3話『悪役令嬢、俺を解剖したがる』
数刻後、保健室にて――――――――――。
「メッタ刺しにされた程度で、学校を休んじゃ駄目よ」
慈愛に満ちた瞳で無慈悲なセリフを吐く悪役令嬢。
途轍もない絶世の美女という外観に似合わぬ、重体患者の俺に向かってイカれた言葉を投げかける我が愛しの幼馴染『エリス・サイモン』だ。
「エリス……(ゴホッ。この怪我じゃ、授業どころか君をベッドに誘う事も難しいんだが……」
吐血しながらも野望を諦めない俺こと『レパード・バクスター』。
変態教官に全身を切り刻まれて、本来なら死亡してもおかしくない大怪我を「その程度」とのたまいながら授業に出ろとせっつく傍若無人な振る舞い。
悪役令嬢の名に相応しい、悪役そのものの振る舞いに改めて惚れ直す俺。
「本当に授業には出れなさそうね……。仕方ないから、今から解剖手術を始めます」
全身グルグルの包帯巻きの俺の姿を察して、今度は解剖とのたまい始める悪役。
きっと死に掛けの俺を見て気が動転してしまい、トチ狂った言動と行動しか出来ない錯乱状態になっているに違いない。
惚れた女が取り乱しているなら、ここは男側がさり気なくエスコートするのがジェントルマンの嗜みというものだ。
「エリス、あのイカれた授業を無事生き延びたんだね。 取り乱しているようだけど、俺は大丈夫。 丁度ベッドもある事だし、昔やりたくても出来なかった〝お医者さんゴッコ〟を今……」
「ゴッコじゃなくて、本当に解剖手術をするんだけど?」
さすがは悪役令嬢。
エスコートするにしても、悪役の度が過ぎている。
だが、こんな難易度が悪夢モードの女を口説き落とす方法を俺は長年探求してきたのだ。
相手のほんの僅かな言動と仕草の裏を読み、そこから先の感情や行動を先読みして相手を喜ばせて恋愛に導く。
洗練された男女の機微と高度な恋の駆け引きが必要不可欠となるだろう。
「話は変わるが――――改めましてエリス、2年ぶりだね。 積もる話もあるし、放課後いっしょにお茶でもしないか?」
「改めましてレパード、お久しぶりね。 でも積もるだけの話題って、特にあったかしら?」
2年ぶりの再会なので、もう少しロマンスを予感させる会話になると思ったら「特に話題は無い」と真顔で言われてしまってはロマンスもクソも無い。
キュートな顔をして情緒もひったくれもない返事をする女を相手に高度な恋の駆け引きは無理と判断し、作戦を切り替えようとしたら悪役令嬢に先手を打たれた。
「あなたのその力―――世界を壊せる〝特異点〟なの。 だから―――――それ、私に独占させて」
(俺を独占したいって事か………!?)
これまでのアレな会話の流れで、どうやったらこんなセリフが出て来るのかイマイチ理解不能だ。
だが悪役令嬢が顔を赤らめながらそう言う以上、もはや洗練された男女の機微など冥界の底に吹っ飛ばして構わないだろう。
【野獣の眼光】を光らせながら、その愛しい唇を塞ぐ為にチューようとしたら、いきなり悪役令嬢のサーヴァント《剣魔》に襲われた。
ズバババババババババババンッ!!!
秒速30連打に及ぶ凄まじい剣撃でベッドが瞬時に解体される。
今こそ性的技術特異点で創作された四十八手を超越した四万八千手をお披露目しようとしたら、悪役令嬢に逆に襲われてしまった格好だ。
「先ずは腕から解剖したかったんだけど、何で避けるの?私の事、避けていない?」
「君を避けるなんて、とんでもない……。だが俺の好みは攻撃より口撃だ。口撃なら360度全方位どこからでも受け入れるさ」
重傷の身を押して《剣魔》の剣撃を回避し、経験豊富なジェントルマン(注:童貞)風に冷静に対応する。
無理をして身体に負担を掛け過ぎているので、足りない血が更に全身からビュービューと血を噴き出してあまりジェントルマン風には決まらなかったが…。
だが、悪役令嬢が指に貴重な俺の髪の毛を3本つまんでいるのを見せびらかしてきた。
「サンプル入手完了。これで少しはあなたの事を理解できるかもね」
俺の毛3本でこんな幸せそうに笑うなんて、何て健気な女の子だ。
ここは髪の毛なんて安直なモノではなく、もっと濃密で愛の深いヤツで俺を理解してもらおう。
「毛よりも、もっと素敵なサンプルがあるんだが、今からベッドで……(ゴフッ」
ここが押し時と真心と下心を込めてベッドへ誘い込もうとしたら、吐血して会話が途切れてしまった。
全身穴だらけの血まみれ状態で無理をし過ぎて、そろそろ肉体が限界っぽいようだ。
「そうね。調子が悪そうだし、ベッドで横になりなさい。今から脳を解剖して更に良質なサンプルを頂くとするわ。
安心して。ちゃんと生かしたまま解剖するから」
俺が血を吐いて喋れないのをいい事に、人の頭の中身を解体しようとする悪役令嬢。
そんな悪役らしい健気な腹黒さに俺は惚れ惚れするが、脳を解剖されたら流石に子作り出来る状態では無くなるだろう。
ここは仕切り直しを、と高速思考で悪役令嬢を口八丁で騙くらかす方法を0.3秒で思案する。
恋愛において己の本音を隠しつつ、愛しい相手を傷付けずに嘘を付くのはむしろ優しさの部類のはずだ。
「エリス…、2年前と比べて君は本当に美しく、腹黒く成長したんだね。
幼馴染として、とても嬉しいよ。
だが解剖手術もいいが、俺達もそろそろ大人だ。
もっとアダルトで卑猥な関係を………」
下手な説得は寿命を縮めそうなので、残り僅かな毛髪に細心の注意を払いながら禁断の技を発動。
イケメン度を150倍に引き上げ、勝負に出る。
俺の人外のイケメン具合にウットリした視線を送る悪役令嬢に、ここが押し時とベロチューを美しい唇にねじ込もうとする俺。
「イケメン具合なんてどうでもいいから、もっと戦闘力を上げてくれない?毛根の死滅具合が遅すぎて、観察しづらいんだけど?」
どんな女子もメロメロになるはずのイケメン150倍をどうでもいいと切り捨て、俺の毛髪の死滅を望む悪役令嬢。
(―――さすがは俺の女(になる予定の女)だ。 いつも俺の想像を覆す狂った反応ばかりしやがる。
だが、これはチャンスだ。毛根を死滅させている僅かな時間で子作りを………。)
恋愛においてムードだ会話だを気にする奴は3流の証明だ。
一流とは、ピンチをチャンスに変えるものである。
――――――ガラガラガラガラガラッ
そこに無遠慮に保健室のドアを開けて乱入して来た侵入者のお陰で、俺達の甘く切ない恋愛頭脳戦は一時中断を余儀なくされた。




