6-6 教父は闇と共に歩く
聖教会アヴァレリア。
数時間前まで剣の勇者と、その飼い猫が捕らわれていた教会。
教会の中―――地下室に続く扉の前。より正確に言えば、扉があった場所の前。
実際の現場は、焼けた階段と粉々になった扉。
そして階段の続く階下は、巨大な爆発と爆炎によって天井が崩壊し、崩れた上の階の瓦礫によって完全に押し潰されて、粉々になった天井や床の瓦礫が階段にまで散乱していた。
正直、これだけ破壊されて教会が無事に立っている事が奇跡だった。
――― 地下室は完全にダメだな。
七色教教父カヴェルは、現場を見てそう即座に判断した。
元々地下室は、カヴェルの私的な目的に使用していた場所だ。
彼の目的に必要無い魔道具の倉庫、そして勇者を召喚する為の儀式場。
(全て粉々……か。狙われたか?)
ここには必要な魔道具は1つとして置いてない。
彼にとって有用な物は既に今朝方移動させた後だ。
勇者召喚の儀式場も、もうこれ以上は使う必要の無い物だ。
つまり、彼には何の痛痒も無い。
だが―――魔道具の移動をした、直後のこのタイミング。
明らかに、コチラの行動を潰そうとしている意図が見える。
だとすれば、地下室を爆破、炎上させた犯人はカヴェルのしようとしている事に気付いて居る可能性が高い。
「それで、剣の勇者はどうしたのですか?」
隣に居た信徒に訊く。
位的にはカヴェルの方が上ではあるが、七色教の内部では、一応建前上は上下関係は無い事になっているので、カヴェルは誰に対しても敬語だ。
「はい、爆発騒ぎに乗じて脱出したようで、例の部屋には短剣の勇者殿が」
「逃げられましたか」
「短剣の勇者殿は誰かに襲われたと言っていましたが、誰の姿も見ていない、と」
「直接お話しさせて頂きたいですね」
「それが、誰かが【封印術式】をかけたらしく、誰にも解く事が出来ず、扉越しになってしまいますが。それに、短剣の勇者殿は物理的に拘束されているようでして、その上鍵穴に鍵を入れた状態で折られていましたから、部屋に入れるようになるのは当分先かと……」
短剣の勇者は正体不明の敵に襲われ、意識を失ったところを誰かに拘束された。
その犯人は剣の勇者を連れて逃げ、扉の鍵を開けられないようにした上で、扉に【封印術式】をかけて行った。
随分用意周到な事だ。
(まあ、それも短剣の勇者の言う事を信じるのなら、ですか)
カヴェルは短剣の勇者を信用して居ない。
元々は自分の指示で召喚した勇者ではあるが、思った以上に扱い辛い相手だった。
と言うのも、彼には1つのスキルが授けられている。
【神の声】
端的に言ってしまえば“洗脳”のスキルだ。
それも、超の付く程強力な。
ただし―――このスキルは「神を信じている相手」に対して大きな効果を発揮する。逆に言えば、神への信仰心が無い相手には大した効果が無い、と言う事だ。
そう言う意味では、神の足元たる七色教会は彼の能力を最大限に発揮できる場所であった。
だが、短剣の勇者はダメだ。
あの女―――男は、神を信じて居ない。故に、彼のスキルが届かない。
今は良い様に使われている“振り”をしているが、いずれは始末しておく必要がある。
(同じ勇者同士、双子にやらせましょうかね)
比べて、双剣の勇者たる双子は良い。
神への厚い信仰心を持ち、その上カヴェル自身を父と慕って居る為に心は良いように“書き換える”事が出来る。
七色教会と勇者の関係の悪さから、勇者の出入りを良く思わない者も居るが、七色教に―――カヴェルに都合の良い人形である為に文句は言わせない。
実質の七色教のトップは枢機卿であるが、その枢機卿はカヴェルの教え子だった過去がある。
故に操る事は容易であった。
七色教の全権と、勇者と言う超級の戦力を手に入れ、彼に逆らえる者はおろか、口答え出来る者すら居なくなった。
現在の七色教の全ては、カヴェルの手の中に在ると言っても過言ではない。
だが―――だからこそ、剣の勇者は邪魔だった。
次々に魔王を討ち倒して国を解放して行く勇者。
その力も然る事乍ら、自然と神の信仰の対象が剣の勇者に移って行く事が問題だ。
現剣の勇者は超級の戦士であり、人々の希望を一身に背負う人物である。それを教会に―――カヴェルの手駒に出来れば、どれだけの利用価値があるだろうか?
