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「黒」が醜悪とされる世界で、怪物と恐れられた皇帝の孤独な夜を、押し強めな辺境伯令嬢が丸ごと愛して夜明けに変えるまで  作者: みこち


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第91話:赦しの言葉と、溢れる想い

「……ロキシー!!」


 私の叫びと、ヴェラやニナたちの感涙の声が部屋中に響き渡る。

 薄っすらと開かれた彼女の瞳は、どこか夢見心地のように揺れていた。長らく暗闇に囚われていた視界が、ゆっくりと周囲の景色を捉えていく。


「……ノクス、様……?私……」

「無理に喋らなくていい。もう大丈夫だ」


 私が彼女の華奢な手を両手で包み込み、安堵に震えていると、エレオノーラが静かに歩み寄ってきた。そのミントグリーンの瞳もまた、安堵の涙で潤んでいる。


「ロクサーナ様。お気分はいかがですか?……失血と衰弱により、ロクサーナ様が意識を失ってから、既に数週間が経っているのです」

「数、週間……?」


 掠れた声で呟く彼女に、ヴェラが手際よく温かい白湯を口元へ運ぶ。


「ロクサーナ様……!どれほど心配したか……!本当によかった……っ!」


 白湯を含ませるヴェラの手が微かに震え、隣のニナは堪えきれずに溢れる涙を何度も袖で拭っている。


 少しずつ状況を飲み込み始めた彼女へ、私は簡単にこれまでの経緯を説明した。

 結界の修復と帝都の復旧が終わったこと。ロキシーの身体の傷は塞がっていたものの、衰弱状態が進んでいたこと。


 そして、エレオノーラが開発した『魔導増幅機』を使い、聖女の持つ光の魔石への潜在能力を何十倍にも増幅したことで、生命力そのものを補填し、かろうじて命が引き戻されたことーー。


「私が……エレオノーラ様の魔導具で……?」

「ええ。ロクサーナ様が私の夢を応援してくださったおかげですわ。お役に立てて、本当によかった……」


 エレオノーラが微笑むと、その背後で小さく身を縮めていた聖女が、たまらず膝をつくようにしてベッド脇へ近づいてきた。


 その顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。


「ロクサーナ様……っ、ごめんなさい……!私、私のせいで……っ!ごめんなさい……っ!」


 自らの愚かさと無知ゆえに人を死の淵へ追いやった恐怖と後悔。聖女は言葉を詰まらせ、壊れた人形のようにひたすら謝りながらベッドの端に必死で額を擦り付けていた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……!許してなんて言いません……でも、無事でいてくれて……生きていてくれて、よかった……っ!」


 その痛々しいほどの謝罪に、彼女は首を振り優しく言った。


「……聖女様。無事で、良かった……。私を……助けてくださって、ありがとうございました……」

「……っ!!」


 ただ真っ直ぐに向けられた感謝の言葉。

 その温かさに、聖女は声もなく泣き崩れた。


「聖女を元の牢へ戻せ。……全員、外してくれ」


 静かに下した私の命に、エレオノーラが深く頷いた。


「かしこまりました。……参りましょう、聖女様。私たちも一旦退室しましょう」


 宮廷医師やエレオノーラたちが静かに部屋を退出し、重厚な扉が音を立てて閉まる。

 広い室内に、私と彼女のふたりだけが残された。


 私は彼女の手を握りしめたまま、ベッドの縁へ腰を下ろした。


「……ノクス様?顔色が……とても悪いわ……」


 心配そうに私の顔を見上げてくるロキシー。頬は痩せこけているが、私自身もまた、この数週間で見る影もなく憔悴し切っていた。


 私は握りしめた彼女の手を、自分の頬へ強く押し当てた。冷たかった手が、今はじんわりと温かい。


「……当たり前だ。そなたが目覚めない世界で、平然と過ごせるわけがないだろう」

「ノクス様……」

「『死が二人を分かつとも、私たちは永遠に一緒だ』……そなたが目覚めないのなら、私も共に眠ろうと思っていた……」


 その言葉の意図に気づいた彼女が小さく息をのむ。私の瞳に宿る暗い執着に気づいたのか、彼女は申し訳なさそうに、けれどどこか包み込むように優しく微笑んだ。


「心配、かけて……ごめんなさい……」


 私は細くなった彼女の身体をしっかりと抱き寄せ、何週間もの絶望で壊れかけていた心を吐き出すように、彼女へと言葉をぶつけた。


「もう……二度と危険な場所へは行かないと誓ってくれ!私を置いて去ることなど許さない……そなたを失うくらいなら、私は……っ。ロキシー、愛してる……愛してるんだ……っ」


 彼女の髪に顔を埋めながら、その温もりを確かめる。無事だった安堵を伝える余裕もなくし、私はただ、哀れなほどに彼女へと縋りつくことしか出来なかった。


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