8話「法王陛下とマフィアと殺し屋集団」
「硬糸……。目に見えないほど細く鍛えた特殊鋼を使う殺し屋がいると聞いた事があるが、あんたなのか?」
「ほほほ、我が〝糸〟を見切りましたか……。学生相手と少し侮り過ぎましたかな?」
サーハンの問いに対して、好々爺を気取りながら糸使いはゆったりと答える。
「この無数の糸は僅かな指運で自在に動きます。この先の10km先の岩塊を断つことも出来るのですよ」
「そりゃ、あやとりには便利そうな技術だな。10km先にハシゴとか作れそうだし」
「10km先にあやとりのハシゴを作って何か意味があるの?」
「手先の器用さを自慢できるだろ?そんなもん自慢されても反応に困るが」
悪役令嬢の問いに対して、興味無さそうに答える俺。
確かに10km先にあやとりでハシゴを作るのは器用だと思うが、あまり実用性は無いだろう。
「私の硬糸をあやとり扱いする人は、あなたが初めてですよ。まぁ、あやとりはしないのでハシゴは作れませんが、首吊り用のハシゴの代わりは作れると思いますよ?」
老人は自分の絶対的、熟練の必殺技をあやとり呼ばわりされた事に腹を立てたのか、声は穏やかだが殺気立った目を俺に向ける。
「前途有望な若者達をこんな場所に呼ぶとは、その学校の教師達にも困りものですね。法王陛下の命で強制行政処分や厳罰をその学校に下すのも手ですが……」
「殺し屋が行政処分だの厳罰とか、世も末だな」
非合法の殺し屋が行政だの厳罰を騙る怪しげな詐欺師的トークに見えて逆に感心してしまうが、ウワサでは寄付を称した賄賂を教会幹部にバラ撒けば快楽殺人鬼でも神官を名乗れるという話なので、こいつもそういう類の破戒僧なのかもしれない。
神の威光すら金で買えるという世知辛い世の中を嘆きたくなるが、教会の腐敗など俺の知った事ではないのでどうでもいい。
「人殺しと言えば、貴方自身も教会関係者を二人も切り殺しているので、貴方に責められる筋合いは無いですがね」
「まぁ、俺の殺しは正しい、お前の殺しは間違っているなんて訳の判らん理屈をこねくり回すつもりは無い。邪教徒団体の討伐で金貨50枚を稼いで、とっとと帰る事が俺のやる事だ。そういう禅問答は、法廷でやってくれ。殺しの善悪なんてものに興味はないんでな」
「ほほほ、面白い。こういう押し問答では大抵、自分の正しさと延々と語る輩が多いんですがね。特に未熟な若輩者はその傾向が顕著なのに、あなたは無頓着というか自分が悪でも構わないと言った口振りだ。どうです?殺し屋集団の一員になりませんか?」
穏やかな笑顔で俺に物騒なリクルートする白髭の爺さん。
「こいつが法廷で裁かれようが、殺し屋の仲間入りしようがどうでもいいがな。それより、ここが法王の直轄地でマフィアの殺し屋が管理者として在住しているって事が気になるぜ。……法王の認可で殺し屋が正式な司祭としてここに居るって事なのか?」
「その問いに答える義理もなければ、あなたが知る意味も無いですよ」
下衆野郎が意味ありげに殺し屋の糸使いに聞くと、好々爺はやんわりと答えると同時に指を動かす。
「ヤバい、来る!みんな、逃げて!」
悪役令嬢が叫ぶが、その意味を理解する前に級友達は男女問わず、次々と輪切りにされていく。
「あっ……!」
「ギャ……!」
「逃げ……、ガッ!」
こちらに硬糸の斬撃が来るかと身構えていたら、様子見していた級友達が次々と惨殺されていった。
そして俺の目の前で男子生徒が全身をズタズタにされて五体バラバラの死体に変貌する。
「あばよ、級友。お前の事は忘れない」
モノ言わぬ骸に向かって、俺は手向けの言葉を投げかける。
「しかし、参ったな……。あいつ、誰だっけ?」
名前も知らない男子だったので忘れる忘れない以前に何の感慨もわいていないのだが形式上、仲間の死を悼まないのもアレなので、とりあえず去り逝く級友に別れを告げてみた。
今のセリフで仲間思いの男というイメージは付いただろうと悪役令嬢にドヤ顔で振り向くが、当の本人は襲い掛かってくる硬糸の斬撃を避けるべく、右へ左へ跳躍したり、魔法防御盾で斬撃を防いだり、風の魔法で糸ごと敵の罠を吹き飛ばしたりと自分の身を守る為に必死らしい。
