第12話 魔物討伐
朝食を終えたクリスとヒエイは、再び宿屋の庭へ戻った。朝の光がだいぶ強くなり、芝生の上に伸びる影が短くなっている。稽古の時間に漂っていた朝霧はもうなく、庭には乾いた草の匂いが残るだけだった。
「どう? 魔力操作、出来そう?」
クリスが尋ねると、ヒエイは眉間にしわを寄せたまま答えた。
「魔力を感じることはできたんだけど……魔力の操作があまりうまくいかなくて……」
何度も目を閉じては開け、両手をじっと見下ろしている。感じた温かさをもう一度引き出そうとするたびに、それが指の隙間から逃げていくような、掴めそうで掴めない感覚が続いていた。
そんなヒエイの横で、クリスは芝生に腰を下ろし、羽ペンを走らせていた。何かをぶつぶつと呟きながら、紙の上に術式らしき文字と図形を書きつけている。書いては止まり、また書く。線を引いては眉をひそめる。
「さっきから何やってるの?」
ヒエイが練習の手を止めて聞くと、クリスは視線を紙から上げないまま答えた。
「防御魔法作ってる。これがまた難しくて」
完成した術式を、頭の中で何度も組み直しているようだった。
しばらくして、ヒエイは再び目を閉じながら、思いついたように尋ねた。
「魔力操作、コツとか無い?」
「コツとか言っても……」
クリスはペンを止め、宙を見上げた。視線が泳ぎ、やがてふとどこかに止まる。
「あ……あるよコツ! 呼吸だよ! 息を吸って、息を吐いた時に魔力操作がしやすくなるよ」
ヒエイは半信半疑のまま、言われた通りに試してみた。
大きく息を吸う。止める。ゆっくりと、吐く。
その瞬間だった。体の奥で、何かがすっと緩んだ。今まで霧を掴むようだった感覚が、息を吐くのに合わせて滑らかに動いた。温かい液体のようなものが、血管に流れ、内側をじんわりと満たしていく。
頭の中で、ピッ、と短い音が鳴った。
慌ててステータスを確認すると、スキル欄に新しい文字が並んでいた。
『魔力操作、できた……』
一拍の沈黙の後、ヒエイは空を見上げ、両手を突き上げた。
『やった〜〜〜!』
「ヒエイ、おめでとう」
クリスも立ち上がり、ガッツポーズを決めているヒエイの肩に手を置き、ほころんだ顔を向ける。二人はしばらく、その喜びの余韻に浸っていた。
ひとしきり喜び終えると、クリスが切り出した。
「そろそろ冒険者ギルドに行かない?」
ヒエイはちょうど一区切りついたところだったので、頷いて稽古を中断した。二人は宿屋を出て、報酬を受け取りに冒険者ギルドへ向かった。
ギルドに着くと、二人はまず解体場へ足を運んだ。扉を開けた瞬間、獣臭と血の混じった空気が鼻を突く。カー爺さんが作業台の奥から姿を現した。
「よく来たな。解体は終わっている。素材はどうする」
「2頭分の肉以外は売却で」
クリスがそう言うと、カー爺さんは頷いて奥へ戻っていく。
『ところで、何で二頭だけ肉を売らないの?』
ヒエイは肩を寄せてクリスに話しかける。
「料理に使うとか、干し肉にするとか緊急時の食料になるから。一頭ずつアイテムボックスに入れて置けばとか考えていたんだけど……」
『なるほどな……あ、でも俺、干し肉の作り方知らないけど』
「大丈夫、私が知っているから任せて」
『え、作れるの!』
「こういう豆知識だけは豊富にあるからね」
クリスは胸に手を当て、自信満々に答えた。
しばらくして戻ってきたカー爺さんの手には、小さな袋があった。それをクリスへ無言で差し出す。
受け取った瞬間、ずっしりとした重みが手のひらに伝わった。
「中に金貨が26枚と銀貨2枚が入ってる。そん中にクエスト報酬も入っているから」
カー爺さんはそれだけ言うと、クリスが礼を言う間も与えず、再び忙しそうに奥へ戻っていった。
今度は早かった。2頭分の肉を抱えて戻り、机の上にどさりと置く。
「す……すごい量」
ヒエイが思わず声を漏らした。2頭分とはいえ、ボア一頭の肉の量はなかなかのものだった。クリスも目を丸くしながら、部位ごとに切り分けられた肉を一つずつアイテムボックスへ収めていった。
二人はカー爺さんに礼を言って解体場を後にし、ギルドの中へ戻った。
せっかくなので新しいクエストを受けようと、クリスとヒエイはクエストボードへ向かった。昼前のギルドは程よく人が入り、冒険者たちが掲示板の前に集まって依頼書を物色している。
「そっち何かいいのあった?」
「ない。どうする? 昨日と同じクエスト受ける?」
クリスは唸りながら、別の依頼書を一枚ずつ確認していった。やがて、ヒエイが一枚を見つけて剥がした。
「これなんかどう?」
討伐依頼Fランク
ラビッホーンの10匹討伐
証明部位 右の耳
報酬 銀貨1枚
違約金 なし
追加報酬 討伐数に応じて
「いいんじゃない、これにしよう。それと、昨日と同じでボアの討伐も受けよう」
『おう、そうするか』
ヒエイはボア討伐のクエストの紙も剥がし、二枚まとめて受付カウンターへ持っていった。
カウンターには受付の女性がいた。その隣に、もう一人、男が立っている。顔のあちこちが腫れ上がり、痣だらけだった。
ヒエイは一瞬だけたじろぎながらも、受付の女性へクエストの紙を見せ、生息地について尋ねた。
