突進してくるボアの頭目掛けて振り下ろすと、光の斬撃が走り、ボアの頭部に傷が走る。ボアは後ろ向きに倒れる。


 それが合図になるかのように、次々にボアが突進してくる。


 クリスの背後で、ヒエイは一発、また一発と弾丸を発射し、その照準は突進してくるボアの額を正確に捉えていた。銃声が鳴り響く中、M1911からは空薬莢(やっきょう)が一発、また一発と排出され硬い地面に転がる。弾がボアの頭に命中するたびに、黒い影が一つずつ地に伏せていく。


 クリスも負けじと、突進してくるボアへ、光の斬撃を叩き込んだ。


「ライトスラッシュオーラ、ライトスラッシュオーラ——」


 息継ぎもなくクリスは魔法名を叫び続け、光の刃を次々に飛ばした。

 その光の斬撃はボアの頭部を次々に切り飛ばし、ボアは倒れて行く。


 『リロード!』

 

 ヒエイはそう叫び、声が辺りに響き渡る。ヒエイはM1911から空のマガジンを引き抜き、防弾チョッキの前ポケットにしまう。前ポケットから素早く予備マガジンを取り出し、予備マガジンを差し込み、スライドの左側面にあるレバーを親指で押し下げる。


 クリスはヒエイがリロードするその一瞬の隙を埋めるように魔法を発動する。


「サンダーサークル」


 クリスが叫ぶと、二人を中心に雷の輪が広がり、地面に薄く展開する。群れの先頭が輪の内側へ踏み込んだ瞬間、弱い雷撃がボアの全身に走る。ボア相手には一撃だった。


「MP回復する。《マナトランスファード》」

 

 クリスは胸に手を当て、自身にMP回復の魔法を掛け、大気中のマナを集めて即座にMPを回復する。自身に魔法を掛けると、今度はヒエイの肩に触れてMP回復の魔法を掛けた。


 一方、ヒエイは《サンダーサークル》の魔法で出来た僅かな余った時間で弾薬を生成する。


『弾薬無限』


 ヒエイは手のひらに十発の弾薬を生成し、前ポケットに差し込まれた空のマガジンに弾を装填していく。


 《サンダーサークル》の魔法が徐々に弱まって行き、魔法の効果が切れる頃には、ヒエイは弾込めを終えて防弾チョッキの前ポケットへマガジンを差した。押し寄せてくるボアへ次々と照準を定め、引き金を引いていく。


 それと同時にクリスもMPの回復を終える。

 

「回復、終わった。サンダーアロー」


 クリスがそう叫ぶと周囲に雷の矢が十本、ぶわりと形成された。指先を向けると、それらが一斉にボアの群れへ放たれる。着弾のたびに、草原に短い電光が散った。


 それからも、二人は狩り続けた。


 ヒエイが撃つ。クリスが斬る。ボアが倒れる。また次が来る。

 その繰り返しが、どれだけ続いたか分からない。銃声と魔法名が混ざり合い、マガジンが何度地面に落ちたかも数えられなくなった。

 クリスのMPが底をつきかけるたびに《マナトランスファード》で補填し、ヒエイの弾が尽きるたびに「弾薬無限」で補充する。

 その繰り返しだった。


 気がついた時には、草原のあちこちにボアが折り重なるように倒れていた。


「あれで最後」


 クリスがそう言って指を指す方向から、一匹のボアが突進してくる。

 

『了解。残りを倒す』


 ヒエイは手慣れた動きでリロードし、突進してくる残りのボアの眉間へ的確に狙いを定め、引き金を引き、弾を当てる。最後の一体は数歩ゆっくりと前に進み、力尽きるように草の上に崩れ落ちた。


 静寂が戻ってきた。

 

 風が草を揺らす音だけが、広い草原に残った。



 クリスとヒエイは、ほぼ同時に地面へ座り込んだ。


『「終わった~~~~」』


 二人の力の抜けるような声が重なり合った。


「死ぬかと思った、私」

 

『俺も』


 息を切らしたまま、二人は顔を見合わせた。どちらの顔にも、疲労が滲んでいる。

 

「何匹倒した?」


 疲れが滲み出た表情で、クリスは疲れ切った笑顔をヒエイに向ける。


『分からん。……100匹くらい』


 ヒエイも疲れた声でそう答えると、草の上に仰向けで倒れた。空が広く、どこまでも青い。それだけを確認して、ヒエイは大きく息を吐いた。


 「少し休んだら、アイテムボックスにしまい始めよ」


 返事はなかった。クリスも背中から倒れ込むように、草の上に寝転がる。


 しばらくの間、二人はそのまま動かなかった。草原の風だけが、静かに二人の上を通り過ぎていった。




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