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政略結婚先の帳簿を整えていたら、冷酷な辺境伯が手放してくれなくなりました  作者: ヲワ・おわり


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第三十九話 王都の記録

朝の光が廊下に差し込む頃、ヴォルフが早足でやってきた。「王都からの記録が届きました。旦那様がお呼びです」という言葉に、アリシアは手元の朝食を置いた。


 書斎に入ると、机の上に木箱が一つ置かれていた。蓋を開けられたまま、中に書類の束が几帳面に詰め込まれている。旅の埃がわずかに残っていた。王都から運ばれてきた記録だ。アリシアは箱を見た瞬間、胸の中で何かがさっと引き締まるのを感じた。これが答えを持っているかもしれない、という予感だった。何日も待ち続けた書類が、今ここに届いている。


「届いた」とヴィクトールが言った。それだけだったが、彼の目には期待と慎重さが混ざった光があった。


 アリシアは箱に近づき、中を見渡した。文書の量は相当ある。無秩序に見えるが、発行元ごとにまとめられている気配もある。王都の商業会議所、税務局、商品取引所、それぞれの封印が確認できた。種類と量を把握してから、アリシアは作業の手順を頭の中で組み立てた。


「整理から始めます。年と発行元で分けて、それから内容を照合します」


 ヴィクトールが頷いた。


 アリシアは書類を机に広げ、まず発行年で分類した。三年分。次に発行元。さらに取引の種類。商業記録、輸送記録、魔石の売買記録——種類が多い。一枚一枚を手に取り、内容を確かめながら積み上げていく。その作業は、数字の海の中に潜って地図を描くようなものだった。焦りは禁物だ。抜けを作るよりも、着実に積み重ねる方がいい。似たような取引名が別の商会名義で繰り返されていることに気づき、アリシアは小さな紙に照合メモを書き始めた。


 ヴィクトールは向かいに座り、アリシアが分けた書類をそれぞれ手に取って目を通していた。何も言わず、ただ読んでいた。その静けさが邪魔にならなかった。むしろ、同じ方向を向いている感覚があった。二人が同じ机を囲んで書類を読む、この時間が、いつの間にか自然なものになっていた。


「ここです」


 アリシアが一束を取り出した。「魔石取引記録」と表紙に書かれた冊子だ。三年前から始まっており、発行元は王都の商業記録所になっている。


 ページを開き、目当ての項目を探す。ノルデン産魔石。数行下に、購入者名がある。アリシアは呼吸を整え、声を落として読み上げた。


「ライヒェンバッハ侯爵家系列商会——購入記録、三件。三年間にわたって、それぞれ大口取引です」


 ヴィクトールが立ち上がり、横から覗き込んだ。その距離が近かった。書類を確かめようとする動きの中で、肩が触れそうになった。アリシアは意識を手元に戻した。


「問題はここです。購入価格を見てください。当時の市場価格と比べると、どれも著しく低い。一件目が三割以上の開きがあります。二件目、三件目も同様です。これだけの規模の取引で、この価格差は通常の交渉では起こりえない」


 ヴィクトールは黙って数字を見ていた。その横顔は静かだったが、目の奥に何かが動いていた。


「ゲルハルトが採掘量を過少申告することで、見かけ上の供給量が減っていました。供給が少なければ、価格交渉でノルデン側が弱い立場になる。その弱い立場を利用して、市場価格を大きく下回る値で仕入れた——つまり、不正な帳簿が、不正な価格交渉の根拠として使われていた」


「採掘側の記録と購入側の記録が、対応している」ヴィクトールが言った。


「はい。片方だけでは証拠にならない。でもこうして両方を並べると、繋がりが見えます。ゲルハルトの不正会計はこちらで立証されている。王都側の購入記録は、同じ期間に同じパターンで動いている。二つの記録が同じ構造を指し示している」


 ヴィクトールは記録を手に持ったまま、しばらく何も言わなかった。部屋に静寂が満ちた。窓の外に青い空が見えていたが、それが遠く感じられた。証拠は一枚の紙ではなく、複数の記録が互いを指し合うことで初めて形になる。そしてそれが、今ここで形になろうとしていた。


「ゲルハルトの不正経理が、王都側の取引と繋がった」ヴィクトールが静かに言った。


「はい。会計上の偽装が、向こう側の利益に直接つながっていました。切り離せない構造です。ゲルハルトを動かしたのがライヒェンバッハ側であるという証言とも、一致します」


 ヴィクトールは少しの間、目を閉じた。アリシアには、その沈黙が何かを整理しているように見えた。感情ではなく、判断を下すための静寂だ。


 やがて目を開き、「続けてくれ」と言った。


 アリシアはさらに書類を繰った。商業記録所の次の冊子。輸送記録。その隣に、別の種類の封印がついた書類の束がある。商品取引所の記録だ。アリシアはその表紙を見た瞬間、少し手が止まった。他の書類と雰囲気が違う。もっと系統だった数字が並んでいる気がした。取引の性質そのものが、他の記録とは異なっているように見える。これは——何の記録だ。


「……何か」とヴィクトールが聞いた。


 アリシアはページを開いた。取引品目の欄を確かめる。目が一点に定まった。胸の中で、何かが動いた。


「これは——魔石先物取引の記録です。ライヒェンバッハ系列商会名義。三年間にわたる大量購入の記録が、ここにあります」


 ヴィクトールの視線が鋭くなった。アリシア自身も、ページを見つめながら頭の中で数字を組み合わせ始めていた。先物取引の購入時期と、ゲルハルトが不正を開始した時期——重なっている。

続きも順次更新されます。よろしければ次話もお付き合いください。

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