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10-25 立ち向かう

 宿屋の堅いベッドの上で目を覚ますと、窓の外は真っ黒になっていた。

 寝過ごしたッ!?

 慌てて飛び起きて窓の外を見ると、空には巨大な岩の塊が浮いていて、それが夕日の光を遮っているだけだった。

 ……マジでビックリした……変な汗が出ちゃったよ……。

 だが、予想よりグッスリ寝ちまったな……? 本当は軽く飯食ってから行こうかと思ってたけど、もう陽が落ちる。飯食ってる時間はねえ。まあ、腹は軽く空いてるくらいが肉体的なパフォーマンスは高いって言うし、それは良いや。


「ミャーフゥ」


 深く、より深く、深呼吸。

 よし……大丈夫。

 知己と殺しあう陰鬱とした気分は消えていないが、少なくとも精神的には冷静だし、戦いに向ける気力もちゃんと湧いてくる。


「ミュゥ」


 おっけぃ。

 行くか――――天空闘技場(けっせん)に。

 【仮想体】にいつも通りの装備をさせ、その肩にヒョイッとジャンプして飛び乗る。

 宿屋を後にして夕焼けで燈色(だいだいいろ)に染まった町を歩くが…………妙に、その景色が遠くに感じる。

 通りを歩く人も魔族も「頑張ってください!」「魔王様と良い勝負を期待してます!」だのと、ほろ酔い顔や笑顔で声援を送ってくれるが、それに対して手を振るような余裕さえ今の俺には無い。

 自分でも笑える程に一杯一杯になっている。

 元の世界で初めて1人で営業に出た時くらい一杯一杯になっている。

 俺の事を笑うならば笑えば良い。ただし、笑って良いのはおっさんとの戦いにビビらない奴だけだ。

 魔王相手に戦う時は多かれ少なかれビビる俺だが、今回のビビり度は今までの比ではない。

 おっさんが強いってのは勿論だが、今回の戦いは今までと決定的に違う点がある。

 まず、戦いを始める時点で、こっちの主力とも言うべき【仮想体】の正体を知られているって点。そして、ある程度俺の手札(たたかいかた)をおっさんが知っている事。

 俺の全部を見せた訳じゃないが、【全は一、一は全(レギオン)】を見られているのは痛い……。アレも、デッドエンドハート程ではないが、結構初見殺しな部分が大きいし。

 コッチも多少はおっさんの情報を持っているって言っても、見た目通りの近接格闘のスペシャリストって事くらいしか……ねぇ? そんなもん、この国に来る前から知ってたっつうの……。

 せめて、おっさんの魔王スキルがどんな物かだけでも分かってれば大分違うんだけどなぁ……。

 ま、泣き言言ってもしょうがない。泣いて愚痴ってたら誰かが変わってくれるってんならいくらでも言うが……これは、俺がやるしかねえからな。

 フゥッと一息吐いて気持ちと覚悟を固める。

 道行く人達に手を振られながら歩く事10分程。

 いつも通りのノリで闘技場まで来てしまったが…………え? 今日の現場は上ですよねぇ?

 空を見上げれば、街をすっぽり覆ってしまう程巨大になった岩の塊――天空闘技場。

 今更ながら気付く。

 どうやって行けばいいんだろう……?

 いや、まあ別に「自力で行け」ってんなら、【転移魔法(テレポート)】でパッと上がっても良いし、【空中機動(エアスライド)】で空中に足場作ってトコトコ歩いて行っても良いんだが、今までの挑戦者達はどうやって上がって行ってたのよ、って話。

 闘技場の前で突っ立ってどうしようかと考えていると、中からゾロゾロと闘技場の係員の皆様が出てきた。


「剣の勇者様、お待ちしておりました。既に魔王様―――いえ、チャンピオンは天空闘技場でお待ちです」


 こういう時って礼儀的に挑戦者の方が先にリングインしてなきゃいけないんじゃなかったっけ……? あれ? 違ったっけ? むしろチャンピオンが先に入って挑戦者を待ち受けてるもんだっけ?

 …………どっちでもええがな……。

 どっちにしろ、元の世界での話で、こっちの世界のルールには関係ないこっちゃ。


「準備が整っているのでしたら天空闘技場にお連れしますが、宜しいですか?」


 ああ、何? この人らが上まで連れてってくれる感じ?

 そう言う事なら宜しく、と頷く。


(かしこ)まりました。お前たち!」


 背後に待っていた係員の魔族達が俺の前に進み出て、ペコリと一礼する。

 見れば、全員が背中に翼を持つ飛行タイプの魔族だった。

 え? まさかとは思うが人力ですかな? 俺……ってか【仮想体】を皆で抱えて空をパタパタ飛びます的な感じ?


