第7話 冒険者ギルド、そして現実
「ここが冒険者ギルド」
クリスがそう言って足を止めた先に、剣と杖が交差して中央に冒険者ギルドと書かれた看板が掛かっていた。重い木の扉は、押さなくても内側から漏れてくる喧騒でそれと分かる。
三人が扉を押して中に入った瞬間、煙草と酒と革の混ざった匂いが鼻を突いた。
広い室内のあちこちに、鎧や武器を身につけた男たちが陣取っている。壁際の掲示板には依頼書が何枚も貼り付けられ、カウンターの前には手続き待ちの冒険者が数人並んでいた。入ってきた三人に気づいた男たちが、値踏みするような視線をちらりと向けてくる。中には何か囁き合っているものもいた。
クリスは思わず半歩、後ろに引いた。
それを横目に、ユキはまったく動じる様子もなく、カウンターへ向かって真っすぐ歩いていく。その背中は小柄だったが、揺れ一つなかった。クリスはヒエイと並んでその後ろに続いた。
カウンターに近づいたとき、受付に立っていた女性がユキの顔を見て表情を変えた。
「ユキさん、お久しぶりです。今日はどのような要件で来られたのですか」
「この二人のギルド登録しに来たの」
ユキがクリスとヒエイに目を向けてそう言うと、受付の女性は二人を確認して頷いた。
「そうですか。ではこちらの水晶に触れてください」
カウンターに置かれた水晶を見て、クリスは小さく胸を弾ませた。
(異世界によくある鑑定の水晶だ!!)
クリスは小さく胸を弾ませながら、水晶にそっと手を置くと、水晶にステータスが浮かび上がった。
ステータス
クリス
種族 人間族
クラス ?????
Lv1
スキル ?????
鑑定分析
一般常識Lv1
光魔法Lv1
言語理解
アイテムボックスLv1
魔力操作Lv1
称号 なし
罰罪 なし
受付の女性が水晶の台座にギルドカードをセットすると、カードに光が走り、ステータスが書き込まれた。
受付の女性は書き込まれたギルドカード確認した瞬間、眉をわずかに寄せた。
「クラスがハテナの人は初めて見ますね。聞いたことがありません……」
その言葉には責める色はなかった。ただ純粋に、見たことがないという困惑だった。クリスは苦笑するにとどめた。
続いてヒエイの手続きも滞りなく終わり、受付の女性は二枚のギルドカードをそれぞれに渡した。カードを受け取りながら、クリスとヒエイはこういう場面で大抵起きるはずの「何かトラブル」が何も起きなかったことに、少し拍子抜けした。
受付の女性は二人にギルドの説明を静かに始めた。
「冒険者のランクはGからSランクになり、ギルドカードはすべての街の入市税が免除となります。魔物を討伐するクエストを受けられるのはFランクからで、GランクからFランクへのランクアップ試験は今すぐにでも受けられます。そのほかの規約はこの手帳を見てください」
手渡された手帳をぱらぱらとめくったヒエイが、隣にいたクリスに小声で言った。
『ネットゲームのルールブックみたいな内容だな』
「うん、そうだね」
クリスも隣から覗き込みながら同意した。手帳の中身は几帳面な文字でびっしりと埋まっている。言語理解スキルのおかげですらすら読めるのだが、内容の密度はなかなかのものだった。
ざっと目を通すと、要点はこうだ。
ギルドカードの貸し借りや売買は規約違反。自分や他人のステータスをみだりに明かすことも禁じられている。暴言や暴行は注意と警告を経た上で改善がない場合はギルドカードの剥奪、場合によっては永久登録禁止。一方で、冒険者同士や係員への礼儀についての項目が一ページまるごと割かれていて、クリスは思わず「親切だな」と思った。
討伐関係の規約も細かかった。他人の獲物の横取り禁止、不正な素材の受け渡しによるランクアップの禁止、ヒエイが言った通り、完全にネットゲームのルールブックだった。クリスは手帳にざっと目を通すと、手帳を静かに閉じる。
「今からFランクへのランクアップ試験やりたいのですが」
「わかりました。今、試験官を呼んできます」
受付の女性がカウンターの奥へ消えた。しばらくして戻って来ると、受付の女性は眉を寄せ、困惑が滲んでいた。
「すみません今、試験官をできる者がサボっていなくて」
受付の女性は笑顔で告げるが、その裏には確かな怒りを滲ませていた。
「私がやりますよ」
後ろにいたユキは静かに名乗りを上げ、受付の女性が若干驚いたようすで声を上げる。