その間も級友達が散り散りに逃げ回っているが、糸使いの爺さんの視界に入る者全てを指の僅かな動きだけで惨殺されていく。
学校の教師陣もバケモノ揃いだが、この殺し屋も効率という点においてはなかなかに手際が良い。
「まぁ、級友共が何人死のうが俺の知った事じゃないがな。エリスに手を出す以上、五体満足で死ねると思うなよ?」
俺はそう呟くと、身体をリラックスさせて禁断の技を解放させる。
糸使いの爺さんとの距離は数十メートルだが、150倍に強化した俺の身体能力なら一跳躍で懐に飛び込み、一撃で肉塊に変える事が可能だろう。
俺は勝利を確信しながらも、糸使いの爺さんの白髭を見ながらあの髭を俺の頭に張り付ければ白髪イケメンになるんじゃないか?その白髪を靡かせながら悪役令嬢にモーションをかければウットリとしてプロポーズしてくるんじゃないのかと妄想が迸っていく。
その僅かな妄想の時間を振りほどき、全パワーを解放させた必殺の一撃を爺さんに叩き込むが直撃と思った瞬間、悪役令嬢が動いた。
「【灼熱炎獄陣】」
爺さんを捉えたと思った瞬間、いきなり複数の火炎弾が目の前に着弾し爆発、俺は動きを急停止せざるを得なくなる。
「何をっ……!!」
悪役令嬢のする事なら全て俺に惚れている行為として全肯定するが、殺し屋を守るように魔法をぶっ放すとは惚れている行為としては頂けない。
「君の熱烈な火炎魔法はしかと受け取った。爺ぃを一撃でブチ殺すチャンスをふいにした事には言いたい事があるが、あんな熱々な魔法でマダラ禿げを絶賛したいのなら俺から何も言う事はない」
「相変わらず何を言いたいのかまるで理解できないけど……。魔法で強制的に動きを止めずに突っ込んでいたら、糸の罠であなた今頃はズタズタにされていたわよ?」
さては俺が白髪イケメンなどにならずに、今のマダラ禿げの俺のままが良いという意思表示なのか?と思考を飛躍させたが、冷淡な目の悪役令嬢を見て思い違いだと現実に引き戻される。
「………ほほほ、あの糸の結界を瞬時に見抜き、咄嗟に魔法を叩き込む機転の速さ。50年、この稼業を続けていますがその若さでその域に達しているとはなかなか……」
爺さんはやんわりと言いながら、興味深そうに悪役令嬢を観る。
「人の良さそうな顔をして相手がどう動くか、どう判断して次に何をするかを全部予測してトドメを刺すとは喰えない老人ね。そうやって50年近くも獲物をいたぶり殺してきたの?」
「ふむ……、初見で私の殺しのスタイルまでも見抜くとはなかなかに面白い娘ですね。どうです?見所があるし、あなた殺し屋集団の仲間になりませんか?」
「さっきはその馬鹿を殺し屋仲間に引き抜こうとしてたけど、今度は私?節操が無さすぎね」
「神の前では老若男女、どんな職業や人種でも差別せず平等ですよ。使えるなら仲間に、使えないなら殺すだけ。判り易いでしょう?」
「神とか言うけど、法王の殺し屋集団の末端になるつもりは無いわ。そもそもマフィアの殺し屋を手下にする法王と正規教会、クエストの邪教徒集団の討伐ってまるきりデタラメって訳でもなさそうだし……」
「それ以上は考えない方が身の為ですよ。推測で話せる存在でも疑いを向ける相手としても畏れ多過ぎて、命が幾らあっても足りないでしょう」
悪役令嬢が自分の思考を言葉として紡いでいくと、殺し屋は強制的に止めに入る。
「つまりは正規教会の法王がマフィアの殺し屋集団とつるんでいるって話か?どんなカラクリか判らんが、刺激的なネタだな。内容次第じゃ、今回のクエスト以上の情報になりそうじゃねぇかよ!」
そこに目ざとく金になる情報を嗅ぎつけて目を光らせる下衆野郎。
「少しお喋りが過ぎたようですね。これ以上の話は不要です。やはり全員死んでもらった方がいいかもしれません」
喋り過ぎたと感じたのか、口を閉じると明確な殺意を発する糸使い。
俺はそれを見ながら俺と悪役令嬢で殺し屋集団に入団して、にこやかに敵を殺し尽くして結婚するイメージを妄想しながら恍惚とするのであった。




