第3話 カルの街中で
馬車道に出て数十分。早くもクリスの足取りが怪しくなってきた。
クリスの一歩一歩の歩幅が狭く、ゆっくりになり、徐々に息が上がり荒い呼吸になる。
「……っ、もう無理。重すぎる。」
クリスは地面にへたり込むと、金属がこすれる音を立てて初期装備の鎧を脱ぎ捨て、アイテムボックスへと放り込んだ。
クリスが鎧を脱ぐと、鎧の下は首元が隠れ、袖のないノースリーブようなインナーだった。そのインナーはクリスの白い肌と華奢な肩のラインを露わにした。
鎧がアイテムボックスに消えた瞬間、肩がふわりと軽くなり、クリスは思わず大きく息を吸い込む。
ヒエイは掛ける言葉も見つからず、ただ呆然とクリスを見つめる。
しかし、視線をどこにやっていいか分からず、泳いだ瞳が何度も親友と虚空を行き来する。
クリスはその視線に気づくと、いたずらっぽく口角を上げる。
そして、ヒエイが愛してやまないアニメの軍服ヒロインの声を、完璧にトレースして言い放った。
「隊長さん早く行こう」
『うおおおおおおおお。やめろ---!!脳が破壊されるーー!!』
ヒエイの鼓膜を震わせたのは、聴き慣れた親友の声ではなく、かつて画面越しに数千回は聴いた、あの甘い声。
ヒエイは酷い頭痛に襲われたかのように頭を抑え、しゃがみ込む。
「あはは!」
クリスは悶絶する親友を、可笑しそうに大笑いしながら見下ろした。
そんな騒がしい道中を経て、二人の前にはようやく重厚な石造りの城門が立つ、カルの街が見えてきた。
入城を待つ列には、使い古された背負子を背負う行商人や、くたびれた革鎧を纏った冒険者たちが、だるそうに足音を響かせていた。
時折、彼らの横を追い越していく馬車の車輪が、乾いた土埃を舞い上げる。
前後を囲む群衆の視線が、場違いな身なりの二人に注がれては通り過ぎていく。
クリスは周囲を警戒しながら、「兵士への説明は私に任せて」と、隣のヒエイにだけ聞こえるよう小さくささやいた。
やがて二人の番が回ってくると、槍を携えた若い門番は、まずクリスに目を向けたが、すぐにヒエイの方へ視線を移し、上から下に目をやる。
「お前ら、この街へは何をしに来たんだ見慣れない格好だな……」
優しそうな門番のお兄さんはヒエイの上下迷彩服と、得体の知れないポケットが無数についた防弾チョッキを、始めて見るかのような目で見つめる。
すると、そんな空気を遮るかのようにクリスがすかさず一歩前に出た。
「私たちは村から出て、この街へは仕事を探しに来たの」
クリスがそう告げると、門番の意識はヒエイの怪しい装備から、目の前の可憐な少女へと移った。
「そうか、身分証は持っているか?」
門番のお兄さんは、クリスの無害そうな雰囲気と丁寧な言葉遣いに何も問題無いと判断したのか、不審がる様子がなくなる。
「いいえ、持ってません」
クリスが申し訳なさそうにそう答えると、門番のお兄さんは詰所から、拳よりも少し大きな透き通った水晶を取り出した。
「それだったらこの水晶に触れて名前を言え。ちなみに、犯罪を犯したり、してないよな?」
門番は冗談めかしに笑いながら、二人の前に水晶を出す。
『「もちろん」』
二人の声が綺麗に重なる。
クリスは心の中で、事前に苗字を消しておいた判断が正しかったことを確信しながら、二人はひんやりとした水晶へとそっと手を触れる。
「クリス」
『ヒエイ』
二人が自身の名前を言うと、水晶からホログラムの様に異世界の文字が浮かび上がり、簡易的なステータスが表示された。
ステータス
種族 人間族
クリス
クラス なし
称号 なし
罰罪 なし
ヒエイ
種族 人間族
クラス なし
称号 なし
罰罪 なし
(ステータスに罰罪なんて項目ないぞ)
クリスは眉を寄せ、隣に立つヒエイへ視線を向ける。そして、意識の隅で『鑑定分析』を念じた。
すると、水晶から映し出された簡易的なステータスとは違うヒエイの詳細なステータス情報が、クリスの視界に浮かび上がり、罰罪の欄に「なし」の文字が並んでいるのを見て、クリスは小さく頷いた。
(自身の罰罪はわからないけど他人から見ると罰罪が見えるのか)
クリスがなるほどとこの世界の理を一つ理解して納得していると、確認を終えた門番のお兄さんが親切そうに話しはじめた。
「二人ともクラスがないのか。教会に行ってクラスに就いたほうがいいぞ。そこで、クラス替えもできるから、仕事を探しているのならクラスに就いていたほうがいいぞ」
門番は水晶を片付けながら、親切に二人へアドバイスする。
『腕に自身があるのですが俺達が働ける場所はありますか?』
ヒエイのその言葉に、門番のお兄さんは迷うことなく話す。
「あるぞ、この道をまっすぐ行って大通りを右に冒険者ギルドがある。ギルドカードが身分証になるから持っておいたほうがいいぞ」
