7話「糸使いの殺し屋と法王陛下は邪教集団なのか?」
「……おい」
俺――レパード・バクスターは目の前の巨大な教会を見上げた。
山奥。人里から半日以上離れた場所。
そんな秘境に建っているとは思えないほど豪華だった。
真っ白な大理石。黄金の十字紋章。
色鮮やかなステンドグラス。
磨き上げられた石畳。
……どう考えても資金が掛かり過ぎている。
「邪教って聞いてたから、もっとこう……洞窟とか廃墟とか、薄暗いゴキブリが好む場所みたいなのを想像してたんだがな。
邪教徒ってのは世を忍んで神様に呪詛を垂れ流したり、悪事を働く為に陰でこっそり行動するってのが定番のはずだろ?
こんなセレブが考えたようなキラキラした場所がアジトとは邪教徒共は成金趣味なのか?」
サーハンが肩をすくめる。
「確かにな。こんな豪華な建物を維持するだけで年間いくら飛ぶんだ?」
「金貨五十枚程度じゃ建たないわね」
エリスが淡々と言う。
「つまり?」
「資金源がある」
「寄付か?寄進か?」
「こんな山奥の辺鄙な場所で、そんな事する意味があるとでも?」
「………。教会の名を騙って山賊の真似事でもやってるってか?」
確かに。
信者が一日に一人来るかどうかの立地で、この規模はおかしい。
俺は教会の門を見る。そこには見慣れた紋章が刻まれていた。
「……お?」
「どうした?」
「この紋章」
「ん?」
「ヴィーゼル神聖教会が使う本家本元の神聖紋章だ。法王陛下の直轄地で多分、正規の教会騎士団が守備するマジモンの教会の重要拠点だぜ?」
一瞬。全員が黙った。
「……」
「……」
「……」
サーハンが笑った。
「そんな訳あるか」
「いや、ある」
「いやいや」
「いや」
「いや」
エリスがため息をつく。
「やっかいね。法王直属の正規神聖騎士団の紋章よ。教会の主力と合戦でもするつもり?」
「だよな?」
「ええ」
「じゃあ邪教じゃねえじゃん」
「そうなるわね」
「帰る?」
「今さら?」
「俺たち邪教討伐で来たんだぞ?」
「でも正規の教会騎士団の紋章よ。〝間違えました〟で済むような生易しい相手じゃないわ。下手すりゃ、私達が邪教徒扱いされて公開処刑とかなりかねないわよ」
「学校、何考えてんだ?」
「何も考えて無いだろ。生徒の生命なんて空気より軽いと考えてる教官共だぜ?」
「邪教討伐で法王お膝元の教会にケンカを売る、か。悪魔崇拝でもしてる胡散臭い坊主を皆殺しにするつもりが、本物の正規の坊主と潰し合いか。僕達は学生で、学校に騙されましたって言い訳が通用すると思うか?」
「まぁ無理でしょうね」
全員が教会を見上げた。空気が少し重くなる。
すると。サーハンだけがニヤニヤ笑っていた。
「面白ぇ展開になってきたじゃねえかよ。学校が騙しに来てるのか、神聖教会が本当に邪教の真似事をしてるのか。確かめる価値はあるだろ?」
「どっちが真相でも、ロクな結果になりそうもないな」
「金貨五十枚だぞ?どう見ても裏があると考えるのが普通だろ?」
「何が普通なんだよ?」
「ただの邪教討伐なら銀貨数枚の話だ。それが正規のウィーゼル神聖教会が相手の上に、褒賞が青天井の異常数値だ」
「うん」
「情報が真逆だし、賞金も異常」
「うん」
「何かしらの裏がある」
「最初から分かってる」
「だろ?」
「だから知らん顔してトンズラしたいところだ」
「引き返すのか?」
「……」
「賞金はゼロになるがな」
「……行こう」
「即決か」
「金貨個五十枚は正義だ」
エリスが呆れた顔をする。
「本当に単純ね」
