第四十話 資金の流れ
先物取引の記録は、新しい問いを開いた。
アリシアは商品取引所の文書をさらに細かく調べた。ライヒェンバッハ系列商会の先物購入は、三年にわたって段階的に積み上げられていた。一回あたりの取引は目立たない規模に抑えられているが、合計すると相当な量になる。それを積み上げながら、同時期にゲルハルトの不正申告によって供給量を抑えていた——この二つが同時に動いていたことになる。
「資金の流れを追います」アリシアは言った。「先物を買った商会が、どこから資金を得ていたか」
ヴィクトールが「どこを見ればわかる」と聞いた。
「商会の登記と、過去の取引履歴です。王都の記録の中にあるはずです」
探すのに時間がかかった。商会名義が複数に分かれており、一見して繋がりが見えないよう意図されていた。だが丁寧に名義の変遷を追うと、元をたどれば同じ資本系列に行き着く。アルファ商会、ベータ貿易、ガンマ物産——名前は違うが、いずれもライヒェンバッハ侯爵家が間接的に支配する構造になっていた。
そしてその資金の出口が、問題だった。
「見てください」アリシアはヴィクトールに別の書類を示した。「これらの商会が共同出資している施設があります。王都近郊の、魔石加工施設です」
ヴィクトールは書類を受け取り、無言で読んだ。
「採掘はノルデンで続ける。でも加工の工程を王都近郊に移してしまえば、ノルデンは原石を安く売るだけの存在になる。付加価値の大部分は加工段階で生まれる。その利益が王都側に流れる仕組みです」
「ノルデンの採掘収益が、王都の加工施設に流れ込んでいる」
「はい。採掘量を過少申告して安く買い、加工して高く売る。差額のほとんどが向こうの取り分になる。三年間、この構造が稼働していた」
ヴィクトールはしばらく書類を見つめていた。アリシアには、彼の中で何かが積み上がっていく音が聞こえる気がした。分怒りとも言えないが、それに近い何かが、彼の静かな顔の奥に存在していた。
外が暗くなる頃、ヴィクトールが言った。「食事をここに運ばせる」
アリシアは少し驚いた。これまでは食事の時間になれば、それぞれが別の場所へ向かっていた。
「作業を続けながら食べよう」とヴィクトールは続けた。どこか事務的な言い方だったが、それでもアリシアには意味のある言葉として届いた。
机の上を少し整理し、食事の皿を置く場所を作った。二人は書類を手放さないまま、スープとパンを食べた。会話は少なかったが、沈黙が重くなかった。
「この商会の名前」アリシアがパンを置いて言った。「ゲルハルトの証言に出てきた『ライヒェンバッハ側の接触者』と、一致しています」
ヴィクトールの箸が止まった。「確認したのか」
「先ほど照合しました。名前の表記が若干違いますが、登記上は同一の人物です」
ヴィクトールは静かに書類を見た。「繋がった」と低く言った。
欠けていたピースが嵌まる音がした気がした。ゲルハルトの証言、採掘記録の改ざん、王都の購入記録、先物取引、加工施設への資金移動——それらが一本の線でつながった。
「三年分の資金は、どこへ向かった。最終的な目的は何だ」
アリシアは書類を一枚めくった。「それをこれから確認します。まだ最後のピースが見えていない」
アリシアは書類を一枚一枚確認しながら、全体の輪郭を頭の中で描いた。
採掘量の過少報告→精製コストの水増し→市場への供給量の見かけ上の減少→価格上昇→先物取引の利益確定。ゲルハルトはその仕組みの入口に置かれていた。帳簿を操作する者として。入口だけを知らされて、その先で何が起きているかは知らなかったかもしれない。
「三年分の資金は最終的に加工設備への投資名目で王都近郊に流れた」という事実を見つけたとき、アリシアは思った。これは採掘権そのものへの布石だ。設備を持てば、原石があっても加工ができない状況を作れる。加工ができなければ、採掘しても売れない。そうなれば、採掘権の価値は著しく下がる。
それが目的だ。値下がりしたところを、安値で買う。
ヴィクトールは表を見たまま静かに言った。「続けましょう」。アリシアは頷いた。
「ライヒェンバッハの商人の名前が、王都記録の中に三度出てきます」とアリシアが言った。
「三度、一致した年度は」
「ゲルハルトへの最初の接触から現在までの間です。定期的に取引がある」
「それが証拠の核心になる」とヴィクトールは言った。「個々の数字ではなく、繰り返しのパターンが。数字は偶然と言えるが、パターンは意図を示す」
アリシアは箸を止めた。「それは——父が言っていたことと同じです」
「商人の言葉か」
「はい」
短い沈黙があった。それは不快な沈黙ではなかった。
食事が終わって書類の作業を再開した。深夜になり、ヴィクトールが「今日はここまでにしましょう」と言った。「明日、残りの部分を詰めます」。
アリシアは頷いて書類をまとめた。部屋に戻る廊下で、今夜の時間を振り返った。書類を挟んで向かい合って、食事をしながら数字の話をした。それだけのことだが、この城に来てから初めて「対等に仕事をした」という感覚があった。
続きも順次更新されます。よろしければ次話もお付き合いください。




