10-4 猫と赤鬼の魔王の話
因果切りの誤解はそのままにして――――いや、いやいやいやいや、ちょっと待てよ?
そう言えば、塔でアビスと初めて会った時にも因果切りがどうしたこうしたって言ってたよな、確か?
えーっと……あいつ何て言ってたっけか……?
記憶の棚をバサバサと開けて、あの時の記憶を引っ張り出す。
『旭日の剣が“因果斬り”を発動するのも当然の話だな? 90年前、俺様達に襲いかかり、7人の魔王を食い殺してこの世から消したのは貴様だもんなあ!』
だ。
この発言に嘘や誇張が混じっていないとすれば、いくつか分かる事がある。
90年前の旭日の剣の持ち主は――――俺と同じ姿をした、魔神。
そして、旭日の剣に“因果切り”なる能力が本当に存在していないとすれば、魔神は俺と同じように魔王を本当の意味で殺せる能力を持っていた。
あと、90年前は魔王がもっと多かった……らしい。いや、これは本当か? おっさんに訊いてみるか。
「(なあ、もしかして魔王って大昔は20人くらい居たりした?)」
「なんだ唐突に? 我もつい最近まで知らなかったが、そうらしいな? もっとも世に魔王の名前が出る前に7人は狩られて消えてしまったと聞いたが。よくそんな事を知っていたな?」
はい、おおあた~り~。
どっかの的屋みたいな事言ってしまった。
でも、そうするとアレですよ?
件の魔神の能力って……“俺と似てる”ってか、“俺と同じ”じゃないか?
エルギス帝国迷いの森の奥にある洞窟の奥、謎の封印術の中で眠る、俺の生き写しの子猫を思い出す。
アレが本当に魔神だとしたら…………見かけも、能力も、全てが俺と同じって事になる。
どう言う事だ?
八咫烏の奴も、俺が近付くと目を覚ます可能性があるとか何とか言ってたし……どう考えたってアレは俺と無関係な存在じゃない。
けど――――あの洞窟の中に満ちていた、全身の毛穴から血が噴き出しそうになるような恐ろしい気配は……あれだけは俺とは別物。
そうそう、謎と言えば、その魔神らしき猫の近くに置かれていた“虹の器”だ。
悪魔の隠し玉だった謎の黒い玉の光とか、精霊の力の結晶っぽい光とか、なんか良く分からない物を着々と吸収してやがるけど……これこのまま集め続けるとどうなるんだ?
「ミャァ……」
はぁ……。
色々分からない事が山積み過ぎて、溜息と一緒に魂まで吐き出しそう……。
「なんだ? 人の質問に溜息を返すのはどう言う了見だ」
「(ああ、ごめん。色々考えてたら、頭の中グチャグチャしてた)」
「猫にも悩みがあるのか?」
「(そら有るだろ。悩みなんてどこにだって転がってるもんだし)」
「それは……まあ、そうだな」
とか言ってみたけど、俺の悩みは、どう考えたってそこら辺に転がってるような物じゃないけど……。
まあ、良いや。ウダウダ考えたところで解決するような悩みじゃないですし。
そんな事より、目下の問題を解決する為に努力するべきじゃない?
俺の目下の問題と言えば、アビスの事だ。
あの野郎をどうにか出来なきゃ俺に未来はない。おっさんの所に来たのだって、対アビスの為に格闘戦に慣れておく為だし。
いや、もっと言ってしまえば、俺が魔王を狩るなんて危険を冒しているのがアビスと戦う力を得る為なんだよ……。
あんにゃろうとの問題さえ無いのなら、俺は静かにだらだらと食っちゃ寝してんだよ今頃よぉ!!
こんなに苦労してんのは全部、あのハゲのせいじゃろうがボケがっ!!
