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3-32 黄金の勇者は猫と旅立つ

 何か暖かくて柔らかい物に包まれて目を覚ます。

 それに何か、良い匂いもする気がする……。


「ミュ……?」


 目を開けて見ると、視界が暗闇だった。

 なんだ、地獄に落ちたのか俺は? それにしては随分心地いい寝覚めじゃないの。

 冗談はさて置き、視界が暗闇な理由はすぐに分かった。

 俺の顔が何かフワッとした……? いや、プニョッとした……? まあ、なんか、そんな感じの柔らかい物に押し付けられているからだ。

 なんじゃこりゃ?

 前脚でその柔らかい物に触れてみるが、こんな感触は俺の記憶の中には一切存在しない物だ。つまり、正体不明。


「んぅ……」


 うん?

 俺の耳がぶっ壊れてなければ、聞き慣れた少女の声が間近で聞こえた気がしたんだけど……。

 嫌な予感を感じて、急速に寝惚けていた頭が覚醒状態になる。そして同時に良く分からない冷たい汗が噴き出す。

 いや、待て俺。焦るな。まだ慌てるような時間じゃない。

 必死に頭をクールダウンさせながら、今の自分の状況を確認する。

 ええっと……まず、俺の体を包んで居るのは、人の手……ですよね? つまり、俺は誰かに抱っこされている。そして、その誰かは毛布に(くる)まっている。

 うん、よし、ここまではヨシ。何がヨシなのかは俺も良く分からないけど、とりあえずヨシ。


 ええ、はい。

 じゃあ、ちょっくら手の中から脱出してみましょうか?

 モソモソと俺を宝物のように包んで居た小さな手から出ると、毛布の洞窟を歩いて外に脱出。

 そこには―――アザリアが幸せそうな顔で寝ていた。


「ミィ」


 ですよね。

 途中からこの結果を分かっていたけど、必死に現実から目を逸らしていた俺です。

 あれですよね? 俺はこの子のオッパ……いや、止めておこう。これ以上踏み込むとポリスメンに捕まってしまう気がする。何より俺の精神がその現実を受け止めきれる気がしない……。

 本人はまだ寝てますし、全部無かった事にするって事でどうでしょう? いや、「俺に都合良過ぎない?」とは俺も思いますけど、一応言い訳させて貰えば、別に俺が自分の意思でアザリアのベッドに潜り込んだ訳じゃないですし……。

 まあ、でも、いっぱいゴメンなさいはしておこう。


 とりあえず、俺がモゾモゾしたせいで捲れた毛布をアザリアにかけ直して置く。俺のせいで風邪ひかれたら、申し訳なさ過ぎて死ねるからね。


「……猫…にゃん……」


 アザリアが起きたのかと思ったら、ただの寝言だった。

 夢の中でも俺とジャれてんのかこの子は……。なんつうか、アザリアはしっかり者ではあるけど、妙に隙があるから放っておけない妹みたいな感じだな……? まあ、天下の勇者様にそんな事を言うのは失礼かもしれないけど。

 ふと枕元に置かれていた極光の杖が目に入る。

 ……そう言えば、いつか収集箱(コレクトボックス)に登録したいと思いながら、アザリアが全然全く手放さないからずっと放置してたんだった。

 幸せそうに眠っているアザリアに「ちょっと借りるな」と言ってから(実際はミャァとして言ってないけど……)、枕元の極光の杖に触れる。


『【極光の杖 Lv.96】

 カテゴリー:武器

 サイズ:中

 レアリティ:★★★

 属性:超神聖

 装備制限:特性・勇者

 付与術:サンクチュアリ

 所持数:1/1

 第六神器。

 神が人類に与えたと言われる武具の1つ。

 装備効果として“神聖・超神聖属性の天術の消費エネルギーを2分の1”“天術の効果プラス補正”を持つ』


『新しいアイテムがコレクトされた事により、肉体能力にボーナス(効果:大)』


 おっし、コレクト出来た。

 レアリティ★のアイテム2つ目。それと、肉体能力ボーナス効果大だ。

 でも、あれ……?

 旭日の剣って、★が5だよな? 極光の杖は★が3……若干レアリティが劣ってる。それに、アイテムのレベルが旭日の剣に比べてやけに低いな?

 前衛武器と後衛武器の違いか?

 まあ、良いか……とりあえず極光の杖はアザリアの枕元に返して置く。

 ん? ログがまだ流れてる途中だった。


『条件≪レアリティ★以上のアイテムを2種コレクトする≫を満たした為、以下の派生スキルが解放されました。

属性変化(チェンジエレメント)


『【属性変化(チェンジエレメント)

 収集箱から出したカテゴリー武器・防具のアイテムに属性を付与する事が出来ます。元々属性が付与されているアイテムは、属性を上書きします』


 おお、これは強力なスキルじゃない?

 旭日の剣をコレクトした時にボーナスで貰った【仮想体】も超強力なスキルだったし、これも期待できる!

