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政略結婚先の帳簿を整えていたら、冷酷な辺境伯が手放してくれなくなりました  作者: ヲワ・おわり


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4/70

第四話 最初の違和感

本作は全70話完結予定です。

毎日5話ずつ、07:10 / 12:10 / 18:10 / 20:10 / 22:10 に更新予定です。

面白かったら評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

書庫での作業は、三日目から本格的になった。


 年代順に帳簿を並べ替える作業はすでに終わっている。今日からは内容の確認だ。アリシアは最新のものから始めることにした。古い記録より新しいほうが、現在の状態を把握するのに役立つ。三年前の財務帳簿をテーブルに広げて、椅子に座った。


 帳簿は整然としていた。


 科目ごとに列が分かれていて、月別の金額が縦に並んでいる。記入の文字は均一で、読みやすい。字体に変化がほとんどなく、長年同じ人間が書いているのだと分かった。ページをめくってもめくっても、同じ手の雰囲気が続く。これだけ一貫した記録は、管理する者の几帳面さを示している。


 アリシアはゆっくりと確認を進めた。


 採掘費用、精製費用、輸送費、人件費、修繕費、雑費。一月ごとに集計があって、年間合計も記されている。金額の規模感は、ノルデン辺境伯領の規模としてそれほど不自然ではなかった。数字は丁寧に書かれていて、訂正の跡も少ない。父の商会で扱っていた帳簿は、もっと細かく科目が分かれていたが、基本的な構造は同じだ。月次の動きを追えば、事業の呼吸が見える。


 ただ、「見た目が整っている」こととと「内容が正確である」ことは別の話だ。帳簿が美しくまとまっているほど、中の数字への確認が緩くなりやすい。アリシアは一列ずつ指でなぞりながら、数字の流れを頭に入れていった。


 三か月目のページを開いたとき、手が止まった。


「魔石精製費用」の欄に、一行がある。業者名「ヴェルナー商会」、金額「八百二十銀貨」。


 見覚えがある、という感覚だった。


 前のページをめくった。「ヴェルナー商会、八百二十銀貨」。さらに前のページ。「ヴェルナー商会、八百二十銀貨」。


 三か月連続で、同じ業者名、同じ金額が並んでいる。


 精製費用が三か月連続で同額というのは、それ自体はあり得る。固定契約があれば、毎月同じ金額になることもある。アリシアはすぐに結論を出さなかった。実家の帳簿でも、年間契約の業者への支払いは毎月一定だった。


 ただ、念のために対応する証憑書類を確認することにした。


 支出には証拠が必要だ。それが会計の基本だ。棚の別の場所に「証憑書類の束」が積まれていたので、そこから「精製費用」に関係するものを探した。仕分けはされていないため、一通ずつ確認していく必要がある。少し時間がかかったが、アリシアはそれを苦にしなかった。探す作業もまた、見えなかったものが見えてくる過程だ。


 ヴェルナー商会の納品書は、一通しかなかった。


 三か月分の支払いに対して、証憑が一通。


 アリシアは帳簿と納品書を並べて、もう一度確認した。間違いない。支払いの記録が三行あって、それに対応する書類が一通しかない。書類の日付を確認した。三か月のうちの最初の月の日付だった。残りの二か月分に対応する書類がない。


「これは——」


 入力ミスの可能性を考えた。誰かが誤って同じ行を三度記入した、という可能性だ。しかしそうなら、月別の合計金額に二か月分の余分な計上が含まれるはずで、決算を見れば矛盾が出る。合計欄を確認したが、修正や訂正の痕跡はない。つまり合計金額は三か月分の支払いを含んだまま確定している。


 三か月分の支払いが、記録として確定されている。しかし証憑は一通しかない。


 帳簿を閉じて、もう一点確認した。支払いの記録を誰が書いたのかを、筆跡から判断する。一冊の帳簿を通じて筆跡が統一されていることは最初に確認していた。この城の財務帳簿は、一人の人間が継続的に書いている。家令のゲルハルト——だと思われる。明確な証拠はないが、この種の帳簿を長年書き続けるのは家令の役目だ。


「前月、前々月の帳簿も確認しなければ」


 棚から、一年前の帳簿を引き出した。同じパターンがどれだけ続いているかを調べる必要がある。


 確認できた事実だけを書き留める。判断は後だ。それが最初にやることだ。


 メモ紙を広げて、アリシアはペンを取った。業者名、金額、月、納品書の有無。感情的な解釈は書かない。事実の記録だけをする。父が教えてくれたことだった。「分かったことと感じたことを、同じ場所に書くな。混ざると、どちらも信頼できなくなる」。子どもの頃に実家の帳簿の写しを作る練習をしていたとき、父はそう言った。


 窓の外で鳥の声がした。光の角度が変わっていた。気がつくと午後に入っている。昼食を取り忘れていた。お腹が空いているが、もう少しだけ続けよう、とアリシアは思った。数字を追い始めると、時間を忘れるのは昔からだ。父からも「またお昼をなかったことにしている」と何度言われたか分からない。


 棚の奥から一年前の帳簿を取り出して、目的の欄を開く。


 同じ欄に、同じ名前があった。ヴェルナー商会。同じ金額。


 アリシアの指が、その行の上で止まった。


 帳簿をめくる音だけが、静かな書庫の中に響いていた。


 どこまで続いているのだろう、とアリシアは思った。一年前から同じパターンがある。それ以前はどうか。もっと古い帳簿も確認が必要だ。しかし今日はここまでにしておこう。確認できた事実を記録して、次の作業の段取りを整える。急いで掘り下げると、見落としが増える。


 メモに追記した。「一年前の帳簿にも同パターン確認。さらに遡って確認が必要。証憑は引き続き照合する」。それだけ書いて、ペンを置いた。

続きも順次更新されます。よろしければ次話もお付き合いください。

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