第9話 薬草採集とギルドでひと悶着
「1、2、3、4……54、55。55匹。そっちは?」
倒れたボアを一体ずつアイテムボックスへ収めながら、クリスは声に出して数えていた。草原の端からヒエイが戻ってくるのが見える。
『65匹』
「じゃあ合わせて120匹」
ヒエイはその数字を聞いて、一瞬だけ目を丸くした。
『銀貨12枚だな。山分けで銀貨6枚ずつだ』
「素材の値段もあるからもう少し高くなると思う」
『だな』
二人は並んで立ったまま、倒れたボアが散らばっていた草原を見渡した。地面は赤黒く染まり、草が踏み荒らされている。先程までここで戦っていたのが、すでに遠い記憶のようにクリスには感じられた。
魔物とはいえ、クリスは今日初めて生き物を殺めた。驚くほど冷静な自分に、クリス自身が少し戸惑っていた。よく見れば、手が微かに震えている。それでも声には出なかった。隣に立つヒエイも、一見いつも通りに見えるが、普段より口数がわずかに少ない。二人とも、自分なりのやり方で、この静寂と向き合っていた。
「とりあえず、少し移動してヒーリング草でも探そうか」
『そうするか』
二人は血の染みた地面から離れ、少し歩いた先の、芝の上に一本だけ木が生えている場所へ移動した。
「ヒーリング草探す前に、ステータス見たい」
『確かに。戦闘中に頭の中で音が鳴り響いてたからな。しかも、あの頭の中で鳴り響く感覚は気持ち悪い、絶対に慣れそうにないかも』
眉を寄せ、気持ち悪さをあらわにした顔でヒエイが言う。それにクリスはうんうんと頷いていた。
「本当にそう。あの感覚は耳から音が聞こえる感覚と違って、不思議な感じがする。こう……なんか言い表せない感覚が……」
クリスも眉をひそめ、両手を宙に泳がせながら、その感覚を言葉と形で必死に表そうとした。結局、何も浮かばなかったようで、中途半端に宙を掴んだまま手が止まる。
二人は木の根元まで歩くと木陰に腰を下ろし、それぞれのステータス画面を展開した。
ステータス
クリス
種族 人間族
クラス ?????
Lv7
HP133/133
MP127/150
SP92/111
筋力 :70
防御力 :93
敏捷性 :79
器用値 :146
精神力 :86
幸運値 :56
スキル ?????
鑑定分析
一般常識Lv1
光魔法Lv2
言語理解
アイテムボックスLv1
魔力操作Lv2
称号 なし
ヒエイ
種族 人間族
クラス ガンナー
Lv6
HP120/120
MP28/103
SP99/131
筋力 :82
防御力 :72
敏捷性 :99
器用値 :94
精神力 :60
幸運値 :47
スキル ガンナー
鑑定分析
銃作成Lv1
弾薬無限Lv2
言語理解
アイテムボックスLv1
称号 なし
スキル詳細
ガンナー
分類 :クラススキル(内包スキル)
射撃補正Lv2
反応速度Lv1
「レベルめっちゃ上がった」
『俺も、レベル6になった。クリスはレベルいくつ?』
ヒエイが尋ねると、クリスは自信有りげにニヤリと笑い、満面の笑みで両手で示しながら答える。
「レベル7~」
『負けたか~』
ヒエイは悔しそうな、顔をしながら拳を強く握る。
「まあ、勝ち負けじゃないよ」
クリスが笑って答えると、つられてヒエイもふっと笑う。
『ステータス確認終わったし、ヒーリング草探しに行こう』
「OK」
木陰を離れ、二人は草原に広がる草むらの中へ踏み入った。しゃがみながら鑑定を走らせ、雑草の中に目当てのものを探していく。しかしそれも長くは続かない。しゃがみっぱなしの姿勢が腰に響いてくると、二人は揃って立ち上がり、腰を手で押さえながら別の場所を探す。それを何度も繰り返した。
「あった」
クリスが雑草をかき分けると、草の間に濃い緑の葉が五枚広がり、白い小花をつけた株が顔を出していた。
ヒーリング草
ランク☆☆
回復ポーションの素材になる
クリスがヒーリング草を見つけたすぐ後、少し離れた草むらの方から、ヒエイの声が飛んできた。
『こっちも、見つけた。どうするんだこれ』
クリスも負けじと大声で返す。
「葉っぱだけを摘んで。そうすると次もまた生えてくるから」
茎と花は残す。このヒーリング草は葉の部分がポーションに使用する材料で、茎と花が残れば、また生えてくる。
その後、二人は前のめりでしゃがみながら、手分けして草むらを歩き回る。気づけばそれなりの量が集まっていた。切り上げようと、再び木の下へ戻る。
「回復ポーションを作れると、いろいろと便利かもね」
クリスは腰に手を当てながら言った。長時間しゃがみ続けた疲れが出てきたらしく、腰をさすりながらヒエイへ目を向ける。
『そうだな時間があったら試して見るのも有りだな』
「じゃあ街に戻ろうか」
