第八話:福岡藩の悲劇(乙丑の変)
# 第八話:福岡藩の悲劇(乙丑の変)
## 一
慶応元年(一八六五年)秋。
関門海峡を挟んだ筑前の地・福岡城下に、凄惨な血の匂いが立ち込めていた。福岡藩政を揺るがす未曾有の大粛清——のちに「乙丑の変」と呼ばれる悲劇の渦中である。
雨の降る夜。博多津の隠れ家に、捕縛の手から逃れた数人の福岡藩志士が集まっていた。その中には、長州や京都を駆け巡り、薩長同盟の仲介にも奔走していた加藤司書や、平野国臣の同志たちの姿があった。
「なぜだ……! なぜ我が黒田家は、身内同士で血を流さねばならんのだ!」
若い志士が拳を畳に叩きつけ、血の涙を流した。藩主・黒田長溥の元で、幕府への恭順を主張する保守派の家老・黒田対馬らが実権を握り、尊皇攘夷派の志士たちを一斉に捕縛・弾圧し始めたのだ。
「長州を助け、朝廷をお守りしようとした我らの志が、なぜ『叛逆』とされる! 藩主・長溥様は、なぜ我らを見捨てるのだ!」
過激化する志士たちの暴走を恐れ、藩の存続を第一とする保守派が断行したこの粛清により、加藤司書をはじめとする尊皇派の優秀な人材、数十名が切腹・処刑、あるいは終身刑へと追い込まれていった。
かつて黒田官兵衛・長政が築き上げた福岡藩五十二万石の「知恵と人財」は、幕府への恐れと内部対立という自家中毒によって、自らの手で切り捨てられていったのである。
## 二
同じ頃、福岡城の天守閣。冷たい秋風が吹き抜ける部屋で、藩主・黒田長溥は一人、盃を傾けていた。
「殿……加藤司書の切腹、執り行われました」
家老の報告に、長溥は応えなかった。ただ、盃を持つ手がかすかに震えていた。
長溥自身、開明派として西洋の技術を愛し、若き志士たちの情熱にも一定の理解を示していた。だが、藩主の権限すら踏み越えようとする勤王党の暴走を前に、藩の存続を守るため、ついに自らの手でその芽を摘み取る決断を下したのだ。
(我が藩は……これで死んだ)
長溥は目を閉じた。優秀な若手志士を一掃した福岡藩は、薩摩や長州からも「信の置けない事なかれ主義の藩」と見捨てられ、幕府からも「危うい藩」と警戒され、幕末の主導権を完全に失った。
「黒田の家訓を守り……藩を守ったはずが、我が手で藩の未来を殺してしまうとはな……」
そこへ、長崎警護の連絡役として福岡城を訪れていた佐賀藩の神代泰親が、密かに謁見を求めてきた。
## 三
「長溥様。ご拝謁の栄を賜り、恐縮にございます」
静かに深々と頭を下げる泰親に対し、長溥は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「神代か……。見るがいい。我が福岡藩の惨状を。志士気取りの若者どもを斬り捨て、我が藩は骨抜きとなった。薩摩の西郷も、長州の桂も、もはや我が藩など相手にせぬわ」
長溥は力なく盃を置くと、泰親をじっと見つめた。
「神代。お前は以前、我が藩を『関ヶ原の勝者ゆえの鎖に縛られている』と言ったな。……その通りであった。我が藩は、徳川への義理と誇りに縛られ、身動きが取れず、最後は内輪で刺し違えて自滅したのだ」
長溥の瞳に、深い陰りが差す。
「なぜ……なぜ佐賀藩は一枚岩でいられるのだ? 佐賀藩にも、尊皇攘夷を叫ぶ過激な志士はおったはずだ。なぜ血の粛清を起こさずに済んだのだ?」
泰親は静かに顔を上げ、長溥の問いにまっすぐ答えた。
「長溥様。我が藩に粛清がなかったのは、我が藩の武士が温厚だからではございませぬ」
「では、なぜだ?」
「我が藩には……『思想』ではなく『共通の目標(技術)』があったからです」
## 四
「共通の目標……?」
「左様です」
泰親の声には、冷徹だが確かな熱がこもっていた。
「薩摩や長州、そして福岡藩は『政治という思想』で藩をまとめようとしました。『幕府に従うか、朝廷に従うか』……そのような抽象的な思想で争えば、必ずや正義と正義がぶつかり合い、血の粛清に至ります」
泰親は懐から、精密に描かれたアームストロング砲の構造図を取り出し、畳の上に広げた。
「ですが、我が佐賀藩が提示したのは『目の前の鉄をどう溶かすか』『どうすれば異国の黒船を撃ち抜けるか』という、具体的で絶対的な『事実』でした。藩士も、学者も、農民も、職人も……誰もが『世界一の大砲を作る』という一つの目標に向かって汗を流したのです」
長溥は、図面に描かれた精密な機械の線を見つめ、言葉を失った。
「思想は人を割きますが、技術は人を繋ぎます。我が藩の鍋島直正公は、思想の不毛な争いをすべて『精錬方』という巨大な鉄の渦の中に飲み込ませたのです」
「……見事だな」
長溥は深く溜め息をついた。
「技術で藩をまとめたか。……黒田官兵衛公の知恵をもってしても、我が藩はその境地に達することはできなかった。神代、我が福岡藩は……もう幕末の表舞台に立つことはできん」
「長溥様」
泰親は図面をゆっくりと畳んだ。
「福岡藩の皆様が流した血は無駄にはいたしませぬ。我が佐賀藩が、九州の、そして日本の未来を……この鉄の火力で切り開いてみせます」
福岡藩が「乙丑の変」という悲劇によって自滅し、幕末の歴史の表舞台から急速に退場していく横で——。佐賀藩は、一人の犠牲者も出すことなく、完璧な一枚岩となって「最強の軍事力」を完成させつつあった。
二つの藩の運命を分けたのは、思想に殉じたか、技術に命を懸けたかという「選択」の違いに他ならなかった。
(第九話へ続く)




