10-24 決戦の日
真っ青な空を見上げると、いくつもの巨大な岩の塊が空中を漂っていた。
「ミィ~」
おぉ~。
アレが、天空闘技場になるのか……。
普段ブルムヘイズの上に浮いているのは天空闘技場の欠片の1つで、他のパーツは浮遊大陸と同じように空の旅に出ているらしい。
一定周期で集まっては大きな塊になり、それが天空闘技場になる……らしい。
と言うか、その“集まる周期”に合わせて闘技会が開かれているとか何とか。……だから年3回とか微妙な回数なのか……。別に季節が3つしかないからじゃないのね……。
今日の陽が落ちる頃にはパーツが集まって超合体をし、明日の明け方にまた離れ離れになってどこぞへ旅立ってゆくらしいが……下の町の人達は大変だな? 天空に蓋がされて陽の光が通らないし、何かあって落ちて来るんじゃないかと不安だし……。
まあ、そんな事を考えるのは俺が余所の国から来ているからで、この国の人達はそんな事気にしないし、むしろお祝い事として喜んでいるくらいだ。
現在の時刻は……さっき昼の鐘が鳴ったばかりだから、ほぼ正午。陽が落ちるのが5時くらいだから、後5時間だ。
5時間後、俺は……
―――― あそこで、おっさんと殺し合いをする。
昨夜の会話を思い出す。
俺の「戦え」発言におっさんは少し驚いたような……それでいて、それを覚悟していたような……何とも言えない表情をした。
そして――――
「我は、お前と戦わぬように『このまま帰れ』と言ったのだが?」
そのセリフを俺は切り捨てた。正直に言うと、あの時は頭がテンパってて何と返したのかはよく覚えてない。多分「うるせぇバカ!」とか、そんな感じの教養の欠片も感じないガキみたいな返しをしたような気がする……。
「先日、我はお前と殺し合いをせぬと言ったが状況が変わった。悪いがあの約束は反故にさせて貰う。その意味は分かるな?」
分かってた。
一々確認されなくたって分かってた。
「戦うと言うなら、我はお前を殺すぞ? 慈悲も情もなく、全力を持ってお前を肉塊とする。それを分かった上で『戦え』と言ったのか? 今なら聞かなかった事にしてやるが?」
それに対して何と返したのかは覚えてる。
精一杯去勢を張って、ビビってないし迷って無いアピールに強い言葉を頭の中で必死に探して吐き出したから……。
俺はこう返した。
「(意味が分かんねえな? なんでテメェが勝つ前提で話してるんだ? そうやって俺を舐めてかかった魔王がどんな末路を辿ったか教えてやろうか?)」
我ながら、バリバリにテンパった頭でよくあんなセリフが吐けたもんだ……。口八丁で切り抜けて来た元営業のスキルお陰かね?
まあ、ともかく……その虚勢のお陰でおっさんもやる気になってくれた。
「……良いだろう。予定通りに明日の夕刻、天空闘技場にて貴様を待つ」
回想終了。
いい加減岩の空を見上げる事にも飽き、窓から離れてベッドでコロンっと丸くなる。
これで良かったのか?
昨夜から何度目か分からない自身への問い掛け。
あの場で、戦争回避の為の手として俺が考えついたのがおっさんを倒す事だった。
おっさんの魔王間での戦闘能力評価は4位。その上には最古の血の3人しか居ないから、魔王同盟におっさん以上は居ないって事になる。それはつまり、魔王同盟の最大戦力はおっさんだって事だ。その最大戦力を潰されれば、他の魔王共は俺への対応を考えざるを得ない。
上手く行けば、大陸南への侵攻を止めさせる事が出来るかもしれない。
もし仮に、魔王同盟の残り3人が戦争を始めたとしても、おっさんが居ないのであればコッチとしては大分対処がしやすい。
何より、おっさんを倒せるタイミングはここにしかない。
魔王同盟として対処されれば、間違いなく他の魔王が嘴突っ込んでくる。だが、闘技場のチャンピオンとしての戦いであるのなら、おっさんがそれを許さない。おっさんと1対1で戦えるチャンスは、今、この瞬間にしかない。
「ミィ……」
はぁ……。
俺の頭の出来がもう少し良かったら、もっとスマートに、もっと危険の無い戦争回避法が浮かんだのかもしれないが……残念ながら、凡人of凡人の俺の頭じゃコレが限界。
何にしても、今日の戦いで俺が勝てなければそこで終わりだ。魔王同盟は侵攻を開始し、魔王4人にアザリア達勇者が10年前の戦争と同じように蹂躙されてジ・エンド。
…………っつか、戦争回避の為に無い頭使って頑張ってはいるが、俺ってそこまで「人類の未来を背負う!」的なキャラでしたっけ? 答えは断じてNOである。
