表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
政略結婚先の帳簿を整えていたら、冷酷な辺境伯が手放してくれなくなりました  作者: ヲワ・おわり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/60

第六話 三ヶ月の一致

本作は全70話完結予定です。

毎日5話ずつ、07:10 / 12:10 / 18:10 / 20:10 / 22:10 に更新予定です。

面白かったら評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

三ヶ月前の帳簿を開いた。


 同じ業者名。同じ金額。


 アリシアは手を止めずに、次の帳簿を引き出した。六ヶ月前の記録。


 同じ業者名。同じ金額。


「偶然ではない」


 声に出して言うと、頭の中での認識が少し固まる気がした。書庫の中は静かで、自分の声だけが壁に吸い込まれる。誰も聞いていない。だからこそ、自分に向けて確認する。これは入力ミスではない。三ヶ月連続、六ヶ月連続、同じ業者への同額支払いが記録されている。しかも確認できる範囲で、対応する納品書は一通しか出てこない。


 しかし急いで「不正だ」と結論を出してはいけない。


 帳簿を読む者の基本は、感情で動かないことだ。「おかしい」という感覚は大切にする。しかしその感覚を証拠と混同してはいけない。自分の見落としという可能性を最後まで排除しないこと。納品書が別の場所に保管されている可能性もある。記憶の誤りという可能性もある。人は「おかしい」と感じると、その感覚に沿った証拠ばかりを集めようとする。それを知っているから、アリシアは慎重に進めた。


「記憶違いを防ぐために、表を作ろう」


 新しい紙を取り出した。縦軸に月を置いて、横軸に「業者名」「金額」「納品書の有無」の列を作った。確認できた全期間について、ヴェルナー商会への支払いを書き込んでいく。帳簿を一冊ずつ確認しながら、数字を表に移す。その作業には時間がかかった。しかし丁寧にやることが、後から「見落とした」と後悔しない唯一の方法だ。


 並べてみると、より鮮明に見えた。表という形にすると、個々の数字が並びとして見える。一点を見ているときは気づかないことが、全体を俯瞰することで見えてくる。それが表を作る意味だ。


 三年分の記録において、同じ構造の計上が規則的に続いている。金額は毎回「八百二十銀貨」。確認できた範囲で、各期間の納品書は一通ずつしかない。二通分の支払いに対して書類が一通、三通分に対して一通というパターンが続いていた。


 そして、もう一つのことに気がついた。


 業者名だ。


 最初の時期は「ヴェルナー商会」。次の時期は「ヴェルナー商店」。その次の時期は「ヴェルナー商事」。末尾の一文字が毎回変わっている。「商会」「商店」「商事」——。


 転記ミスなら、毎回違うミスをしていることになる。しかし三回連続で、しかもそれぞれ意味のある単語に変わっているのは、偶然の転記ミスとは考えにくい。むしろ意図的に変えている、と見るほうが自然だ。


 アリシアは表に「業者名の変化」という列を追加して、各期間の表記を書き込んだ。


 見えてきた構図がある。


 同じ業者への繰り返し支払いを、名称を少しずつ変えることで「別々の取引」に見せている。帳簿をざっと確認しただけでは、同一業者への重複支払いだとは気づかない。名称の変化を全期間にわたって照合しなければ、繋がりが見えてこない。それは「見落とさせる」ための設計だ。巧妙だ、とアリシアは思った。一回一回の金額は大きくない。しかし三年分を積み上げれば、相当な額になる。


 照合表を折りたたんで、自分の荷物の中にしまった。書庫に置いておかず、持ち帰ることにした。明確な根拠があるわけではないが、なんとなくそうすべきだと感じた。こういう感覚は、無視しないほうがいい。数字の仕事をしていると、「なんとなく」という感覚が、案外正しいことが多い。


 書庫の扉を閉めて、廊下に出た。夕方に近い時刻だった。窓の外に見える空は、少しずつ橙に変わり始めている。


 廊下を歩いてくるゲルハルトと、ちょうど鉢合わせになった。


「奥方様、本日もご作業でしたか。いかがでしょうか」


 穏やかな声。気遣いのある表情。


「ありがとうございます、丁寧に整理しています」


「それはようございました。ご無理のないように。これからも何かございましたら、何なりと」


「はい、ありがとうございます」


 挨拶を交わしてすれ違ったとき、ゲルハルトの目が一瞬細くなった。


 アリシアはそれを見た。


 廊下の先を歩くゲルハルトの背中を、少しの間目で追った。「整理しています」という言葉への反応があの目だった。「良かった」という目ではなく、何かを測るような目だった。どこまで整理が進んでいるかを、確認しようとしている目だった。


 判断はまだ早い。しかし、記憶には留めた。


 部屋に戻り、照合表をもう一度広げた。事実はある。結論はまだ出ていない。しかし「何かがある」という感覚は、もはや揺るがなかった。


 表を見直した。三年分の支払い記録。業者名の変化。証憑の欠落。これだけでは「おかしい」と言えても、「不正だ」とは言えない。言えるためには、もう一段の証拠が必要だ。では次に何を調べるべきか。


 アリシアはペンを取り、余白に書き込んだ。「①ヴェルナー商会・商店・商事が実在するかどうか」「②精製費用の実際の相場と八百二十銀貨が合っているかどうか」「③支払いが帳簿に記録されているが、実際に出金されているかどうか」。


 一つずつ確認していく。それがアリシアのやり方だった。感情が先走ると、見えているものしか見えなくなる。落ち着いて、次の手を考える。明日から、また書庫に行こう。そこに答えがある。数字は必ず、どこかに真実を残している。

続きも順次更新されます。よろしければ次話もお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