「でも、ユキさんは引退したんじゃ…… それにブランクもありますし」
「これでも、毎日鍛錬を欠かしませんし。ランクの判断は出来ますよ」
ユキの声は穏やかだったが、揺るぎがなかった。受付の女性はしばらく迷った後、眉を寄せて小さくため息をついた。諦めたというより、信頼したという顔だった。
三人は受付の女性に連れられてギルドの闘技場へ案内された。
ギルドの闘技場は、ギルド棟の奥に設けられた石造りの小さなステージだった。観客席こそないが、壁際に備え付けの武器棚があり、天井の高い窓から光が差し込んでいる。
闘技場に足を踏み入れた三人。
クリスとヒエイが興味深そうに武器棚を眺め、受付の女性から説明を受けている中、ユキだけは違った。
ユキは迷うことなく棚から二本のダガーナイフを抜き取ると、鋭く逆手に構えた。
その瞬間、空気が変わった。
宿で給仕をしていた時の笑顔も、街を案内してくれていた穏やかさが、一変した。代わりにあるのは、研ぎ澄まされた静けさだった。体の重心が低く、どこにも無駄がない。
クリスとヒエイは互いに顔を見合わせた。言葉は出なかったが、二人の間に同じ感覚が走った。
「どっちから始める?」
「私がやります」
緊張感が漂う中、息を飲みクリスが一歩前に出た。クリスはウエストバッグから取り出した様に見せかけ、アイテムボックスから聖女の宝剣を取り出す。クリスは剣身を下にして剣を握り、ステージの階段をゆっくりと上がり、ユキと向き合った。
ヒエイはステータスの外から、腕を組んで二人を見守る。心配を表に出してはいないが、その目だけが落ち着きなく動いていた。
「お二方は準備をしてください」
二人の間に立つ受付の女性の声が闘技場全体に響く。
ユキがダガーを構える。クリスは腰の剣を引き抜き、うろ覚えの知識を手繰りながら上段に構えた。剣先が右斜め上へ向く。
「双方準備はいいですか? ランクアップ試験……はじめ!!」
クリスは動いた。
「ライトスラッシュオーラ」
クリスが魔法名を叫ぶと同時に剣に白い光が纏わりつき、斜めに振り下ろした刃から光の斬撃が飛んだ。空気を切り裂いて走る閃光は、クリス自身も驚くほど鮮やかだった。
しかしユキは止まらなかった。
左、右。光の斬撃を流れるように躱しながら、ユキの足は一歩も止まらずクリスとの距離を詰めてくる。
「くっ、素早い」
焦りがクリスの喉を締める。剣を振り、また光の斬撃を飛ばした。一発ではなく、複数。角度を変えて、間を変えて。
それでもユキは止まらなかった。
右に流れ、左に沈み、体を低くしながらすり抜けてくる。その動きには迷いが一つもない。クリスの攻撃を避けながらも、ユキの目はずっとクリスを見ていた。見切っていた。
死角から、首元に冷たい感触が触れた。
「そこまで」
受付の女性の声が届いた時、クリスはその場に膝をついていた。背中に汗が張り付いている。呼吸が乱れていた。
ユキがダガーを引き、クリスの正面に立った。
「レベル1であのオリジナル魔法の攻撃は悪くないけど、焦りすぎだよ。冷静になって落ち着いて判断しないと死ぬよ。……あと、避けられた時の事も考えて技をいくつか用意した方がいいよ」
クリスは唇を噛んだ。言葉のどれもが正しかった。避けられた瞬間に頭が空白になったのを、クリス自身もよく分かっていた。
「今のままだと確実にCランク止まりだよ」
その言葉が、クリスの胸に静かに刺さった。
ユキはしかし、すぐに表情を変え、やわかな表情でクリスに手を差し伸べる。
「とはいえ、これだけ動ければ合格だよ」
クリスはその手を握って立ち上がり、小さな声で言った。
「ありがとう」
悔しさはある。でも、怒る気にはなれなかった。ユキの言葉には、切り捨てる冷たさがなかった。
クリスと入れ替わるように、ヒエイがステージに上がった。
クリスはステージの下から二人を見上げる。ヒエイはクリスが落ち込んでいるのではないかと心配になり、横目で様子を窺った。だが、クリスは大丈夫と目だけで返してくる。
安堵したヒエイは、周囲の目を欺くようにウエストバッグへ手を伸ばし、アイテムボックスから銃(M1911)を取り出した。
『銃作成』
