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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第93話:悪女の断末魔と、姉妹の決別

リリス視点です。

「放しなさい!私を誰だと思っているの!?無礼者っ!!」


 湿っぽくカビ臭い地下牢。冷たい鉄格子の中へ乱暴に投げ飛ばされ、私のドレスは土と埃で無惨に汚れた。


 国家叛逆罪および違法魔導具使用の容疑ーー。


 わけのわからない罪名を突きつけられ、私とカシアン様は近衛騎士たちに連行された。

 連行される道中、別室では既にカシアン様のお父様であるコワルド侯爵までもが、蒼白な顔で手枷をはめられているのが見えた。


「ちょっと、聞こえていないの!?私はローゼンベルク公爵家の令嬢なのよ!?こんな非人道的な扱い、お父様が知ったらタダじゃ済まないんだから!早くここから出しなさいよ!!」


 鉄格子を狂ったように叩き、看守の衛兵たちへ叫び散らす。

 だが、衛兵たちはゴミを見るような冷ややかな視線を一瞬向けただけで、誰一人として取り合おうとしない。


(嘘よ……なんでこんなこと……!私が何をしたっていうのよっ!)


 焦りと苛立ちで頭がおかしくなりそうになっていた時、地下の重苦しい空気すら凍りつかせるような、圧倒的な冷気を纏って、静かに歩み寄ってくる足音が響いた。


「喚いても無駄だ」


 暗がりの中から姿を現したのは、漆黒の瞳を冷酷に光らせた皇帝陛下。

 そして、その後ろにいるのは王弟であるエルヴィス殿下と、エレオノーラーーお姉様だった。


「陛下……っ!聞いてくださいませ!私は何も知りませんわ!カシアン様たちに騙されて……っ」


 すがりつくように格子越しに涙目で訴える私を、皇帝は虫唾が走ると言わんばかりの冷徹な眼差しで見下ろした。その瞳の奥には怒りが宿っている。


「公爵にすがるつもりなら諦めろ。ローゼンベルク公爵はお前を正式に家系図から抹消し、除籍した。今のお前はただの重罪人だ」

「え……?お父様が……私を除籍……?」

「公爵の協力を得た内部調査により、コワルド侯爵が他国から輸入禁止指定の魔物誘引効果を持つ危険魔導具を密輸していた証拠を押えた。侯爵ならびに息子のカシアンは国家叛逆罪と違法密輸の罪で捕縛。コワルド侯爵家は取り潰しが決まった」


 皇帝の淡々とした通告に、私の血の気が引いていく。


「お前はそれらの罪に加え、この一連の主犯であること……そして何より、未来の皇妃であるロクサーナを殺害しようとした罪。……楽に死ねると思うな」


 地の底から響くようなその声に、全身の毛穴が縮み上がるような恐怖が走った。

 殺される……この皇帝は本気で私を殺すつもりだ。


「な、なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ……っ!あの女が私に恥をかかせたのが悪いんじゃない!あの女さえいなければ、私だって……っ!」


 恐怖のあまり、私はなりふり構わず本音を剥き出しにして叫んだ。

 すると、今まで無言だったエルヴィス殿下が、冷ややかな蔑みを込めて私を睨みつけた。


「……そんな下らない理由で、よくもあんな残酷なことができたな。どこまで浅ましいんだ……義姉上を害した罪、必ずその身で償わせてやる」


 普段は温厚な殿下の氷のような突き放す言葉に、私は息を詰まらせた。

 その時、ずっと黙っていたお姉様が皇帝へ静かに向き直った。


「陛下。……リリスと、二人だけで話をすることをお許しいただけますでしょうか」

「……手短に済ませろ。長くこの場所に留まる価値もない」


 皇帝は短く告げると、護衛の騎士数名を残し、殿下と共に足早に立ち去っていった。


 静まり返る地下牢。

 鉄格子を隔てて、お姉様が私をじっと見つめていた。その瞳には、怒りでも憎しみでもなくーー深い虚しさと悲しみが漂っていた。


「……なぜ、こんなことをしたの?リリス」


 波一つ立たない静かな問いかけ。

 その静寂が、かえって私の感情を激しく逆なでした。胸の奥でドロドロと溜め込んできた嫉妬と怨嗟が、堰を切ったように爆発する。


「……なぜ、ですって!?決まってるじゃない!あの女もお姉様も、気に入らなかったのよ!!」

「……何ですって?」

「辺境の田舎生まれのくせに、なんであの女の方が私より高い地位になれるのよ!?お姉様も!いつも澄ました顔して、何でも手に入れて……みんなにおだてられて!何が『完璧な令嬢』よ!お姉様さえいなかったら、公爵令嬢としての地位も、社交界の立ち位置も、全部私のものだったのに……っ!!」


 叫び散らす私を、お姉様は静かに見つめ返していた。

 まるで、壊れてしまった可哀想な玩具を見るような、哀れみに満ちた瞳で。


(また、その目……っ)


「……そんな理由で、他人を騙し、人生を狂わせたのね。……本当に、愚かで可哀想な妹」

「偉そうに説教しないでよ!!そうやっていつも私を見下して……っ!!」


 お姉様は、諦めたように静かに首を振る。


「……さようなら、リリス。あなたに伝える言葉は、もう何もありませんわ」


 お姉様は静かに背を向けると、一度も振り返ることなく、優雅な足取りで立ち去っていった。残されたのは、私の中に残る虚無感と、孤独だけ。


「っ……待ってよ!お姉様!!あんたなんか……あんたなんか大嫌い!!大嫌いよぉぉっ!!」


 暗い地下廊下に、私の惨めな叫び声だけが空しく響き渡っていた。


 ーーそれから数日後。


 国家叛逆罪および違法魔導具使用、そして準皇族暗殺未遂の主犯として、リリス・ローゼンベルクの死刑が極秘裏に執行された。


 また、共犯であるコワルド侯爵家は爵位剥奪および全財産・領地の没収が言い渡され、歴史からその名を完全に抹消された。取り潰された侯爵と、許しを乞い続けたカシアンは、死ぬまで解けることのない極寒の鉱山での終身強制労働へと処された。


 ーー社交界の華に憧れ、誰かを踏み台にすることでしか自分の価値を見出せなかった愚かな少女の破滅を悼む者は、誰一人としていなかった。


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