門番のお兄さんが街の奥を指差しながらそう話すと、二人は入市税という名の通行料、銀貨一枚を懐から取り出し、門番に渡す。
どうやらギルドカードで入市税が免除されるらしい。
受け取った門番は、硬貨が触れ合う金属音を立てて、腰の革ポーチへと手際よく収めていく。
ついでに宿屋についても尋ねると、門番は「少し高いが、飯もうまくて信頼できる宿だ」と一つの名前を挙げた。
二人は軽く頭を下げてお礼を告げると、夕暮れの影が伸び始めた石畳の上を歩いて、教えられた場所へと向かった。
「子狐亭、ここだ」
二人が宿の重厚な扉を押し開けると、カランと小気味よい鈴の音が響いた。カウンターの奥から姿を現したのは、透き通るような白い髪に、吸い込まれそうな水色の瞳を持つ少女だった。頭上でぴょこりと動く狐耳が、彼女が獣人であることを示していた。
「いらっしゃいませ。宿泊ですか? お食事ですか?」
ヒエイは彼女の澄んだ声とあまりの可憐さに、言葉を失って棒立ちになった。
(いかにもヒエイのタイプそうな子だな。 まさにどストライクだね)
クリスは彼女を見てそう確信し、案の定フリーズしている相棒を見てニヤリと笑った。
「宿泊です」
「何日お泊りですか?」
彼女の問いかけに、クリスはヒエイの肩を軽く揺らす。
「何日にする?」
クリスに肩を揺らされたことでヒエイはようやく我に返り、意識を現実に引き戻した。
『十日くらいでいんじゃない?』
「まあ、それくらいか? 私はクリス、こっちはヒエイ、十日間お世話になります」
クリスが明るく元気よく告げると、彼女もまた花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「私はユキです。ご丁寧にありがとうございます。相部屋でベッド2つにしますか? それとも二部屋にしますか?」
「じゃあ、相部屋で」
『えっ……』
クリスの即答に、ヒエイが驚いた声を漏らす。しかし、クリスは何食わぬ顔で聞き返した。
「だめなの?」
『いや……流石にそれはちょっと』
歯切れの悪い返事をするヒエイに、クリスは指を一本立てて、真剣な顔でプレゼンを始めた。
「理由その一、宿代が浮く。理由その二、何かあった時にすぐ動ける。理由その三、私たちの仲でしょ」
『いや、その三が一番怪しいだろ、もっと重大な変化があっただろ俺たちには!』
「気にしてるの、ヒエイだけだと思うけど?」
ここで理屈を並べるのも野暮だと悟ったのか、ヒエイは思考を放棄して黙り込んだ。
ユキは二人のやり取りにクスリと笑いながら、「八千リスになります」と告げた。二人はそれぞれ銀貨を四枚ずつ手渡した。
この世界の物価は、鉄貨一枚で屋台の串焼き肉が一串買える程度。
銅貨五枚もあれば一般的な宿屋に一部屋で一泊できる。
それを踏まえれば、相部屋で一泊銅貨8枚という価格はある意味、妥当といえるだろう。
「二階の一番奥の部屋です」
ユキはにこやかに言いながら二つの鍵を差し出した。
二人はそれぞれ鍵を受け取り、小綺麗な階段を上がり、言われた通り二階の一番奥の部屋へと向かった。
二人が部屋の扉を開けて中に入ると、そこは屋根裏の一部を切り取ったような空間だが意外にも広く、正面にある小窓から外の夕暮れの綺麗な光が差し込み、二人の顔を照らす。
クリスが手前のベッドに勢いよくダイブし、ヒエイは少し距離を置くように奥のベッドへ腰を下ろした。
部屋につくなり疲れが一気にきたのか、しばらくの間無言の時間が続く。
ベッドの上で寝転がるクリスは急に起き上がると、ウエストバッグから光魔法書下級を取り出して読み始め、部屋には紙をめくる音だけが響く。
『1、2時間経ったら下に、ご飯食べ行こ』
ヒエイの提案に、クリスは魔法書から顔を上げ、花が咲いたような笑顔を見せた。
「いいね~~いこ、いこ!」
『そう言うとめっちゃ食いそうで怖いな』
ヒエイはベッドの上で顔を引きつらせ、お財布の心配をしていた。
「そんなことないよ!!」
眉を寄せて膨れるクリスに対し、ヒエイは呆れたように過去を掘り起こす。
『だって、高校の修学旅行の時、朝のビュッフェで死ぬほど食ってたじゃん。お前の細い体のどこに食べた物が入っているのか不思議だよ。クラスやつ引いてたぞ』
「マジでーー」
『そらそうだろ。朝も、昼も、夜も死ぬほど食ってるの見たら、誰でも引くぞ。現にクラスの皆驚いていたしな』
「はず……」
クリスは小さな声を漏らし、魔法書で顔を隠すようにして俯いた。
夕日に照らされた頬よりもさらに赤く染まった彼女の耳たぶを見て、ヒエイは「……可愛い」と、かつての親友に対して抱くはずのない感情を抱いてしまった。
『でも、クリスなら暴食スキルとか獲得しそうだな』
「まさか~~」
夕暮れの部屋に、二人の明るい笑い声が溶けていった。