静かな呟きとともに、手の上から空の拡張マガジンが1つ生成された。続けて無限弾薬スキルを発動し、十発のゴム弾を作り出す。それらを迷いのない手つきでマガジンへ弾を込める。さらに予備として七発のゴム弾を作り出し、通常マガジンへ装填して防弾チョッキのポケットに差し込んだ。それから拡張マガジンをグリップの底に差し込み、スライドを引く。一連の動作に淀みがない。
日本にいた頃、海外の射撃場で本物の銃を撃った経験を持つヒエイの手に、迷いは一切なかった。
「見慣れない武器だね……」
ユキがヒエイの手元を遠くからまじまじと見つめ、ぽつりと呟いた。興味深そうでもあり、警戒しているようでもある目だった。
ヒエイは頭を掻きながら、ユキにも伝わるよう言葉を選んだ。
『飛び道具かな……今は非殺傷にしてあるけど、本来は金属の礫を飛ばす武器かな』
「弓みたいな感じ?」
『まあ、そう』
緊張しているのか、警戒しているのか、場の空気が若干冷えて短い沈黙が落ちた。それを待っていたかのように、受付の女性が口を開く。
「お二方は準備をしてください」
受付の女性の声が闘技場に響き、クリスはステージの下からまっすぐにヒエイを見つめ、静かに見守っていた。
ユキが再びダガーを逆手に構え、ヒエイは銃(M1911)を両手でしっかりと握り締め、照準をユキの肩へ向ける。
「双方準備はいいですか? ランクアップ試験……はじめ」
受付のお姉さんの掛け声とともにヒエイは即座に引き金を三度、間を置かずに引いた。
三発の銃声が、闘技場に響き、ユキの凄まじい動体視力は、銃身から放たれた弾丸を即座に捉えた。
ユキは目にも留まらぬ早さで、右手を振り、ダガーに弾が当たる音と共に、一発、二発、三発と弾を軽々叩き落とす。
叩き落とされた弾は、床に弾んで転がる。
ヒエイは照準をユキの腹部や足へ変え、弾を撃つ。
しかし、ユキは火を吹きながら銃身から放たれる弾丸をダガーで弾きつつ、弾を避ける。
ヒエイはユキのあまりにも高い動体視力と身体能力に焦りを見せる。
『普通、避けられないだろ』
そう呟きながらも指は動いている。ヒエイは銃のスライドが後退すると、即座に空の拡張マガジンを床に落とし、防弾チョッキのポケットから予備マガジンを抜き取る。
ヒエイは手早く予備マガジンを押し込んだ。
しかし、ヒエイが予備マガジンを抜き取る間にも、ユキはヒエイに接近していた。銃のスライドを前進させて、リロードを終わらせる前には、すでに、ユキとヒエイの間合いは手の届く距離にあった。
『銃作成』
ヒエイは即座に左手で銃剣ナイフを生成し、ユキの手から振り上げられるダガーへ、そのナイフを割り込ませる。
ユキのダガーの攻撃をヒエイは銃剣ナイフで防ぎ、金属が噛み合う音が、一瞬でその場に響く。
しかし、ユキとヒエイの力が違った。
ヒエイの体が大きく後ろへ弾かれ、石の床に背中から叩きつけられた。ヒエイは衝撃で思わずうめき声を上げる。
ユキはすかさずダガーを突きつけ、ヒエイは自身の首元に、冷たい感触を感じた。
「そ、そこまで」
受付の女性の声が、どこか遠くから届いた。
ユキがダガーを引いた。ヒエイはゆっくりと上体を起こすが、若干、背中が痛いようで、背中を軽く擦る。
ヒエイが立ち上がったのを確認してから、ユキは静かに口を開いた。
「最後のナイフで攻撃を防いだ機転は良かったよ」
ユキは笑顔でそう褒めると、表情を一変させ、目が、すっと引き締まった。
「魔法付与もされて無い金属の礫が魔物に通用するのは、精々Cランクの魔物までだよ。だから魔法付与を覚えたほうがいいよ」
言葉は短く、冷たくも聞こえる。しかしその奥には、ユキなりの気遣いが確かに滲んでいた。突き放しているのではなく、先を見据えて言っているのだと、ヒエイには分かった。
「試験は合格」
ユキは切り替えたように笑顔になり、短く告げた。
二人共合格した。だが、どちらも言葉が出なかった。
Cランク止まり。魔法付与なしでは通用しない。ユキの言葉は短かったが、それが指している先は遠かった。今の自分たちに何が足りないか、何をしなければならないか。二人はそれを、頭ではなく体で教わった試合だった。
クリスは自分の手を見下ろした。剣を握っていた右手に、まだ微かな感触が残っていた。
「……強くなる」
小声で、独り言のように呟いた。
ステージから降りたヒエイが、下を向くクリスに向けて小さく鼻を鳴らす。クリスが顔を上げると、二人の視線が交わった。「お互いに頑張ろうぜ」そんな言葉を交わさずとも、クリスにはヒエイの気持ちが痛いほど伝わっていた。