 アザリアに「ありがとう」と言いながら、頬に丸い手で触れる。


「にゃん……にゃん…ふへへ」


 夢の中でも猫まっしぐらしてるらしい。

 クルガの町に戻って来たのは、アザリア達に俺が無事だって事を伝える為ってのが第1だったし、一応その目的は果たせたかな……?

 フゥっと息を吐いてベッドから降りる。

 アザリアを起こさないように気を付けながら扉を開けて外に出る。


 外はまだ薄暗く、太陽が出るまでもう少し時間がかかりそうだ。

 猫の体に、夜の寒さは堪える。

 大きく息を吐くと、白くなった息が広がってすぐに消える。気温は10度ちょっとくらいかな?

 暗く寒い道を歩いて俺の寝床に向かう。

 俺の寝床こと、猫達の溜まり場である路地裏の小さなスペースには、寒さからお互いを護るように十数匹の猫達が猫団子になって丸くなっていた。

 

「ミャァ」


 俺が声をかけると、猫団子になっていた猫達全員がピクンッと耳を立てて反応し、パッと起きて俺の周りに集まって来る。

 ニャーニャー鳴いて、俺が帰って来た事を喜んでくれているが、俺は彼等に伝えなければならない。


「(お前等、俺はこの町を離れる事にした)」


 そう、俺は旅に出る事にした。

 この町には、俺がアドバンスから勝ちとった平穏と安全が有る。しかし―――その微温湯(ぬるまゆ)に浸かっている時間は俺には無い。

 アビスが何時(いつ)俺の前に現れるか分からない以上、呑気に構えて居られないからだ。

 奴との再戦の前に、俺は野郎と戦える力を身に着けなければならない。その為には、まず自分の環境を変えなきゃダメだ。

 今までと同じ場所に留まる事は許されない……。


「(そ、そんな! ダンナが居なくなったら俺達はどうすれば良いんですか!)」


 と、まあ、そんな感じに1番慌てたのは、自称俺の相棒こと黒猫だった。

 

「(俺が居なくなった後は、またお前がボス猫になれ)」

「(ダンナの後を…俺が、ですか?)」

「(言っとくけど、くれぐれも前みたいな恐怖政治するんじゃねえぞ? この町離れるつっても、2度と戻ってこない訳じゃねーからな?)」

「(ヒッ!? わ、分かってやんすよ!)」


 俺の威圧にビビって変な鳴き声をだしやがる。そしてそれを「やんす」と人間語に翻訳する俺のセンスよ。


「(そう言う訳だ。皆も町の人間達とは仲良くな? くれぐれも人間の恨み買うような事はするんじゃねえぞ?)」


 口々に「分かってます」「さよならボス!」とか言っている(実際はニャーニャー言ってるだけ)皆に別れを告げて歩き出す。

 本当は町で世話になった人達にも挨拶したいけど、流石に今の時間は起きて無いだろうし、何より会ったところで言葉も通じんしなぁ……。

 日が出るまで待って、改めて手持ちのアイテムを補充してから行きたかったが……まあ、良いか。食料もアイテムも、現地調達するくらいの貪欲さが無いと、最強まで辿りつけないって気もするし。


 門を抜けて外に出る。


 町の外に出た事は当然ある。けど、それは、町に戻って来る前提での話。

 今俺の目の前にある森の間を抜けるように真っ直ぐ伸びている街道。

 この道へ踏み出せば、もう後戻りは出来ない。

 今まで手に入れて来た猫としての安寧な生活を捨てて、最強を越える為の険しく、苦しい毎日が始まる。

 本当に、これで良いのか?


「ミャっ!」


 気合いを入れて一鳴きする。

 悩むのは止めだ。

 この道を進む以外に、俺が生き延びる道は無い。

 悩んだって無駄だ。やるしかないんだから。


――― 行くか!


