9話「悪役令嬢と脳ミソで禁断のチューをする想像不可能なシチュエーションを楽しむ方法」
「少しお喋りが過ぎたようですね。これ以上の話は不要です。やはり全員死んでもらった方がいいかもしれません」
「そんな事はさせない!これ以上、誰も死なせはしないぞ!
……と、言いたいところだが、あいつら全員死んじまっても特に支障は無いんだがな。
勝手についてきて、殺されると騒ぐだけの賑やかし&やられ役要員なのに、報奨金の取り分だけは一丁前にブン捕ろうとするし。
速やかに殺してくれた方が俺としては報償の取り分で揉めない分、後腐れが無くて助かるんだが……」
「最低のこと言ってるのに、何でそんなにさわやかな顔してんの……。そんなの駄目に決まってるじゃない」
殺し屋の皆殺し宣言に対して俺が笑顔で賛同の意思を示すと、悪役令嬢が呆れたような顔をして俺を責めてくる。
惚れた女に言うのもなんだが、悪役令嬢なら悪訳らしく血も涙も無い振舞いをして欲しいのだが、こういう時は常識人めいた事を言う。
俺の返答に対して、糸使いの爺さんは困ったような微妙な笑顔を浮かべた。
「なかなか面白い事を言う人ですね。仲間が死んだ方が後腐れが無いとか言われると、殺しを生業にしている者としては扱いに困りますが……」
「扱いには困らんだろ。得意の糸で全員まとめてスパっと輪切りにすれば、話として綺麗に終わると思うが」
「ついでに貴方もスパっと切り刻まれれば? 私としては貴方の脳ミソだけでも回収が出来れば、目的は達成できるし」
「脳ミソだけになった俺が目的だと?」
悪役令嬢に思わず聞き返す俺。
脳ミソだけの状態になった俺に親密なスキンシップをしたり、思い出話に花を咲かせたり、場合によっては脳ミソの俺にチューをする可能性すらある。
ただ脳ミソだけになってしまったらチューをするにしても唇も舌も無いので、どうやってベロチューするつもりなのか、じっくりと問い質してみたい。
きっと想像不能の魔訶不思議なキスの応酬が繰り広げられるはずだ。
〝ヤンデレ〟とか言う属性の女は愛の業が深いあまり、猟奇的で理解不能なシチュエーションを好むようだが、悪役令嬢もその属性の女かもしれない。
愛と業の深い猟奇的な女に対して、どんなロマンティックな場を提供するのかがデキる男の腕の見せ所だが、脳ミソに直接ベロチューされてもあまり嬉しさを感じない。
どうやら俺には猟奇的な趣味はないようなので、正常な状態の男女でノーマルなベロチューしてもらう事を考えるとしよう。
—――カチン。
妄想不可能なシチュエーションに平静を保てた状態だったので、例の音が聞こえた瞬間に冷静に次に何が来るかは瞬時に理解できた。
「――来るわよ!」
悪役令嬢が叫ぶ。
次の瞬間、周りのクラスメイト達が次々に輪切りにされて悲鳴を上げていく。
(やっぱり悲鳴を上げて殺されるだけの賑やかし要員じゃねーかよ。まぁ、死ねば死ぬほど報奨金の取り分が増えるから殺し屋様々だな)
その悲鳴を聞きながら、俺は宣言通りに皆殺しを実行してくれている糸使いの爺さんに感謝の笑みを浮かべながら反射的に左へ跳ぶ。
目の前の石柱が音もなく斜めにズレた。
「危ねぇ!」
着地した瞬間、今度は足元の石畳が真っ二つになる。
俺はさらに後方へ跳躍――。
「レパード、止まりなさい!」
「そんなに俺を脳ミソだけにしたいのか?生憎、猟奇的な女でも正常な関係を……」
「馬鹿言ってないで!次はそこよ!」
何言ってんだ、こいつ?という顔をしながらも、エリスが指差した先。
俺が着地しようとしていた地面に、細い線が走った。いや。線じゃない。爺さんの硬糸だ。
「……俺が逃げる場所に先回りして糸を張ってやがるのか?」
「違うわ」
エリスが爺さんを睨む。
「あなたが避ける前から張ってる」
「同じじゃね?」
「全然違う。あの老人は攻撃を見てから対応してるんじゃない。あなたが次にどう動くか予測して、その場所に先に糸を置いてるのよ」
「ほほほ」
爺さんが楽しそうに笑った。
「若い方は速さを過信する。右から攻撃すれば左へ避ける。上から狙えば身を屈める。退路を一つ空けておけば、そこへ逃げ込む」
指が動く。
また一人、逃げていた級友の身体が血飛沫と共に崩れ落ちた。
「五十年も人を殺しておりますとね。人間がどう動くかなど、嫌でも覚えてしまうものですよ」
「便利な先読みの能力だな。指先の器用さと先読みの能力を有効活用すれば腕の立つ賭博師になれそうだが」
「殺し屋に転職をリクルートするとかアレ過ぎるわね。老人に有り金全部巻き上げられなければいいけど」
悪役令嬢は俺がギャンブルで老人に金を巻き上げられる事を想像しているようだが生憎、俺はギャンブルなどやらない。
ギャンブルをやるくらいならギャンブラーも博打の胴元もまとめてブチのめして金庫ごとかっさらった方が面倒もないし、確実に大金が手に入る。
ちまちまカードやサイコロで小銭を稼ぐという行動自体、大して金にならないし、そもそも校則違反だと考える真面目で模範的な学生なのだ。
「こりゃ有名になる訳だぜ」
いつの間にか石像の陰へ逃げ込んでいたサーハンが顔だけを出す。
「ウワサで聞いたことがあるぜ。糸使いに狙われた奴は絶対に逃げられない。糸使いは超能力者で、獲物がどう動くか事前に全てを理解していて何をしても確実に殺されるってな」
「じゃあ逃げなきゃいい」
「そういう意味じゃねぇ!」
俺は剣を鞘に納めた。
エリスが眉をひそめる。
「何をするつもり?」
「爺さんは俺の行動パターンを全て予測するんだろ?」
「そうね」
「要は想定外の動きをすればいいだけの話だ」
「……嫌な予感しかしないわ」
人の脳ミソにベロチュー(妄想内)をしようとする猟奇的な悪役に言われたくは無い。
だがこの戦いに勝利した暁には「レパード君って素敵」と駆け寄ってきて、脳ミソにではなく唇に濃厚なベロチューをしてくれるはずだ。
そのシーンを想像するだけで力と下心がみなぎってくる。
「【解放!】」
俺はそう叫び、禁断の力を解放する。
解放と同時に腕力、体力、スピード、防御力、イケメン度が150倍に膨れ上がる。
戦闘力が爆発的に跳ね上がる俺の姿を見て、さすがに伝説の殺し屋【糸使い】も少し動揺する。
「………確かに予測不能のパターンですね。こういう相手は初めてなので、確かに予測が取りづらい。ですが……」
それでも糸使いの爺さんは、己の勝利は揺るがないと確信に満ちた笑みを浮かべて勝ち誇る。
「来なさい、非常識な若者。あなたがどんな技を使って常識外のスピードやパワー、タフネスを叩きだそうとも、私には勝てない。戦いの年季を教えて差し上げましょう」
伝説の殺し屋【糸使い】はそう言って、明確な殺意を持って俺を叩き潰そうと構えた。