「違う」
「何が?」
「金貨50枚もあれば、魔法実験室付きの豪邸が建てられるだろ?」
「魔法実験室付きの家なんて当たり前でしょ?それに剣士の貴方が魔法実験室なんて持ったところで何するつもりなの?」
「君を招いて実験(子作り)をするのさ」
「この前も言ってたけど、解剖実験をするのは私だし、それなら実家の地下実験施設の方が充実してるわ」
「充実した地下施設だと…?どんな実験(子作り)をしたいんだ……?」
「……何を想像してるのか判らないけど、脳の解剖から始めた方が良さそうかもね」
興味津々で悪役令嬢を問いただすが、彼女は歯牙にも掛けずに俺の脳を解体すると言い放つ。
そんなやり取りをしている間に、ガチャリ。教会の扉が静かに開いた。
現れたのは一人の老人だった。
白い司祭服。腰まで伸びた白髪。穏やかな笑み。
いかにも温厚そうな神父。
「ようこそ」
老人は微笑む。
「旅のお方でしょうか?」
「いや」
俺は一歩前へ出る。
「邪教討伐だ」
空気が止まった。
サーハンが額を押さえる。
「……レパード」
「何だ」
「もう少し言い方ってもんを考えろ」
「間違ってないだろ?」
「営業って知ってるか?」
「営業でお茶を濁すような場面じゃねーと思うが?」
老人は困ったように笑う。
「それは困りましたな」
「困るだろ」
「私どもは正規教会ですが」
「知ってる」
「では?」
「学校が邪教討伐だと、高額の賞金を賭けてるんだが」
「……」
「恨むならトチ狂った学校を恨むんだな」
「……」
「要は、誤解されるような怪しい活動でもしてるんじゃねぇのか?」
「……」
老人は数秒黙った。
それから優しく笑った。
「なるほど」
「理解したか?」
「ええ」
「話が早い」
「つまり……」
老人が静かに十字を切る。
「証拠隠滅ですね」
「ん?」
その瞬間。カチリ。小さな音がした。
エリスの瞳が細くなる。
「伏せなさい!!」
「ちぃっ!!」
エリスが叫び、その警告を聞いて瞬時に身を伏せる俺。
そして警告を呆然としたまま立ち尽くす隣に立つ男子生徒。
「……え?」
ブツン。
空気が切れた。
俺の真横に立っていた男子生徒の首が、音もなく落ちた。
ゴトリ。
「……え?」
誰も動いていない。
誰も剣を振っていない。
それなのに、首だけが転がった。
一拍遅れて、噴水のように血が噴き出す。
教会前が絶叫に包まれた。
「ぎゃあああああああ!!」
「首が!」
「誰が斬った!?」
「魔法か!?」
老人は穏やかに笑っていた。
「神のお膝元での無礼千万。慈悲深い神も慈悲の欠片もない私も許しませんよ」
また、カチリ。乾いた音が響く。
エリスだけが静かに呟いた。
「見える……」
「何が?」
「糸よ」
「糸で首を切断する、か。糸使いとは珍しい職業だが、こりゃ坊主じゃなくて殺し屋だろ?確か硬糸を使う有名な殺し屋が居たって話を聞いた事があるが」
悪役令嬢が相手の武器を指摘すると下衆野郎がその武器を使う殺し屋の情報を語る。
「法王陛下直轄の教会に殺しのスキル持ちの司祭様が常駐してる、か。邪教討伐は眉唾かと思ったが、意外と大当たりかのしれんな」
穏やかな笑みを浮かべたままの好々爺が、実は血も涙もない冷血な殺し屋で法王直属の教会に常駐する司祭様という時点で厄介な邪教認定しても良いような事実に笑ってしまう俺。
にこやかな笑みを浮かべる自称司祭様の老人の殺し屋だけでなく、こんなのを飼っている法王陛下とやらも邪教そのものに見えてくるのであった。