 スキルとして復活した【仮想体】にお決まりのオリハルコン装備を着せて旭日の剣を腰に下げさせる。

 おお、オリハルコンの鎧がむっちゃピッカピカだ……兜の角や、鎧の傷も全部が元通りになって、汚れ1つ無い新品の状態になっている。

 ヒョイッとその肩に飛び乗り、歩き出そうとした途端―――


「剣の勇者!」


 背後から声をかけられて振り返る。

 まあ、誰が居るのかは匂いと声で分かってるけど……。

 アザリアだった。

 着の身着のままって感じで、寝間着姿にローブを着ただけの姿だ。髪も整えられておらず、所々でピョンピョンと髪が躍っている。

 必死に走って来たのか、ハァハァと肩で息をしながら、滴る汗を拭っている。


「やっぱり、戻ってたんですね? 猫にゃんが居なくなってたから、きっとそうだろうと思いました」


 俺が猫達に会いに行ってる間に目を覚ましたのか……。

 本当は顔を合わさずにお別れしようと思ってたんだが。


「無事、だったんですね? アビスとの戦いはどうなったんですか?」


 問われて答えに困る。

 素直に言って良い物かと一瞬考え、嘘を言ってもしょうがないと若干諦めに近い気持ちになる。

 正直に言おう。

 黄金の鎧が首を横に振る。


「そう……ですか」


 落胆。

 まあ、そりゃあそうですよね……。


「でも、貴方も猫にゃんも無事に帰って来て良かった。死なない限りは、何度だってチャンスはあります」


 もっともだ。

 「うん」と頷く。

 それきり、アザリアは何も言わず、俺も何も言わず、沈黙が訪れる。

 気まずい……って訳じゃないけど、なんか妙にアザリアが緊張してるっぽくて、それが伝わって来るから俺も緊張する。

 と、10秒程でようやく沈黙を終わらせてアザリアが言う。


「この国を、離れるんですか?」


 うん。


「だと思いました……。魔王に負けたと言うのなら、貴方がそのままで居る筈がありませんから。きっと、もっと高みを目指して動くのだろう…と」


 微妙にニュアンスが違うけど、大まかなところは大正解。


「止めようとは思いません。付いて行こうとも思いません。悔しいですけど、今の私では、貴方にとって足手纏い以外の何物でもないでしょうから……」


 そこまでは言ってないけど……。

 でも、1人で行きたいって事は否定しない。俺の正体云々を抜きにしても、人の面倒を見てるような余裕は、今の俺には無い。


「あの! ですけど……その……1つ、お願いを言っても良いですか?」


 あれ? このパターン前にもあったぞ?

 解放祭の夜に何か言おうとした奴じゃない? 結局その“お願い”は一緒に塔に行く事だと思ってたんだけど、もしかして違ってたのかしら?


「えーっと、ですね……そのぉ……えっと……」


 アザリアにしては歯切れが悪い。

 普段ハキハキと何でも言う人間がこういう態度を取ると不安が倍増しになるので止めて欲しい。


「貴方の事を―――兄様(にいさま)と呼んでも良いですか!」


 ……ふむ…え? どう言う事?

 にいさま? 二位様? いや、違う。兄様だよね?

 なんで急に兄呼びしたいなどと申されますか? あ、俺もあまりの事態に思わず変な喋りになってしまった。

 問い返そうと思ったが、耳まで真っ赤にして俯くアザリアにそれをする事は流石に出来ない。もし問い返したら、アザリアが顔から火だか血だか噴き出しそうだし……。

 でも……まあ、良いか? 何となくアザリアは妹っぽいとかさっき思ったばかりだし。

 そもそも、どんな呼ばれ方したって俺は変わらん。

 猫なんて、行く先々で色んな呼ばれ方する生き物だし。

 「いいよ」と金色の兜が縦に首を振る。


「ほ、本当ですか!?」


 うん。

 別に嘘は言わねえけど……っつうか、喋ってねえけど。


「良かった……引かれるんじゃないかと、ずっと不安だったんです」


 いや、言わないけど引きはしたよ?

 ホッと胸を撫でおろししているアザリアに手を差し出す。

 すると、俺が何をしたいのか理解してアザリアがギュッとその手を握る。


「私も必ず貴方……兄様と一緒に戦えるようになります。それには、多分時間がかかると思いますが、必ずです」


 うん、期待してる。

 アビスと戦う時に、手を貸してくれる仲間が居れば心強いしな。

 勇者モドキとの握手を終えると、アザリアがその肩でジッとしていた(おれ)に手を伸ばす。


「猫にゃん、おいで」

「ミ?」


 アザリアの手が俺を包み込み、ギュッと抱きしめられる。

 少女の温もりと匂いが俺を包む。

 ベッドの中での感触を思い出しそうになり、慌てて首を振ってイケナイ心を散らす。


「あの、兄様? 猫にゃんを私にくれませんか? 絶対兄様の傍は危険でしょうし」


 いや、ダメです。だって、離れられないし。

 勇者モドキが全力で首を横に振る。


「ダメですか?」


 ダメです。


「猫にゃんは私と一緒が良いって言ってるのに……」


 言ってねえっつうの。

 ……まあ、カッチカチな硬い鎧よりもアザリアの方が良いのは本当だけど……。

 渋々と言うか嫌々? な態度でアザリアが頬を膨らませながら(おれ)を黄金の鎧に手渡す。


「猫にゃん、またね」


 アザリアに小さく手を振られ「ミャっ」と一鳴きして返す。

 よっし、行くか。

 町の住人への俺が居なくなった説明は、アザリアに任せてしまって大丈夫そうだし、これなら後顧の憂いなく旅立てる。


 アザリアに背を向けて歩き出す。


 まるでタイミングを計ったように丁度夜が明けて、太陽が顔を出す。

 キラキラとした陽の光が、暗く寒い夜の終わりを告げていた―――……。



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