「私たちが空までお送りします。しばし窮屈な思いをする事になると思いますが、何卒ご容赦下さいませ」


 あ、はい。

 そう、丁寧に頭下げられると文句も言えねえやね……。


 ………


 …………


 ………………


 俺の乗った木の板。申し訳程度に薄い絨毯の敷かれたそれを4人の魔族達が神輿を担ぐように持ち、パタパタと飛行する事5分ほど、俺は遂に天空闘技場に辿り着いた。

 ちなみに乗り心地は結構良く、明かりの灯る町の景色を見ながら遊覧飛行してるような感じで結構楽しかった。

 これ普通にアクティビティとして売り出したら人気出そうな気がすんなあ……。


「では、私達はこれで。決着がついた頃を見計らって迎えにあがりますので」


 運び屋(ポーター)をしてくれた4人に礼替わりにお辞儀をして、彼らが羽を広げて降りて行くのを見守る。

 その姿が町の明かりに溶けて見えなくなったのを確認すると、「ニュゥ」と一息吐いて振り返る。

 ゴツゴツした岩で形作られた大地――――だが、思っていた程ボコボコしてないな? もしかしたらこの国の人と魔族が、ここを闘技場として使用するために整地してるのかも……。

 ボンヤリとそんな事を考えながら空に浮かぶ大地に中心に向かって歩き出す。

 大地の大きさは、下で見上げた時よりも広く感じるな? 直径100m……いや、もうちょっと有るかも……。

 ある程度歩いたところで鎧の肩から飛び降り、【仮想体】ごと装備一式を収集箱(コレクトボックス)の中へと放り込む。

 子猫の身一つとなって、トコトコと更に進む。

 天空に浮かぶ大地、その丁度中心に巨大な影が正座していた。

 3mの筋肉の塊。

 その頭には鬼の象徴たる2本の角。

 燃え上がる闘志で染められたような赤い肌。

 おっさんが――――魔王ギガースが、静かに目を閉じて俺を待っていた。


「(待たせたな?)」


 声をかけると、深紅の鬼は目を開き、まっすぐに俺を見た。

 3mの強靭で強大な赤い鬼は、自身に比する敵対者であると、たった20cmの子猫を見ている。

 きっと……何も知らない人間が見たら、笑い話なんだろうな?


「本来ならば、この空での戦いを観るために、観客たちがあの手この手で上がって来るのだが、今回に限っては魔王の権限で禁止させて貰った。人の目があっては、貴様が本気を出せぬだろう?」

「(心遣い痛み入る)」

「よい。これは、ここで果てる勇者への最低限の礼儀だ」


 言うと、魔王は立ち上がる。


―――― でかい……!


 知ってたけど……いや、知った気になっていたけど、敵として目の前に立たれると異常に体が大きく感じる。

 実際の体を、全身から迸る闘気がより巨大に、より強者に見せる。

 ビビるな……!

 ただでさえコッチは悪条件だらけなんだぞ!! ビビって足が動かなくなったら、それこそ勝負にならねえ!!


「(どうしても解せねえな)」


 湧き上がって来る目の前の鬼への恐怖心を散らす為に、敢えて話を振る。


「何がだ?」

「(戦争に踏み切った理由がどうにも見つからないって言ってる。ピーナッツとの間に何があった?)」


 淡い期待もあった。

 ここで、その“問題”を口にしてくれれば、戦う以外の解決策が――――戦争回避の道が見つかるのではないか、と。

 だが――――……。


「それを答えてどうなる」


 一蹴だった。

 だが――――何かあった事については否定しない訳だ?


「この場において、言葉にどれ程の意味がある? 語らせたければ我を打ち倒して力づくで聞くが良い。勝者には求める物が与えられ、敗者は全てを失う。無論、命もだ。」

「(……はっ)」


 思わず笑ってしまった。

 そうだ、この世界のルールだもんな?

 弱肉強食――――それこそが唯一絶対のルール。強い者こそが正しい。


「これより先は、語りたければ拳で語れ」


 静かな動作。

 巨大な体がゆったりとした、音を立てない動きで構えの動作に移る。

 左半身を前に出す形で半身になり、左手を前に垂らし、右手を緩く握って腰に添える。

 “本気”の構え。

 そして――――歌舞伎の見得を切るように左足をドンッと地面に突き立てる。


「魔王が1人、ギガース=レイド・E。()して参る!」



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