クリスはそう言うと、ヒエイの手を引いて歩き出した。傾きかけた日の光が、二人の影を草原に長く伸ばしていた。
冒険者ギルドの扉を開けた瞬間、昼とは違う熱気が押し寄せた。夕方になって仕事を終えた冒険者たちが戻ってきているのだろう、昼よりも人が増えている。
だが、人が増えると言うことは当然、ガラの悪い奴も出てくる。
体格が良く、目つきが悪い、ガラの悪そうな男が二人。そのうちの一人が、クリスを上から下まで眺める。
ガラの悪そうな男の舐めまわすような視線に、クリスは背中に虫唾が走るような不快感を覚えた。
「おまえさん、カワイイ面してるな。俺とイイコトしないか」
「ヒッヒッヒ」
もう一人が笑いながら横に並ぶ。
クリスの背筋が、一瞬で凍りつき、気づけばヒエイの背中に隠れ、服の袖を掴んでいた。
「そんな男よりも俺らのとこに来いよ」
男はそう吐き捨て、クリスはヒエイの背中に隠れたまま、肩越しに顔をひょこりと出し、男たちを睨みながら、ぼそぼそと呟いた。
「ギルティ、女の天敵、殺って良いよね。銃、頂戴」
目を光らせて、ぽつりと呟くクリスに、ヒエイは冷や汗を流しながら苦笑いを浮かべる。
『ギルティ』
ヒエイは振り返りもせず、即座に答えた。
『銃作成』
ヒエイの手の中に、小型の銃が生成された。テーザー銃だ。細い銅線ワイヤーが繋がった小さな投げ矢を発射し、電気ショックで相手を一時的に動けなくする。
クリスはヒエイの手からそれを奪い取るように受け取ると、男二人へ向けた。
「サンダーボルト」
引き金を引くのと、魔法を発動するのは、ほぼ同時だった。テーザー銃の投げ矢が男一人に刺さった瞬間、銅線ワイヤーを伝って電気が流れ込む。同時に放った威力を弱くした雷の魔法はもう一人の男に命中し、男二人が、その場に崩れ落ちる。
周囲の冒険者たちの視線が、一斉に集まった。
「なんですか、この騒ぎ」
席を外していた受付の女性がカウンターへ戻ってきて、倒れた男二人とクリスを交互に見た。
ヒエイが静かに前に出た。
『実は……』
事の顛末を話し終えると、受付の女性は呆れたように溜め息を付き、敵を見るかのような冷たい目を男二人に向け、クリスとヒエイに向き直った。
「お二人はお咎めなしです」
笑顔でそれだけ言ってから、受付の女性は切り替えたように、静かに話し始める。
「クエスト達成報告をしに来たのでしたね。証明部位を出してください」
「実は、解体とかできなくて……」
クリスが困り顔で言うと、受付の女性は一拍置いてから答えた。
「問題ないですよ。解体場がありますので、手数料を払えば解体してもらえます」
笑顔でそう告げながら、受付の女性は二人をギルドの奥へと案内した。
通路を抜けた先の離れの解体場は、大きい魔物を運び込むためなのか入口がとても大きく、入口の前に立つだけで独特の獣臭と血の匂いが混じり、その匂いが三人の鼻に届く。受付の女性が重そうな扉を開き、三人は中に入る。広い作業台の上では、ガタイのいい老人が手際よく魔物の解体を進めていた。腕の筋肉は年齢に似合わず太く、包丁の動きには一切の無駄がない。
「カー爺さん」
受付の女性が声をかけると、老人は手を止めてこちらを向いた。
「嬢、今日はどうしたんだ」
「新人さんをここまで案内しに」
受付の女性がそう告げると、カー爺さんはクリスとヒエイへ値踏みするような目を向け、静かに告げた。
「こっちだ」
カー爺さんが手招きし、作業台の前へ案内された。物凄く大きな机に、クリスは思わず「ここに出せばいいですか」と確認してから、ウエストバッグに手を入れ、アイテムボックスを開いた。
ボアが出てきた。一体、また一体、また一体。次々と積み上がっていく。
カー爺さんと受付の女性が、ゆっくりと目を見開いた。山になったボアの山を見上げながら、二人は声を失っていた。
「こりゃたまげたな」
カー爺さんは腕を組み、山になったボアの死体をしばらく眺めてから言った。
「流石に今日は無理だから、明日に来てくれ」
『わかりました』
ヒエイは静かに返事をする。
クリスとヒエイは解体場を出て受付カウンターへ戻り、ヒーリング草のクエスト達成報告を済ませた。
「これで依頼達成です」
受付の女性はギルドカードを二人に返し、クリスとヒエイはそれぞれ受け取る。
「初めての依頼達成だねヒエイ」
クリスが向ける満面の笑みに、ヒエイの返事が、ほんの一拍だけ遅れた。
「ヒエイ?」
キョトンとした顔でヒエイの顔を覗き込むと、ヒエイはびっくりしたようすで反応する。
「おお、そうだな初めての依頼達成だ」
二人のようすに受付の女性はニヤニヤしながら、依頼の報酬を二人に渡し、二人はギルドを後にした。
外に出ると、空はすっかり夕暮れに染まっていた。