まあ、アザリアやらレティやら、身近な皆の平和の為に頑張ってるのは否定しないが、人類全体の事まで考えられる程俺の懐は深くも広くもない。
俺は根本的に自分勝手な人間だ。
だから、俺が頑張るのは自分の為。
今回頑張っているのも、俺にとっての平穏な場所が侵されようとしているからってのが根っこにある。
誰だって、自分の家に泥棒が入ろうとしたり、火事になりそうになっていたら、どうにかしようと頑張る。俺の今の頑張りは、その延長に過ぎない。
正義のため!! とか、格好良い理由だったら勇者になれたかもしれないのにねぇ……? 元一般ピープルな、現子猫ですし。そう言うのは無理無理、似合わないし。
馬鹿な事を考えて思考を逃がしていても、それが止まるとふと湧き上がってくる恐怖。
勝てるのか? あの化物染みた強さの魔王に……。
勝ち目が無い――――とは思わないが、6:4くらいで分が悪い。……ゴメン嘘、本当は8:2くらいだわ……。
まあ、でも、奥の手……と言えるのかは分からないが、実は隠している手札は有ったりする。
あ、違うよ? アイテム欄に入ってる【切り札】の事じゃなくて。
覚えているだろうか? 幽霊船の船長をシバき殺してアイテムを貰った時に、選べるボーナスが出た事を。
実は、あの時のボーナスは項目の1つが妙に嫌な空気を放っていたので、今でも放置しているんだが――――ちょっと様子がおかしい。
目を閉じて、瞼の裏でログを遡る。
『条件≪210種類のアイテムをコレクトする≫を満たした為、以下のうちから1つボーナスを選ぶ事ができます。
・マスタースキル【 】の枷を1つ外す
・マスタースキル【 】の枷を1つ外す
・マスタースキル【 】の枷を1つ外す』
……いつの間にか、選べるボーナスが“選べないボーナス”になっていた。
どう言う事なの? 俺が妙な空気を放っていると感じた項目が、正しくこの『マスタースキル【 】の枷を1つ外す』なのだが、これ以外の項目が消えてるんですけど……?
確かに1番上は肉体強化だったし、1番下はスキルガチャだった筈……。
なんでなの?
今まで選べるボーナスを放置した事なんてなかったけど、放置すると強制的に選ばせる仕様なのかしら? …………ただの勘だが、違う気がする。仕様じゃなくて、何かの意思が俺にコレを選ばせようとしている気がする。
ぶっちゃけてしまえば、俺はコレを選びたくない。放置できるなら永遠に放置しておきたい。
何か――――何か、嫌な予感がするんだ。
俺の中の危険を知らせる何かが、コレを選ぶ事を全力で拒否している。
とは言え……良いも悪いもない。
相手はあのおっさんだ。使える手はどんなヤバい手だって使わなきゃ勝てる相手じゃない。
だから、覚悟だけはしておかねえとな……?
まあ、俺が勝手に嫌な予感を感じているだけで、実際は能力を強化してくれるだけってオチも十分有り得るしな? うん。
顔を前脚でクシクシする。
気持ちは良いが、気分は最悪だった。
本当に……本当におっさんと戦わなきゃならないのか……?
覚悟を決めたつもりなのに、気を抜くと心の奥の方からそんな疑問が浮かび上がって来る。
分かってる。
俺は、おっさんと戦いたくない。
分かってる、分かってるよ。
おっさんが急に魔王同盟なんて物に連なったのは、多分ピーナッツとの間で何かがあったからだ。おっさんの様子がおかしくなったのはピーナッツがこの国に来た次の日からだし、多分間違いない。
じゃあ、ピーナッツの方をブチ転がしに行けば、何か良く分からないおっさんの問題が解決して、戦いを回避出来るんじゃないか――――そんな事も考えた。
だが、もし、それで解決しないような問題だったら?
例えば……そうだな? おっさんの大事な人が、ピーナッツを含めた他の魔王同盟の3人に人質にされてる……とか。その人質はピーナッツ以外の魔王の元に捕らわれていて、「助けて欲しければ仲間になれ」的な。
…………例えで言ってみたけど、おっさんならこんな展開が本当に有り得そうなんだよなぁ……。あの赤鬼、魔王のくせに妙に人間寄りだし……。
ゴロンッと硬いベッドで寝返りを打ち、若干汚れている天井を見上げながら独り呟く。
「ミィ、ミュゥ……」
まあ、全部今更だな……。
おっさんとピーナッツの間に何があったのかは、本当のところは分かんない。
おっさんが何も言わなかった以上、俺に出来る事もない。
俺は俺として、人間達を護る為におっさんを倒すしかねぇ……か。
陰鬱な気分になりながら目を閉じる。
起きた時に少しは気分が晴れている事を祈りながら、猫らしく昼寝する事にした。




