10-5 海は良いよね……
おっさんに説教を受けた翌日。
本戦は昨日1回戦を終わらせたから、俺は今日する事ない。
ぶっちゃけ暇。
まあ、昨日は散々おっさんにアビスの強さを聞かされて、正直かなりあの野郎への恐怖心がぶり返しているので、精神安定の為にもマッタリ過ごそう。
ってな訳で、やってきました港町。
港から少し離れた所で、【仮想体】も出さず――――剣の勇者のペットとしてではなく、ただの1匹の猫としてチョコンッと座っている。
俺の目の前には、どこまでも広がる青い海。
穏やかな潮風に体を撫でられながら、寄せては返す波の音を聞いている。
はぁああ……癒しだわぁ。モリモリささくれていた心が癒されるわぁあ……。母なる海よありがとうごじゃいますぅ!!
などと、心安らかに海を眺めている俺。
しかし――――
視線を横に向ければ、そこには3mの赤鬼が釣り糸を垂らしながら座っている。
魔王ギガースことおっさん。
何故にこの魔王が隣に居るかと言いますと、昨日の“お説教”の後、唐突に「釣りがしたい」と言いだしたので「じゃあ、すれば良いんじゃね?」と返したら「では明日港に集合な」と、そんな感じである。
え? どんな感じだよって? そんなもん俺が聞きたいわ!! 俺がッ、聞きてぇわッッ!!
俺の『1人でマッタリ、海辺を散策して癒されるツアー(日帰り)』を返しやがれぃ!!
何が悲しくて怖い顔の魔王とペア釣りをせにゃならんのだ!!
どうせするなら、巨乳で清楚な美人としたい。…………巨乳ではないが、結構レティがこの枠に入ってる気がする。……いや、でもレティって抱っこされた時の感触的に結構着痩せすると思うんだよね? 将来はかなり期待できる気がするの。
そうなると、俺の好みの女性にドンピシャじゃないあの子? しかもナチュラルに猫の喋れる能力持ちだし。
いや、だからどーしたって話だが……。だいたい、あの子をそう言う目で見るのは失礼だな……反省。
そんな事より、この件を片付けた後にレティをどこかに連れて行く約束の事だな。
「また難しい顔をしているな?」
「(猫の表情なんて分かんのかよ……?)」
「お前自身が自覚してないだけで、猫とは表情豊かなのだぞ」
「(え……? そう……か?)」
まあ、猫が無表情とは言わないが、表情豊かか……?
それはおっさんの観察力が鋭いだけじゃなくて?
え? え? もしかして俺が猫の表情を読めないだけで、普通の人達って、もっと猫の表情が見えてるの?
「何故そのような悲しいのか驚いているのか分からん顔をしているのだ?」
悲しくて驚いてるからだろ、そら。
「(だいったいっ、なんで釣り!? なんでよりによって釣り!? 鬼なら鬼らしく金銀財宝を鬼が島に貯めに行きなさいッ!!)」
「なんだ鬼が島とは……どこの島なのかは分からぬが、とりあえず金銀財宝にはさほど興味は無い」
「(なんなのおっさんのその無欲さ!? そんなんじゃ豆投げ付けられないじゃん!? “鬼は外”出来ないじゃん!?)」
「オニ・ワトソンがどこの人間かは知らぬし……何故豆を投げるのだ?」
「(誰だよっ!! その名探偵の話を語りそうな医者のパチモンはよぉ!?)」
ギャーギャーと俺が騒ぐ(実際はミィミィ騒いでいるのだが)が、そんな事はお構いなしにおっさんは魚を釣り上げている。
「(そもそも、おっさん魔王だろ? こんな所で油売ってて良いのかよ? 国政のトップが居ないと困るんじゃねえの?)」
「問題無い。我はそう言った頭を使う事は苦手なのでな、下の優秀な者達に任せている。我は必要な時に偉そうな顔をして、偉そうな態度を取っていれば、それで国としては回るようになっている」
何、その椅子に座っているだけの簡単な仕事……。
神輿は軽いに限ると言うが……神輿が仕事する事放棄してんのもどうかと思うの……。
こう言うところだけは魔王だなおっさん。
「ちなみに言っておくと、アビス殿も似たような感じだ」