だが、それは叶わなかった。
(やはり、剣の勇者を消しておくように命令したのは正解でしたねえ)
短剣の勇者が剣の勇者と接触する話を聞いて、即座に剣の勇者の始末を命令した。
カヴェルのスキルで傀儡にすると言う手も考えたが、もしスキルを躱された場合を考えればリスクが大き過ぎる。
剣の勇者が敵に回り、カヴェルを討ち取りに乗り出したとなれば、コツコツと進めて来た計画が頓挫する可能性すらある。
だからこそ、剣の勇者を魔王バグリースと戦わせた。
いくら剣の勇者と言えど、帰還組の魔王には勝てる筈がない―――そう思っての命令だったが、それを剣の勇者は覆して見せた。
その力は、もはや放置して良い物ではない。
カヴェルの計画の邪魔になる存在。
今すぐにでも排除しなければならない存在。
だが、正面から襲いかかるなど愚の骨頂。相手は帰還組の魔王すら屠る、本物の怪物だ。
それに何より、カヴェルの【神の声】が効果を発揮しなかったのが問題だ。
ペットの猫の方にはスキルが引っ掛かった気配があったが、剣の勇者にはそれが全くなかった。
剣の勇者と言えば強く、優しく、聡明な男。そんな男であれば、神への信仰心は人一倍だろう。
だが、それなのに【神の声】を跳ね退けて見せた。
何故か?
洗脳を無効とするスキルを持っている? いや、剣の勇者は―――あの忌々しい金色の鎧の騎士は無反応だった。まるで、洗脳が効かない事が当たり前のように。
スキルの様な物を使っているようには見えなかった。
であれば、カヴェルの【神の声】を容易に捻じ伏せる、もっと上位の力を持っている?
(やはり、剣の勇者の正体は“神の使徒”ですか……)
それ以外に考えられなかった。
魔王をたった1人で屠る人間を超越した力。
【神の声】を退ける、神の如き精神。
毒を盛っても殺す事はおろか、弱体化させる事の出来ない強靭な肉体。
覚醒した勇者ですら、そこまでの能力は持てないだろう。
神の使徒。
彼にとっての最も忌むべき敵。
人はそれを、
――― 天使と呼ぶ。
(旭日の剣を振るう天使―――第一天使……いや、“奴”は100年前に何者かに殺された筈ですね。では行方不明の第二天使でしょうか)
何にしても、放置して良い相手ではない。
(アレが天使だと言う確信は無かったので、【神の声】を使って見せてしまいましたが、失敗でしたね)
それに、どうやら剣の勇者には隠密行動を得意とする仲間が付いているらしい。
信徒達の目を掻い潜り、【封印術式】と鍵のかかった部屋に忍び込み、あの探査、探知能力に長けた短剣の勇者を1撃で沈める―――闇と影の中に潜む者。
それに、剣の勇者の性格を考えれば、怪我人や死人が出る可能性がある“地下室爆破”なんて荒っぽい方法を選ぶとは思えない。つまり、コチラも勇者を助けに来た影の者が、剣の勇者を逃がす隙を作る為に仕掛けて行ったのだろう。
(天使がもう1人居る……? だとしたら、益々事を急ぐ必要がありますね)
帰還組の魔王を屠る程の力を持った天使を相手に出来るだけの戦力はまだ無い。
だからこそ、時間をかけて用意して来た例の物が必要なのだ。
(そうだ、アレを起動させ、世界を闇に―――闇に……?)
ビキリっと頭にひびが入ったように痛んだ。
「うぅッ!?」
あまりの痛みに、その場に頭を抱えて膝を突く。
すると、慌てて信徒達が駆け足で寄って来た。
「教父!?」「どうなされました!?」「大丈夫なのですか!!?」
問題無い、と手を上げて見せる。
痛い。
頭が割れるように痛い。
いや、違う。
これは、頭では無い。精神が―――自分と言う人格が悲鳴をあげている。
「………ち、がう……!!」
(私が……求めたのは、闇などでは……なかった。ただ―――私は、平和な、世界を……)
思考を遮るように、暗く大きな手が自我を意識の暗い方へと引っ張る―――いや、引き摺りこむ。
自分の意識が沈んで行く。
(いや、違う! 闇だ! 闇の中の静けさこそが、全ての者にとっての安息であり、平和なのだ!!)
「きょ、教父?」
「問題無い。大丈夫です」
先程までの頭の痛みが嘘のように意識がスッキリ、ハッキリする。
清々しい程の、雲1つ無い夜明けのように意識に濁りが無い。
「少々、例の物の起動を急ぎましょうか」
カヴェルは歩き出す。
この世の全てに平和を与える為に。
そして―――勇者を騙る天使を屠る為に。
感想の方で要望があったので、他のキャラの能力設定です。
成長途中のキャラは出せませんが、死んだ魔王は気が向いた時に書いて行こうかと思う今日この頃です。
名前:アドレアス=バーリャ・M・クレッセント
種族:ハーフリザード
身体能力値:859
魔力:1122
魔法数:52種
特性数:2種
魔眼:1種
装備特性:【魔王 Lv.11】
魔王スキル:【ファントムゲイズ】
マスタースキル:【竜の血】
派生スキル:【マジックブースター】【スピードスター】【魔眼強化】【幻惑無効】【火耐性】【爆裂耐性】
ジョブ適正:グラップラー、魔導師、剣士、狩人、魔王(適正値順上位5つ)
始めに主人公の前に立ち塞がる魔王。
魔王の存在を明確にする為に、敢えてテンプレートのような魔王にしました。
主人公が絶対に超えなければならない最初の壁。
本編では主人公が勝っていますが、実際は100回やったら99回は負ける相手です。ぶっちゃけ当時の主人公がアドレアスに勝てたのは偶然であり、運が良かっただけ。
ちなみに13人の魔王の中では下から2番目の強さ。




