第94話:去り行く運命と、過保護な皇帝
前半ノクス視点、後半ロクサーナ視点です。
「ーー以上が、オルティシア国聖女ブランシュ・ヴァリエールに対する最終決定である」
謁見の間ではなく、無機質な御前会議室。
重々しい静寂の中、私の声が響き渡った。
床にひざをつく聖女は、かつての無邪気さをすっかり失い、小さく肩を震わせている。
「聖女ブランシュ。そなたの無知と軽率な行動が、帝都の平和を脅かし、未来の皇妃であるロクサーナを危険に晒した罪は重い。本来ならば即刻処刑に値する大罪だ」
「……はい。どのような罰も受け入れます」
ブランシュは涙をポロポロと零しながら、深々と頭を下げた。
「だが……罪人リリスに騙されていた被害者である点、そして己の過ちに気づき、その能力でロクサーナの命を繋ぎ止めた事実も鑑み、死罪は免除する。オルティシア国とも協議の上、そなたの帝国外への『永久追放』を命じる。二度と我が国の土を踏むことは許さぬ」
「!……温情、感謝いたします……っ!申し訳ございませんでした!」
何度も額を床に擦り付け、感謝と謝罪を述べる聖女に、私は冷たく背を向けた。
(お前がロキシーを救わなければ、生かしてはおかなかった……)
聖女を連行する騎士たちの足音が遠ざかっていくのを聞きながら、私は吐き捨てるように息を吐き出す。
処罰はすべて終わった。あとはーー愛しい光のもとへ戻るだけだ。
ーーー
「ロクサーナ様、お粥をお持ちしました。料理長の特製野菜スープです」
「ロクサーナ様!お召し替えの準備もできております。今日は外の風が気持ちいいので、羽織ものもお持ちしますね!」
「ちょっとニナ、まだお食事前ですわ!ロクサーナ様、まずはお一口どうぞ。お熱くないですか?」
ふかふかのベッドの上で、私はヴェラとニナ、そして侍女たちに囲まれていた。
あの事件から数日。体力の消耗でしばらく寝込んでいたけれど、みんなの甲斐甲斐しいお世話のおかげで、すっかり体調も良くなってきた。
「ふふ、ありがとうみんな。もう一人で動けるくらい元気になったのよ?」
「ダメです!陛下から指一本動かさせるなと指示されておりますので!」
ヴェラがぷんっと頬を膨らませる。その徹底ぶりに苦笑していると、部屋の扉が静かに開いた。
「ーーロキシー、具合はどうだ?」
入ってきたのは、ノクス様。
彼が姿を見せた瞬間、ヴェラたちは察したように素早く一礼し、部屋を退出していった。
「ノクス様!お仕事はもう終わったのですか?」
「ああ。……そなたの顔を見なければ、落ち着かなくてな」
ノクス様はベッドの脇に腰掛けると、愛おしそうに私の頬を撫でた。その指先が少しだけ震えていることに気づき、胸が締め付けられる。
「ノクス様……私、もうすっかり元気ですわ。……今回は、たくさん心配をかけてしまって、本当にごめんなさい……」
「謝る必要はない。だが……」
低く囁かれたかと思うと、突然身体が宙に浮いた。
ノクス様が私を軽々と抱き上げ、自分の膝の上に座らせたのだ。
「あっ……ノクス様!?」
「二度と私から離れないと誓ってくれ、ロキシー。あの日そなたを失いかけて、決めた。私の目の届かない場所に、一刻たりともそなたを置いておきたくないと」
背中から回された力強い腕。私の首筋に顔をうずめ、深く息を吐き出すノクス様の体温が、痛いほど伝わってくる。
(ノクス様……)
「……だから、私たちの婚姻を、当初の予定より大幅に早める」
「え……?婚姻を早めるのですか?」
「ああ。既に準備はすべて側近たちに命じて進めさせている。そなたの体調が完全に戻り、ドレスが準備でき次第、すぐに式を挙げるつもりだ。辺境伯家にも承諾を得た」
ノクス様は私の顔をのぞき込むと、その漆黒の瞳にはっきりとわかるように暗い熱を宿らせて微笑んだ。
「形だけでも早く『私の妻』として迎え入れ、側に置きたい。私の我が儘だが……もう、そなたを誰にも触れさせたくないのだ」
耳元で囁かれた言葉に含まれる、切なくて重い独占欲。
立后を急ぐなんて、本来なら貴族たちが驚くような強引な決定だ。けれど、彼の深い愛を想うと、呆れるどころか愛おしさが胸いっぱいに広がる。
「……ふふ、我が儘だなんて思いませんわ、ノクス様。とっても嬉しいです!」
「ロキシー……?」
「ノクス様の妻になれるのが待ち遠しいですわ」
私は彼の首に腕を回して微笑むと、ノクス様は息を呑んだ。
次の瞬間、彼の瞳に狂おしいほどの情熱が宿る。
「……本当に、そなたは……。そんな可愛いことを言ったら、今日にでも式の準備を終わらせてしまいたくなる」
「まあ、それはいくらなんでも早すぎますわ!」
甘く笑い合うと、ノクス様の顔が近づき、優しく唇を塞がれる。何度も、何度も重ねられる熱い口づけ。
「……愛している、ロキシー。私の大切な、たった一人の愛しい人」
過保護で、少しだけ強引で独占欲の強い私の愛しいノクス様。
彼の強い腕に抱き締められながら、私は幸せな心地でそっと瞳を閉じたのだった。
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