「(マジで!? ……いや、アレは……うん、まあ、普通に政治してるって言われる方が驚くか……)」
「もっともあの方は、我のように不必要に偉そうな顔や態度をする必要が無いがな」
言いながら、竿を引いて鯖っぽい魚を釣り上げて桶に放り込む。
……どうでも良いけど、ここ無茶苦茶入れ食いだな……。糸を垂らしたら10秒もかからずに魚が食いついてんじゃねえか。
「そんな事より、お前の方こそ何故今日は鎧を出していないのだ? アレが無ければ誰もお前が剣の勇者と分からんだろう?」
いや、別に分からなくて良いんですけどね……何故って、俺勇者じゃねえし。
出してると、勇者関係無くても目立つし、ゆっくり出来ませんし。
まあ、でも、今【仮想体】を引っ込めてる1番の理由はそこじゃないけど。
「(良いんだよ勇者だって分からない方が。魔王と勇者が必要以上に仲良くしてる姿を見せるのは、世間的にあんまり宜しくないでしょ? 色んな意味で)」
この国の人と魔族はおっさんのお陰で結構仲良しだけど、世間的には敵同士。
魔族の頂点である魔王と、人間の希望である勇者は、絶対的に殺し合いをする関係な訳で、その両者が仲良くしているのはどう考えたって色々邪推される。
俺の方は周りからの評判とか噂話とか、そんな物は「知った事か」な身の上だからどうでも良いが、おっさんの方は色々あるだろう。
他の魔王からの目もあるし、他の国の魔族連中から何を言われるか分かったものじゃない。その結果、この国の人間や魔族にも被害が出る可能性だってある。
色々考えると、要らん危険は回避するに越した事はない……って事で【仮想体】は引っ込めている。
そんな訳で、3mの赤鬼と体長20cmの子猫が並んで座る光景が生まれたのです。
「お前はちゃんと考えているのだな? 猫なのに」
「(そうだよ、考えてんだよ。猫だけど)」
「そんな小さな体で勇者としての使命を果たすのは、その深慮あってこそか」
勇者の使命なんて果たした覚えがないんだが……。
あと、言う程深い考えはしてないと思う…………自分で言いたくないが、結構俺は浅知恵で動くし……。
まあ、それをわざわざ人には言わないけども。
呑気な会話をしていると、おっさんの竿が強く引く。
「む?」
「(大物かかった?)」
「そうらしい」
言いながら、巧みに竿を操って引き上げようとする。
そこそこの大きさの魚なら、おっさんが力任せに引けば軽々と引き上げられる。おっさんが敢えて力任せに行かないのは、それをすると竿が折れるか糸が切れると判断したからだ。
って事は、それ相応の大きさと重さって事だろう。
これは期待できますな?
「昼飯は期待しろ」
「(俺は焼き魚が好きだッ!!)」
「我は煮込んだ魚の方が好きだ!!」
一瞬同時に動きを止め、カッと鋭い眼光で睨み合う。
「(煮込むと熱くて猫舌の俺が食いづらい!!)」
「焼き魚も熱いだろう!?」
「(焼き魚は冷ましてから食っても旨い!!)」
「煮込みは冷ます事でむしろ旨味が増す!!」
傍目に見れば、3mの鬼と20cmの子猫が睨み合う光景は奇妙と言うか、不気味に見えるのではないだろうか? 若しくは、おっさんが大人げなく子猫を威嚇する間抜けな魔王に見えるのではないだろうか?
睨み合ったままおっさんが竿を引き上げる――――いや、かかっていた獲物の方が勝手に浮上して来て、その勢いのまま海面で跳ねあがる。
それは、魔物だった。しかも、どう擁護しても魚とは言えない。
1m以上ある鉄球のような姿をしていて、巨大なギザ歯の生えた大口を開けている。……何と言うか、スーパーマ●オのワン●ンその物だった。
その姿を見るや、俺はワン●ンに向かって飛びかかり、おっさんは竿を投げ捨てて拳を振り被る。
「魚じゃ!!」「(ねーじゃねーかッッ!!)」
俺とおっさんの拳が同時に鉄球にめり込み、その体を粉々に吹き飛ばした。




