第十八話 三度目の警告
本作は全70話完結予定です。
毎日5話ずつ、07:10 / 12:10 / 18:10 / 20:10 / 22:10 に更新予定です。
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呼び出しがあったのは、昼食の後だった。
食堂を出て自室に戻ろうとしたところで、若い使用人が廊下で待っていた。「ゲルハルト様が、お話があると申しております」と彼は言った。場所は家令室。時刻は今すぐ、というよりもすでに待っている、という口ぶりだった。
アリシアはうなずいて、使用人の後についた。廊下を歩きながら、このやり取りのどこかに意図があると考えた。昼食の直後という時間帯も、「お話がある」という曖昧な言い方も、場所が書庫でも書斎でもなく家令室であることも——全部が、相手の土俵に引き込む形になっている。
それが分かっていれば、準備はできる。父がよく言っていた言葉を思い出した。商談の場で主導権を持つのは、場所を決めた側ではなく、場所に動じなかった側だ、と。アリシアは廊下を歩きながら、静かに呼吸を整えた。
家令室の扉は少し開いていた。アリシアがノックすると、すぐに「どうぞ」という声がした。中に入ると、ゲルハルトは机の向こうに座っていた。書類が几帳面に積まれ、インク壺が机の右端に、ペンが精確にその隣に置かれている。この城に来た頃から変わらない、統制の取れた空間だった。窓から午後の光が差し込み、積まれた書類の端をわずかに黄色く照らしていた。
「アリシア様、お忙しいところ恐れ入ります。どうぞおかけください」
ゲルハルトは立ち上がらなかった。礼儀としては立つのが正しいが、彼はそうしなかった。その微かな違いを、アリシアは記憶に留めた。椅子を引いて腰を下ろしながら、目は相手の顔から外さなかった。
「最近のご活動について、少々ご確認したいことがございまして」
ゲルハルトは指先を机の上で軽く組んだ。声は穏やかだった。怒っているわけでも急いでいるわけでもない、日常的な事務連絡を行うときと同じ声だ。しかしアリシアはすでに、この穏やかさの種類を知っていた。表面だけが滑らかで、その下に何か別のものが流れている。それは川の底流のようなもので、見えないが確かにある。
「領主様は現在、辺境の防衛交渉と砦の整備に精力を注いでいらっしゃいます。そのような多忙な時期に、財務に関わる事案を奥方様が個別にご調査されることは、領主様のご負担を増やすことにもなりかねません。財務に関わる事案は、家令室を通じて処理されるのが本来の手順でございます。奥方様には、ご自身の職域——すなわちお屋敷の管理や社交の準備といった分野に、どうかお力を注いでいただきたいのです」
声のつくりは同じだが、今回の言葉は以前より格段に明確だった。最初の警告は、書庫に長くいることを「お体に障ります」と言った。二度目は「財務の記録は専門的で複雑でございますから」と言った。今回は違う。「家令室を通じて処理されるのが本来の手順」。これは言い換えれば、「やめなさい」だ。しかも今回は「職域」という言葉まで使っている。あなたの場所はここではない、という意味だ。
アリシアは少し間を置いてから、穏やかに口を開いた。
「ご助言ありがとうございます。ただ、領主様が直々にご調査されると伺っております。わたくしは領主様にご要望いただいた資料の整理をしているだけです。領主様のご指示に応じた作業でございますので、家令室を通じる必要はないと理解しておりましたが、認識に誤りがありましたでしょうか」
ゲルハルトの指先がわずかに止まった。眉が、ほんの一瞬、上に向かって動いた。
二十二年間この城で家令を務めてきた男が見せた、初めての揺らぎだった。
それは一秒にも満たない変化だった。しかし確かにそこにあった。「領主様が直々に」という言葉を、彼は想定していなかった。あるいは、確認できていなかった。庭での会話を聞いていたとしても、書斎でヴィクトールと交わした言葉の内容は、彼には届いていなかったのだろう。その仮説が、今この瞬間に証明された。
「……左様でございますか」
短い沈黙の後、ゲルハルトはそう言った。声の温度は変わっていなかったが、先ほどまでの滑らかさが少し削れた。次の言葉を探すような間があって、それから「分かりました、ではご存分に」と続けた。「お時間をとらせてしまい恐れ入りました」と言って軽く頭を下げた。
それで話は終わった。
アリシアは椅子から立ち、軽く礼をして家令室を出た。扉が静かに閉まる音を背後に聞きながら廊下を歩き始めたとき、背中の真ん中を冷たいものが通り抜けた。恐怖とは少し違う。もっと正確な、危険の感覚だった。獣が草むらに潜んでいるのを気配で知る感覚に近い。まだ飛びかかってはいない。しかし向こうは確かに、そこにいる。
警告は三度目だった。最初は穏やかな心配。次は業務上の助言。今回は、明確な境界線の提示。そして今日、その境界線は一言で崩れた。自分が想定していた答えを返せなかった彼の眉は、それを証明している。準備が崩れたとき、人は何をするか。それは場合による。しかしゲルハルトは、二十二年間この城を守ってきた男だ。簡単に諦める性質ではない。
では次に来るのは何か。
廊下の石は昼間でも冷たかった。足音が壁に反響するたびに、アリシアは少し背を伸ばした。部屋に戻ったら、今日のやり取りを手帳に書いておく必要がある。日付、時刻、交わした言葉、ゲルハルトの表情が崩れた瞬間の正確な言葉。事実として記録する。感情は要らない。数字と言葉だけを残す。
階段を上りながら、その問いだけが頭の中に残っていた。
彼はどこまでするだろうか。
続きも順次更新されます。よろしければ次話もお付き合いください。