『ラビッホーンの生息地について聞いてもいいですか?』
その声に反応するように、隣のボコボコの男がこちらへ近づいてきた。
「お前さんが昨日の将来有望そうな新人か。たしかに結構、腕が立ちそうだな」
『あなたは?』
ヒエイが少し身を引きながら尋ねると、男が答えかけたところで、受付の女性がすっと前に出た。
「この人は昨日の試験官をサボったグレ」
その顔は笑顔だったが、目の奥は明らかに笑っていなかった。グレと呼ばれた男が、ばつが悪そうに視線を逸らした。
「ラビッホーンの生息地でしたね。ラビッホーンの生態はボアとほとんど一緒で草原にいますよ」
『なるほど、ありがとうございます。この2つのクエストを受注します』
二人はクエストを受け、ギルドを出た。
扉を押した瞬間、湿った風が顔を撫でた。
見上げると、空に灰色の雲が広がっている。朝の青さは跡形もなく、低く垂れ込めた雲が街並みを薄暗く覆っていた。どこかで風が唸る音がする。
「なんか雨降りそうだね」
『だな、早くクエスト終わらせようぜ』
「うん」
二人は早足で草原へと向かった。
街の外へ出ると、風が一段と強くなっていた。草が一斉に同じ方向へなびき、遠くで雷が鳴ったような気がした。
二人はアイテムボックスから武器を取り出し、ヒエイが依頼書を広げた。
『ラビッ ホーンの特徴はウサギ見たいな見た目に角が2本だな』
「ウサギは小さいから探すの大変だな〜〜」
クリスは嫌そうに言いながらも、二人で草むらを探し始めた。腰を落として草の合間を覗き込むが、風で揺れる草ばかりで、それらしき影は見えない。
しばらく粘った末、二人は二手に分かれて探すことにした。
数分が経った頃、クリスは草の合間に小さな動きを捉えた。息を潜め、近くの草むらにそっと身を沈め、鑑定を走らせた。
ラビッホーン
魔物
Lv1
HP3/3
MP7/7
SP9/9
筋力 :1
防御力 :1
敏捷性 :13
器用値 :12
精神力 :1
幸運値 :0
スキル 高速移動Lv1
穴掘りLv1
数値を見て、クリスは小さく息を整えた。弱い。ただし敏捷性が高い。逃がすわけにはいかない。
声を押し殺して唱える。
「ライトアロー」
手のひらの上に一本の光の矢が生まれ、一直線に飛んでいく。虫を食べていたラビッホーンの背中に吸い込まれるように命中した。「キー」という短い悲鳴が草原に散り、そのまま倒れてもがく。
しかし、その悲鳴が余計なものを呼び寄せた。
草むらが揺れ、黒い影が数匹、音の方向へ向かってくる。ボアだ。
「さっきの声を聞きつけて寄ってきたのか」
クリスは迷わず切り替えた。
「ライトアロー」
今度は五本。指先から光の矢が束になって放たれ、突進してくるボアの群れへ飛んでいく。四本が命中し、四匹が倒れた。しかし残る一匹は矢をすり抜け、そのままクリスへ向かって一直線に突っ込んでくる。
距離が詰まる。
クリスは左へ体を捻り、突進をぎりぎりで避けた。すれ違いざまに腰の剣を引き抜き、ボアの首へ振り下ろす。
「フギーーー」
短く叫んで、ボアはその場に崩れ落ちた。
クリスは剣を振るい、血を払い落とし、鞘へ戻した。仕留めた魔物を一体ずつアイテムボックスへ収めながら、周囲を見回したが、他に獲物の気配はなく、切り上げて合流地点へ向かうことにした。
一方、ヒエイは偶然にもラビッホーンの巣穴を見つけていた。
草に半分隠れるように、地面から斜めに伸びる穴がある。覗き込むと、奥に複数の気配があった。どれくらいいるかは分からないが、確実にいる。
『中にいるな…』
ヒエイは銃を構え、まずおびき寄せるため威嚇射撃を一発放った。
乾いた銃声が草原に弾けた。
次の瞬間、巣穴から怒ったような勢いでラビッホーンが飛び出してきた。白い毛並みに額の二本角が、低い姿勢で地を蹴る。
ヒエイはすぐに照準を合わせ、引き金を引いた。額に命中し、一匹が崩れ落ちる。
倒れた獲物へ近づこうとした、その時だった。
穴の奥がざわめいた。
気配が消えていなかった。ラビッホーンが次々と、一斉に穴から飛び出してくる。
『まだいたのか』
ヒエイは反射的に銃を向け、次々と引き金を引いた。素早く、小さい。普通の標的より一回り小さい体が、不規則に跳ねながら迫ってくる。その小ささと素早さに、ヒエイは何発かの銃弾を外しつつも、五匹を仕留めた。
残りはまだ動いている。ヒエイが一匹に照準を合わせた瞬間、わずかに狙いが外れた。弾がラビッホーンの背を掠めると、ラビッホーンは鋭く方向を変え、残った四匹と共に四方へ散り散りに逃げていった。
銃(M1911)のスライドが後退し、急いでマガジンを交換しようとしたが、もう遅かった。
『逃げたか……』
ヒエイは小さくため息をついた。風が草を揺らし、逃げたラビッホーンはすぐさま草むらの中に隠れてしまい、逃げた先の草むらが静かに揺れている。
『探知系のスキルが必要だな…』
ヒエイはそう呟きながら、倒したラビッホーンの耳を握り、一体ずつ回収していく。その後も周辺をしばらく歩き回ったが、逃げた獲物は見つからなかった。頭上の雲が一段と暗くなっている。
ヒエイは雨が来る前に終わらせたかったが、仕方なく、クリスとの合流地点へと足を向けた。




