第六十六話 ライヒェンバッハの決着
書状は王家の紋章が入った厚手の紙に、整った書体で記されていた。
ヴィクトールがそれを読む間、アリシアは隣で黙っていた。読み終えるのを待っている間、ランプの炎が細かく揺れた。暖炉の奥で薪が落ちる音がした。書斎の静けさの中で、その音がやけに大きく聞こえた。
「……正式な決議が出た」
ヴィクトールが口を開いた。
「ライヒェンバッハ侯爵家に対し、ノルデン領への損害賠償が命じられた。三年分の不正流出額が確定し、賠償金の額も正式に決まった」
アリシアは書状を受け取り、数字に目を通した。金額の欄を見た瞬間、頭の中で計算が始まった。身体がそうするように動いた。これほどの額があれば——。
「本当に終わりましたね」
声に出したのは、自分でもわからないうちだった。
ヴィクトールがこちらを見た。
「お前の照合表が、主要な証拠として提出された」
アリシアは首を横に振った。「そこにあるものを記録しただけです」
「それだけではない」
ヴィクトールは静かだったが、はっきりしていた。「二十二年分の記録を、誰も気づかなかった形で繋いだ。それはお前にしかできなかった」
アリシアは何も言えなかった。反射的に「大したことではない」と返そうとして、止めた。この人がそう言うなら、受け取ってもいいのかもしれない。そう思った。
扉が勢いよく開いたのは、その直後だった。
「旦那様! 奥方様!」
ヴォルフが飛び込んできた。普段の落ち着きが完全に消えていた。
「賠償金の額を確認しました。こんなに——正直、私も少し動揺しています。これほどになるとは」
アリシアは書状の数字に目を戻した。
「この金額であれば、採掘設備の改修ができます。換気の問題も解決できる。坑夫の賃金も段階的に上げられる」
「すでに段取りを始めている」
ヴィクトールが言った。「設備の優先順位は先月から検討していた。賠償額が確定すれば動けるよう、準備は整えてある」
アリシアはその言葉を聞いて、また計算が走った。設備改修の費用と期待される生産性の向上、賃金増加分と採用への好影響、それらが数年のうちにどう変化するか。数字が連鎖するように頭の中で展開した。この感覚は、帳簿の異常を最初に見つけたときと似ていた。ただあのときの数字は破損を示していた。今の数字は、未来を示している。
「良かった」
気づいたらそう言っていた。感想としては平凡だと思ったが、それ以外の言葉が出なかった。本当に、良かった。それだけだった。
ヴォルフが感極まったように目を赤くした。「奥方様が見つけてくださらなければ、この賠償もありませんでした。二十二年です。それが——」
「ヴォルフ」
ヴィクトールが静かに遮った。ヴォルフは背筋を伸ばした。
「喜ぶのは構わない。ただ今夜はまず仕事をする。次の段取りを確認したい」
「はい。失礼しました」
それでも、ヴォルフの目は明るかった。アリシアには、その明るさが嬉しかった。
翌朝のヴィクトールとの報告の場で、アリシアは言った。「今年の採掘記録を確認しました。前年より七パーセント増加しています」。
「それはゲルハルトの件が解決した影響もあるかもしれません。採掘者の士気が変わった可能性があります」とヴィクトールが答えた。
「確かに。正確な要因の特定は難しいですが、方向は良い」
「方向は良い」とヴィクトールが繰り返した。「あなたの言い方は、いつも正確ですね」
アリシアは少し驚いた。ヴィクトールが自分の言い方に言及するのは珍しい。「父の商売で、曖昧な言葉を使うと損をすると学びました」
「それは正しい」
短い言葉だったが、何かを確認するような温かさがあった。
ヴォルフが報告のために訪れ、「あ、お邪魔でしたか」と言いながら入ってきた。二人が並んで書類を見ているのを見て、一瞬止まって、また気安い表情に戻った。「続けてください」と言って笑った。
続きも順次更新されます。よろしければ次話もお付き合いください。




