7-31 炎vs氷
少し時間は巻き戻り、教会の前。
教会内では、某猫がベリアルと追い駆けっこして居た頃、ここでの死闘とも言える程の激しい戦いは始まっていた。
「ッ―――!?」
ドンと言う強い衝撃を受け、バルトは教会前の階段を落ちる。
が、地面スレスレで【空中機動】を発動して足場を作り、そこに手をついてアクロバットな姿勢制御で地面に降りる。
師である子猫に【空中機動】の練習を、かなりスパルタで教えて貰ったお陰だ。
空中の姿勢制御が、普通の人間なら1ヶ月かかるだろう程に上手くなっている。
だが、敵はそれで逃がしてはくれない。
階段の手すりの左右を、双子が競うように滑り下り、地面に下りるや否や、地面に敷かれたタイルを巻き上げる程のスピードで突っ込んで来る。
「槍の」「勇者」「教父の」「邪魔は」「「させない!」」
左から、双剣の神器の片割れ―――黒い剣を持つ白が先に突っ込んで来る。
素早く振られた剣を灯の槍で受ける。
「クッ……!!」
攻撃が重い。
連続で振るつもりが無い、1撃に全力を注ぎこむ攻撃。
若干振りも大きかった。
確かに威力は大きい。だが、あれだけ見え見えの攻撃ならば、スピードを視認出来るバルトならば対処は可能。
しかし、ブランの狙いは、バルトの槍を封じる事。
攻撃を受けたまま刃を合わせた状態からは、動きが制限される。力に物を言わせて押しこむか、わざと力を抜いて相手を“透かす”か。
だが、その選択肢を悩んでいる暇を、双子は与えてくれない。
今度は神器の白い剣を持った黒が、間をおかずに突っ込んで来る。
そのスピードを擬音にするのなら、ギュンッだろう。
ブランよりも、踏み込みの速度が頭一つ分早い。
力のブランと、速度のノワール。
ブランの攻撃を受けたままでは、ノワールの攻撃を食らう。しかし無理に場を動かそうとすれば、ブランがバルトの受けを透かして攻撃して来る。
双子の無言、無音のコンビネーション。
以心伝心、2人で1つ。
伊達に双剣を分けあっている訳ではない。
相手の攻撃の巧さに、思わずバルトは笑う。
同じ勇者で戦う事については、色々思う事はある。しかし、それ以上に強敵である事が嬉しい。
こんな強い双子の相手を、師匠が任せてくれた事が誇らしい。
こんな強い相手に、自分の全力を振るえる事が嬉しい。
一手受けるごとに、一手返すごとに、自分が強くなって行くのが分かる。
嬉しい。
「もっと、もっと!」と、心が叫んでいる。
今までとは違う。
誰にも感謝はされないかもしれない。
だけど、今のバルトは勇者である。
“正義の為”に戦える。
心が熱くなる。
体中の血が燃える。
その滾りを、精霊に手渡す。
「【火葬】!」
精霊魔法。
燃え滾る炎が、バルトの体から迸る。
バルト自身が燃えている。
しかし、その炎はバルトを傷付けはしない。
魔法・天術の基本として、攻撃術式の発動者は効果やダメージを受けないから。
炎の鎧。
否、それは鎧では無い。
近付く者を容赦なく燃やし尽くす、炎の刃。
「ァうッ!!」
間近で炎の直撃を食らったブランが吹き飛ぶ。
突っ込もうとしていたノワールも思わず足を止める。
「この術式は」「分からない」「未知の」「力です!」
精霊魔法を使える者なんて、世界中どころか、歴史上でも片手で数える程しかいない。
だからこそ、術式が相手に分からないし、対処法もそう簡単には思い付かない。
「僕、嬉しい、です! 貴女達、とても、強い、から。でも、僕は、師匠、追い付く、もっと、強く、なる!!」
バルトの纏う火が大きくなる。まるで、バルトのワクワクしている心に呼応するかのように。
バルトが槍を顔の横辺りに構える。
今まで、野生の中で磨き続けた我流槍術。