「(それはそうと、おっさん昔はアビスの弟子だったんだろ? なんかアイツの弱点とか知らねえの?)」
「お前は唐突に話題を切り替えるな……まあ、構わんが。アビス殿に弱点は無い」
「(……え? 言い切っちゃうの? 本当は知ってるけど隠してるとか、口止めされてるとかじゃなくて?)」
「うむ、無い。強いて言うなら、葉野菜を食べる時に少し嫌そうな顔をする」
それ弱点じゃねえよ。ただの好き嫌いだよ……。
葉野菜を投げたら弱体化するとかなら良いのに……。
「(戦闘面で何か無いの? 右ストレートの後に隙が有る――的な奴)」
「無いな」
迷いない即答。
知ってるけど隠してるって感じじゃない。完全に弱点が無いと確信している声の出し方だ。
「剣の勇者として、いずれはアビス殿に挑もうとする気概は買うが……死にたくないのなら止めておけ。あの方に勝つのは不可能だ」
「(不可能……とまで言うの?)」
「あの方に関しては、な。元弟子だから……と言う話ではない。あの方は、そもそも魔王の――――魔族の中でも飛び抜けた“異常”なのだ。戦闘力では魔王の序列2位と言われているエトランゼ殿ですら、1度も勝てた事はないと言われているからな」
エトランゼ……。
アビスを含めた3人の最古の血のうちの1人。
エトランゼ=B・エトワール……だっけか?
魔王の長ったらしい名前は覚えるの面倒臭いけど、最古の血の3人は俺にとって絶対的に危険な相手だから頑張って覚えました。
「30年前――――魔王同士の戦いを禁じるルールが出来るまで、アビス殿とエトランゼ殿は事あるごとに喧嘩をしては殺し合いに発展していた。そして、大抵はエトランゼ殿が戦闘不能にされて終わっていた。だが、決してエトランゼ殿が弱い訳ではない。我とエトランゼ殿が戦ったら、我は1000回戦っても傷1つ負わせる事も出来ずに殺されるだろう」
おっさんが、そこまで言う強さのエトランゼが、全然まったく勝てない相手……それがアビス。
それが――――最強。
俺は、その化物に狙われてるってか? 冗談じゃねえな……。
正直世界の果てで泣きながら引き籠りたいわ。
「我も格闘戦ではアビス殿に次ぐと言われているが、その間には天と地ほどの差がある」
「(それは……まあ、元師匠と弟子だし?)」
「そうだな。魔導拳を覚えているか?」
「(阿修羅を転がす時に使ってた、魔法と格闘術の複合とか言ってた奴だろ?)」
小さく頷いてから言葉を続ける。
「あれは、元々最初の魔王の1人が編み出した物を、アビス殿が興味本位で教えて貰った物らしいのだが……ああ、ちなみにその魔導拳を編み出した魔王は勇者との戦いで早々に死んだそうだ」
そこはどうでも良い。
「その当時の魔導拳はまだまだ荒削りで、時間をかけて完成させたのがアビス殿なのだ。もっとも、アビス殿が言うにはまだ途上との事だったが」
…………え? 待って?
おっさんの使ってた魔導拳も相当ヤバい火力だったのに、アビスは更に上位版を持ってる可能性が有るって事じゃない? ヤバくない? ヤバいってか、ダメじゃない? そんな物を持ってるってダメじゃない?
「どうだ? それを聞いただけでも、どれだけアビス殿が強いか分かるだろう?」
「(…………いや、あの野郎が強いのは知ってるのよ。なんたって1度しこまたボコられたし)」
「そうだったな。では更に悪い話しをしてやろう」
「(これ以上人を絶望させるのは止めていただきたい……)」
「お前は人ではないから構わんな」
「(そう言うの屁理屈って言うと思う……)」
おっさんが悪戯小僧みたいな顔で楽しそうに笑う(でも顔怖い)。
「アビス殿と言えば格闘戦の強さが有名だが、だからと言って魔法や魔力戦闘が弱い訳ではない」
それはそうでしょうね。
究極魔法とか言うクソバカ火力と範囲の魔法を、当たり前のようにぶっ放して来るような奴が魔法不得意な訳ねーし……。
「魔王の中で魔力戦闘最強と言われているエトランゼ殿と正面切って撃ち合える程だからな? しかも、御自身曰く、エトランゼ殿と戦う時ですら全力を出した事は無いと言っていた。正直、アビス殿が本気を出したらどれ程の強さなのかは元弟子だった我ですら想像がつかん」
…………。
…………。
…………。
なんだろう? あまりのヤバさに、脳味噌が思考する事を放棄していたんだが……?
どうすんの?
そんなヤバヤバな野郎との戦いを、どう切り抜けろってんだ、おい?
無理じゃない? 本当に、冗談無しに、これ、マジで、無理じゃない?
途中で命を投げるような事は絶対にする気はないが、それでも……それでも絶望の手が心の中に伸びて来る。