師匠である子猫からも、「防御面ではかなり難有りだが、攻撃面で判断すれば悪い構えではない」と太鼓判を貰っている。
バルトの基本戦術は“特攻”である。
防御を考えず、自身が傷つく事になっても、相手の骨を断ちに行く。そう言う戦い方。
だが、今のバルトには炎の鎧がある。
防御が無くても、構わない。
今までにない程感覚が研ぎ澄まされる。緊張とワクワクする好奇心が、良い感じに釣り合っている状態。
周りで、雑魚の悪魔と戦っているアザリア一行の戦いも目に入らない程の集中。
「行く、ます!」
一々敵に対して声をかけてからの攻撃。
師匠には怒られるかもしれないが、正々堂々と戦うのはバルトの強さの根っ子である、優しさに直結する。だからこそ、バルトはここだけは譲れない。
だが、炎のせいで近付けない双子も、黙って棒立ちになってくれる程馬鹿では無い。
炎を食らったブランを置いて、ノワールはバルトを中心に時計回りに走る。
何をするのかと一瞬攻撃を中断したバルト。
そのバルトを中心に置いて、前と後ろを取る双子。
1対2であるのなら、前後からの攻撃はどう考えても有効。が、炎の鎧がある限り、全方位、どこからも近付く事は出来ない。
しかし―――そんな事は双子も承知の上。
双子が剣を縦に構え、そして吠える。
「【ジャッジメント―――】!」「【―――ブリザード】!」
双剣の神器―――【冷雹の双剣】に付与されている、究極天術の発動。
ビュウっと冷たい風が吹くや否や、バルトの纏っていた炎がボロボロと崩れるように“凍る”。
天から吹き降りる冷気が雪となり、雹となり、視界を降り注ぐ真っ白な氷が埋め尽くす。
「これは、何、です!?」
バルトの知識の中には“究極天術”なんて物は存在しない。
勿論、それが自分の神器の中にも眠っている事も知らない。
だから戸惑う。
究極天術の攻撃系の物は、例外無く魔族と魔王だけを狙い撃ちにする物である。その為に、普通の人間には効果が無い。
しかし、バルトは半魔。
つまり、血の半分は魔族。
故に、その効果が少しだけ発揮されてしまう。
肉体に吹きかかる微妙にだが冷たい冷気。そして精霊魔法を阻害する効果。
バルトが使っていたのが天術であれば問題無かった。だが、バルトが使うのは精霊“魔法”である。
分類が魔法と言う事は、それは魔族側の力である。その為、究極天術の阻害効果が発揮されてしまうのだ。
炎の鎧が弱体化したバルトに、双子が雹を気にした様子も無く突っ込んで来る。
それも当然、この雹は魔族と魔王にだけ触れる物で、普通の人間には何の効果も無いのだから。
吹きつける冷気が徐々に強くなって、嵐のように渦巻く。
だが、その影響を受けているのはバルト1人で、人も悪魔も寒がっている様子は何処にも無く、むしろ不思議そうに風に煽られて振って来る雹を見ているくらいだ。
「クッ」
バルトに吹きつける冷気は、見た目に反して弱い。
所詮は半分の血だ。
受ける影響なんて、本来の数分の1程度。
だが、確実に戦力が削られている。
精霊魔法の阻害もさる事ながら、火炎系の術式を得意とするバルトにとって冷気や水系の攻撃は天敵だ。何故なら、炎の力が弱くなるから。
それに、弱い冷気が、降りかかる雹も相まって体温を急激に奪いに来る。
体温の低下は、絶対的な肉体の弱体化に繋がる。
それでも―――バルトは槍を構えて双子を迎え撃つ。
それ以外に、対応の仕方が分からなかったから。
何より、尊敬する師に、この双子を任されたから。
「僕、は、負けない……師匠、言った。僕、に、任せる。だから―――もっと、上に、行く!!」
周囲から光の粒が集まる。
精霊の群れ。
何処に居たのか疑問に思う程の数。
数十ではきかない。
数百、数千……下手すればもっと。
その全てが、まるでバルトを護るように群がる。
光が―――1つになる。




